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北朝鮮がミサイル発射を止めない4つの理由

高橋浩祐米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員
金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党総書記(国務委員長)(提供:KRT/ロイター/アフロ)

北朝鮮のミサイル発射実験が止まらない。韓国軍によると、1月25日には巡航ミサイル2発を発射した。翌26日付の朝鮮労働党機関紙の労働新聞は、この巡航ミサイルの試験発射については触れなかった。昨年9月11、12両日に発射した「新型長距離巡航ミサイル」(LACM)も2日後に発表されたこともあり、今回も同様に後日発表扱いになる可能性がある。

いずれにせよ、これで今年に入って4週連続で5回目、合わせて8発の発射となった。ここに来て、なぜ北朝鮮はミサイル発射をハイペースで続けているのか。

大きく4つの理由が考えられる。

●交渉力

1つ目は交渉力強化。北朝鮮は極超音速ミサイルなど様々な新型ミサイルの発射実験を通じ、アメリカに自国の核ミサイル戦力の向上を見せつけている。そして、「北朝鮮と早く交渉のテーブルにつかなければ」と思わせるほど交渉力を高めようとしている。

では、北朝鮮はアメリカ相手の交渉で何を得ようとしているのか。短期的には核保有国として認められたままのなし崩し的な経済制裁の緩和。長期的には現在の朝鮮戦争の休戦協定に代わる、アメリカとの不可侵協定や平和条約を結ぶことを目指している。どちらも金正恩(キム・ジョンウン)体制の維持のためだ。

金正恩朝鮮労働党総書記は2018年4月、核実験とICBM(大陸間弾道ミサイル)試験発射のモラトリアム(猶予)を宣言した。これはちょうどシンガポールでのトランプ米大統領との史上初となる米朝首脳会談の2カ月前だった。

ところが、2019年2月のベトナム・ハノイでの米朝首脳会談で両者の非核化をめぐる協議は決裂。北朝鮮は同年12月には、核実験とICBM発射実験を中断した後も、アメリカは制裁解除など見返り措置をとっていないと批判し、「これ以上、一方的に約束に縛られる根拠はなくなった」「遠からず、新たな戦略兵器を目撃することになるだろう」と述べ、実験中止を見直す可能性を既に示唆していた。

そして、その言葉を実行に移すかのごとく、2021年1月のバイデン政権発足以降は、新型ミサイル7種類の発射実験を繰り返し実施してきた。今月19日に開かれた朝鮮労働党中央委員会政治局会議では、「暫定的に中止していた全ての活動を再稼働する問題を、迅速に検討するよう当該部門に指示した」と北朝鮮メディアが伝え、核実験やICBM発射の再開をちらつかせている。

●国防力

2つ目は国防力強化。北朝鮮は「国防力強化は主権国家の合法的権利である」と強調し、自ら立てたタイムスケジュールとロードマップに沿って防衛力を着々と強化している。核保有国としての抑止力を高め、外国にいかなる軍事行動も思いとどまらせようとしている。北朝鮮は目下、日米韓の事前探知や迎撃をくぐり抜ける新型ミサイルの開発に躍起になっている。

特に金正恩体制下で核ミサイル開発は加速している。金正恩氏の父、故・金正日総書記は1994年から2011年までの18年間で16発のミサイル発射実験を行った。しかし、金正恩氏は2011年12月の父親の死後、権力についてから今までの約10年間で、その6倍に当たる96発の発射実験を強行している。核実験も金正日体制下では2回だったが、金正恩体制下では4回も行っている。そのうちの1つは爆発規模が過去最大の約160キロトン、広島に投下された原爆の10倍以上に当たる水爆実験だったと推定されている。

金正恩氏はミサイル発射実験の失敗を問題視せず、開発に邁進するよう技術者や科学者を鼓舞する発言をしている。その試行錯誤もあり、北朝鮮のミサイル技術は、射程の延伸や命中精度といった様々な面で向上している。

例えば、北朝鮮は今月17日、北朝鮮版ATACMS(エイタクムス)と呼ばれる戦術誘導ミサイル(米軍のコードネームはKN24)2発を1つの移動式発射台から発射したとみられる。防衛省によると、その発射間隔はわずか3分間だった。2019年8月に最初に発射された時は16分だっただけに、機動性が増している。

日本をはじめ、周辺国にとっては、北朝鮮の核ミサイルは地域の平和と安定を揺るがす脅威そのものだ。しかし、朝鮮総連関係者によれば、北朝鮮は、東側と南側には「アメリカの核の傘」に守られた日本と韓国、北側には核保有国のロシア、西側には同じく核保有の中国に囲まれているので、自衛のために核兵器が必要とのスタンスだ。

昨年1月の第8回朝鮮労働党大会で示された国防5カ年計画では、今月5、11両日にも発射された極超音速兵器の開発や超大型核弾頭の生産、原子力潜水艦の保有など5つが最優先事業として挙げられた。

●求心力

3つ目は求心力強化。核ミサイル開発は北朝鮮の国威発揚や国防力の強化につながり、金正恩総書記が求心力を高めて独裁体制を維持するのに必要不可欠になっている。まして北朝鮮経済は経済制裁と新型コロナウイルスの影響で疲弊しており、極超音速ミサイルの発射実験の成功といったニュースは国内的にも権力基盤強化のプロパガンダとして利用されている。

その証拠に労働新聞は12日、金正恩総書記の立ち会いのもと、極超音速ミサイルの発射実験が成功した、とトップページで何枚もの写真とともに大々的に伝えた。

●南北統一の手段

4つ目は朝鮮半島統一のための手段。北朝鮮は、朝鮮半島へのアメリカの軍事介入リスクを排除したうえで、北朝鮮主導で朝鮮半島統一をなし遂げることを目指している。北朝鮮は憲法第9条で「祖国統一を実現するために闘争する」と規定している。そして、それはあくまで社会主義国家としての赤化統一を目的にしている。金正恩氏の言葉で言えば、「祖国統一の革命偉業」にあたる。

いずれにせよ、北朝鮮得意の瀬戸際外交(ブリンクマンシップ)の本領が今年再び発揮されようとしている。核実験やICBMの試験発射が再開されれば、緊張がぐっと高まり、1994年、2003年、2017年の3度の危機に続き、第4次朝鮮半島核危機の様相になるのは間違いないだろう。

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米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員

英軍事週刊誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」前東京特派員。コリアタウンがある川崎市川崎区桜本の出身。令和元年度内閣府主催「世界青年の船」日本ナショナルリーダー。米ボルチモア市民栄誉賞受賞。ハフポスト日本版元編集長。元日経CNBCコメンテーター。1993年慶応大学経済学部卒、2004年米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクールとSIPA(国際公共政策大学院)を修了。朝日新聞やアジアタイムズ、ブルームバーグで記者を務める。NK NewsやNikkei Asia、Naval News、東洋経済、週刊文春、論座、英紙ガーディアン、シンガポール紙ストレーツ・タイムズ等に記事掲載。

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