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サッカーのデータに決定的に不足する2つの要素。半世紀も前から研究されている事象はなぜ表に出ないのか

杉山茂樹スポーツライター
中山雄太・マイナスの折り返し(写真:岸本勉/PICSPORT)

 サッカーは主観のスポーツである。選手の善し悪しを示す確かな個人データは得点数ぐらいだ。監督が変われば確実にスタメンは変わる。その産物として他の競技より選手の移籍、監督交代が多く発生する。

 とはいえデータの総量は増えている。ボール支配率、選手の走行距離、図入りで示される布陣などは2002年日韓共催W杯前後から徐々に浸透。パスの数とその成功率、ロングボールの頻度やクロスの数、実際のフォーメーション等も開示されるようになっている。

 デュエル(1対1の争い)のように裏付けが難しい、数字で見るには頼りないものまでデータ化されている。サッカーとデータの相性の悪さを見せられる事例も増えている。昔から存在する選手の走行距離にしても、ピッチの中央付近でプレーするセンターハーフ系、あるいはウイングバックのように、縦幅を1人でカバーしなければならない選手の距離が伸びるのは当然である。その数値を見た実況アナに「凄いですね」と感想を述べられても、話が当たり前すぎて驚きはない。

 データに食傷気味になる瞬間と、物足りなさを覚える瞬間との差が激しいのだ。たとえばサッカー中継のハーフタイムと試合後だ。首を捻りたくなるのは、ハーフタイムにはデータを用いて分析をするのに、試合が終わるや検証もろくにせず、あっさりと中継を終えてしまう点だ。走行距離の続きはどうなったのか。データを使って試合を振り返るのは前半のみという珍現象が起きている。後半を含む1試合を通してのデータを知る機会は少ない。囲碁将棋の感想戦ではないが、サッカーもレビューの方がプレビューより断然、面白いはずなのに、追求されていない。

 それはともかく、先日あるサッカー中継を見ていたら、兼ねてから抱いていたデータに関するもっと決定的な疑問に遭遇することになった。解説者はこう言った。

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スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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