サッカー観戦の生命線である「俯瞰」とピッチレポーターの関係。NHK解説者・森岡隆三さんの哀れ
サッカーを観戦するにはどこが相応しいか。応援がメインの場合はともかく、観戦に没頭したいのなら正面かバックスタンドの上階、ピッチを均等に眺望できるハーフウェイの延長上あたりが絶好のビューポイントになる。急傾斜のスタンドから視角鋭くのぞき込む、俯瞰する状態が望ましい。
放送席、記者席は大抵、正面スタンド上階の中央寄りに設置されている。特等席からの眺めを堪能しているわけだが、そのありがた味を筆者がこれまで最も実感したスタジアムはどこかと問われれば、現在改築中のカンプノウと答える。10万人弱収容の欧州最大のスタジアム。記者席はその正面スタンド最上階からせり出すように設置されたゴンドラ内に位置していたが、そこからの眺めはまさに絶景。スタンドの真上からピッチをのぞき込むように、俯瞰で拝むことができた。
世界一の眺めだと確信する。カンプノウの記者席に座るたびに、日本在住のライターは激しくカルチャーショックを味わうことになった。バルセロナが誇る、当時の展開サッカーがそれに輪を掛けた。たとえばグアルディオラの視野の広いプレーは映えに映えた。我々のサッカーを堪能するには、この場所こそが最適ですと言わんばかりの眺望で、幾度となくそこでバルサの試合を拝んでいると、サッカーの概念は気がつけば一変していた。
キーワードは俯瞰だ。
近年日本国内には、トラックのないサッカー専用スタジアムが次々と誕生しているが、それを伝えるニュースのリポーターは、スタンドとピッチの近さになにより驚こうとする。選手の息づかいが聞こえてきそうだと臨場感について力説する。
陸上用のトラックがなければ、ピッチとスタンドの距離は当然、近くなる。誰でもそれは分かる。一方で、その産物としてピッチを眺める視角が鋭くなる件は語られない。トラック付きの国立競技場は3階席の傾斜角が一番鋭くて34度あるが、実際にピッチに傾ける視角はそれより鈍くなる。せいぜい30度程度だろう。
トラックのない専用スタジアムは、スタンドの傾斜角がほぼそのまま実際の視角になる。スタンドの傾斜角について真っ先に知りたくなる理由だ。情報として「近さ」は当たり前すぎる。新築スタジアムのリポートにこれまで注意して耳を傾けてきたつもりだが、視角、眺望、俯瞰について言及された形跡はない。
サッカーの概念が理解されていない代表例と言いたくなる。サッカーらしさの追求が甘いのだ。わかりやすさを求めようとし、うっかり他の競技の概念でサッカーを語ろうとする。テレビのスポーツニュースにありがちな傾向である。
ピッチレポーターもそのひとつ。サッカー中継に欠かせない職種、役割だろうか。それはJリーグの開幕とともに出現したと記憶するが、選手の交替情報をアナウンサーが事務的にリポートするなら問題ない。しかし選手上がりの解説者、評論家がピッチレベルでマイクを握り、懸命にリポートする姿には無理を感じる。
ベンチに座る首脳陣でさえ、スタンド上階に陣取る分析官から送られてくる情報を頼りに采配を振る時代である。ピッチサイドという俯瞰とは真反対の立ち位置から、専門性の高い分析ができるとは思えない。スタンド上階の放送席に座る解説者に比べると、視界的に大きなハンディを抱えている。
もっとも皮肉を込めて言うならば、超優秀なピッチレポーターは優秀な監督になる可能性がある。ピッチレベルからでも俯瞰に負けない目を持つことができるか。それこそが監督に向いているか否かの分岐点だとは、欧州でよく耳にした話である。
カタールのドーハで開催されているU-23アジアカップ。NHKが中継した先日のカタール戦(準々決勝)で、ピッチレポーターを務めていたのは元日本代表DF森岡隆三さんだった。
解説者は元日本代表の太田宏介さんと福西崇史さんが務めたが、実況席は現地ジャシム・ビン・ハマド・スタジアムの上階ではなく東京で、NHKのスタジオだった。放送はアナ氏を含む3人が、現地から送られてくるモニター映像に目を凝らしながら話すというオフチューブの方式だった。
ゴール裏のカメラマン席辺りに座らせられ、実況席からたまにしか話を振られない森岡さんが哀れで仕方なかった。つまりスタンド上階から試合を俯瞰する人物は、このNHKの中継には誰1人存在しなかったことになる。現場軽視。俯瞰軽視と言われても仕方がない。ピッチレポーターという非サッカー的な役割を存在させるために、サッカーにとって生命線である俯瞰の目を排除した。本末転倒。本質から外れた演出と言われても仕方がない。スポーツ中継の精神に反するばかりか、サッカーの概念からも外れることになった。
準決勝対イラク戦を中継するテレ朝もNHKと同じスタイルだと聞く。試合の見せ方に難あり。これがサッカー中継のスタンダードにならないことを祈りたい。