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変化する芸能人、変化しない芸能プロダクション──手越祐也・独立記者会見から見えてくる芸能界の変化

松谷創一郎ジャーナリスト
写真はイメージです(PxHereより)。

 6月23日夜、ジャニーズ事務所の男性グループ・NEWSに所属していた手越祐也さんの記者会見がおこなわれた。YouTubeでライブ配信されていた会見は、2時間弱にも及んだ。

 このなかで手越さんは、ジャニーズ事務所との契約解除にいたった経緯や、以前から独立を考えていたこと、今後の仕事の展開などについて、いつもの明るい調子で語った。

 こうした模様は翌24日の民放の情報番組でさまざまに論評されたが、そこでは外出自粛期間に手越さんがおこなった会食の是非について語られるばかりで、長年所属していた芸能プロダクションから芸能人が独立することの意味についてはさほど言及されなかった。

 しかし、この会見からは現在の芸能人の置かれている状況の変化が多く読み取れる。

日テレ「総合的な判断」の問題は?

 昨年7月、公正取引委員会はジャニーズ事務所が民放テレビ局などに対し、元SMAP(現・新しい地図)の3人を「出演させないよう圧力をかけていた疑いがある」として「注意」した。その翌月には、芸能人の移籍や独立後の活動制限を独占禁止法違反とする見解もまとめた。

 言及はしなかったものの、手越さんが独立を断行した背景には確実にこの社会整備がある。事実、昨年の下半期以降、芸能人の独立が相次いでいる。そこには、中居正広さんや米倉涼子さん、柴咲コウさんと、かなりの大物も含まれている(表参照)。もちろん独立の事情はさまざまではあるが、公正取引委員会の存在が芸能人の背中を後押ししているのは間違いない。

筆者作成。
筆者作成。

 しかし、そこで気になるのは21日に発表された『世界の果てまでイッテQ!』の降板だ。日本テレビは「総合的に判断した」としているが(『ORICON NEWS』2020年6月19日)、果たしてそれはどのような意味なのか。手越さんは新型コロナウイルスによる外出自粛期間中に会食していたとして活動休止に追い込まれていたが、それはあくまでもジャニーズ事務所の判断だ。よって、フリーとなった手越さんにその枷(かせ)はなく、日本テレビ独自の判断である。

 ここで気になることが、ふたつある。

 ひとつは、嵐をはじめジャニーズタレントのレギュラー番組を多く抱える日テレが、ジャニーズ事務所への忖度をしているのではないか、という疑念だ。もちろんそこでは、不法行為である「圧力」などはないことが前提だ。

 しかし、手越さん自身は、「この番組からいなくなるという判断を日本テレビとジャニーズ事務所間でしたとしたならば、そこには僕自身従わなければいけない」と話しており、もしそれが事実であればフリーとなった手越さんにジャニーズ事務所が関与していることになる。よって、この発言はきわめて重大な意味を持つ

 もうひとつが、外出自粛期間中の手越さんの会食は違法行為でもなんでもないことだ。自粛はあくまでも個々が判断することであり、罰則はない。たしかに外出自粛は“要請”されたが、決して禁止されていたわけではない。その道義的な問題は果たしてどれほど大きいのか。しかもこの会食は、事前にジャニーズ事務所側に伝えていたと手越さんは説明しており、その前に「花見」と報じられて問題視された会食は首相夫人も同席している。もし、これらを問題視してレギュラーを降板させたのであれば、日本テレビが“自粛警察”的な判断を是認することにも繋がりかねない。

 以上を踏まえると、日本テレビは「総合的に判断」などという曖昧な回答でなく、明確な理由の開示が必要だと考えられる。それこそ免許事業者である放送局の道義的な点において。

不自由なジャニーズ事務所

 手越さんの会見は、現在の日本の芸能人が直面しているさまざまな変化を指摘するものでもあった。その要点は3つにまとめられる。

 ひとつが、ジャニーズ事務所に所属することの不自由さだ。手越さんは、独自のルートでつなげた仕事をジャニーズ事務所がなかなか実現化してくれなかったと話した。具体的には、有名なミュージシャンからフェスへの出演オファーをジャニーズ事務所が断ったことや、個人で作詞作曲するアルバムを創ることができないことへの不満を挙げた。ジャニーズ事務所の立場を理解しながらも、より自由な活動を望む様子が強くうかがえた。

 このとき思い出すのは、ジャニーズ事務所を退所した元・関ジャニ∞の渋谷すばるさんが、個人活動を始めた昨年9月に発表した「ぼくのうた」だ。渋谷さんの文脈を踏まえれば、それは自由を追い求めた悲痛な叫びにも聴こえる凄まじい曲だ。手越さんのジャニーズ事務所に持つ不満も、おそらくこれに通ずるものだと捉えられる。

 大手であるジャニーズ事務所は、時間をかけてタレントを育成してきたことで知られる。その手腕は高く評価されていい。しかし、その一方でタレントの自由度はなかなかない状況にある。育成と自由度はけっして両立不可能ではないので、ジャニーズ事務所のこれまでのやり方が現代を生きるひとびとに合わなくなったと考えるのがやはり妥当だろう。

「個人のメディアを持つ」

 次に、メディアの多様化だ。手越さんはこの会見のなかで幾度も「個人のメディアを持つ」と発言している。この「メディア」とは、もちろんインターネットのことだ。具体的には、会見を配信したYouTubeをはじめ、Twitter、Instagram、iTunesなどが挙げられた。

 インターネットがポップカルチャーに大きな変化をもたらしてきたことに、いまさら説明する必要はないだろう。しかし、ジャニーズ事務所はインターネットに対してもっとも消極的な芸能プロダクションだった。手越さんはジャニーズ事務所が「既存のファンを大事にする」あまり、「インターネットにあまりアクセスしない」と指摘し、そのうえで自分は「変化しなきゃいけないタイミングが来てしまった」と述べた。

 この3年ほど、ジャニーズ事務所は段階的にインターネットへの対応を広げてきたが(たとえば昨年の嵐の配信解禁など)、しかし、それでもおそるおそるな様子は否めず、なによりスピード感がまるでない。韓国の3周遅れ、日本の他プロダクションの2周遅れくらいの印象だ。

 また、このときの手越発言で重要なのは、「個人のメディア」を強調していることだ。現在は、テレビや新聞、雑誌を中心としてきた時代から、独自の発信もできる時代だ。レガシーメディアとインターネットは共存し、相乗的に作用するものとなった。この状況のなかで、旧来的な方法論から変化しなければ取り残されるだけだ。手越さんは、この点において現実的な判断をしたと考えられる。

グローバル化するエンタテインメント

 最後に挙げられるのは、エンタテインメントのグローバル化だ。『世界の果てまでイッテQ!』などで50カ国以上に赴いた手越さんは、この会見のなかで海外進出についても語っている。具体的には以下のように。

「世界に対しての思いがむかしから強いので、Twitter、Instagramもそうですけど、中国の微博(Weibo)のほうも活用しながら、中国だったり、その先には世界ナンバーワンのアメリカも攻めていきたいな、チャレンジしていきたいなと思っている」

 これは手越さんも触れているように、先に挙げたインターネットの進展とも結びついている。インターネットがやってきたことは、要は情報のグローバル化だ。そしてエンタテインメント(音楽や映像コンテンツ)は、デジタルデータとして流通できる情報そのものだ。よって、インターネットが普及すればエンタテインメントがグローバル化していくのは必然だ。われわれは、日常的に動画ならNetflixやAmazonプライムを、音楽ならSpotifyやApple Musicなどで世界中のエンタテインメントを楽しむようになった。これはこの5年間に起きた大きな変化だ。

 ただし、こうしたエンタテインメント(ポップカルチャー)のグローバル化において、われわれが強く実感するのは日本のコンテンツではない。むしろ韓国だ。

 BTS(防彈少年團)やBLACKPINKは日本のみならず欧米でも大人気で、現在のNetflixでは『愛の不時着』と『梨泰院クラス』が日本のランキングでもずっと上位に入っている。そして、ポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』がアカデミー賞で作品賞を獲得したのは2月のことだ。

 音楽、ドラマ、映画──インターネットによるグローバル化とともに、それまで欧米が中心だったエンタテインメントの世界を韓国は20年かけてこじ開けた。その一方で、日本最大の芸能プロダクションであるジャニーズ事務所は、インターネットにタレントの写真を掲載することすら長く拒み続けた。その差は歴然としている。

 手越さんの海外への言及は、こうしたエンタテインメント状況を当然のように認識しているからこそだ。状況としては、ジャニーズ事務所が手越さんを見限ったというよりも、手越さんが旧態依然としたジャニーズ事務所に見切りをつけたという印象すらある。

 そして、こう考えているのはおそらく手越さんだけではない。米倉涼子さんは海外での活動を望んでいると報じられており、柴咲コウさんは若いときから個人的に英語を勉強し、2013年にはハリウッド映画『47RONIN』に出演した。

 実際に海外に活動の場を移している存在も目立ってきた。藤井美菜さんは、2012年頃から韓国での活動を本格化させ、近年は準主演級の仕事も目立っている。オーストラリア出身の忽那汐里さんは、『デッドプール2』(2018年)など近年は海外の映画の出演のほうが多い。芸人でも渡辺直美さんや村本大輔さんが海外に積極的に挑戦し、音楽では宮脇咲良さん(IZ*ONE)や高橋朱里さん(Rocket Punch)が韓国に渡ってK-POPスターとして活躍している。

 しかし、現状ではなかなか日本の芸能プロダクションが海外進出に対応できていない。海外への窓口をちゃんと設けているのは、大手ではアミューズとホリプロくらいだ。手越さんにかぎらず、多くの芸能人が日本の芸能プロダクションに限界を感じて飛び出している印象だ。

変化する芸能人、変化しない芸能プロダクション

 旧態依然とした芸能プロダクションの不自由さ、メディアの多様化、エンタテインメントのグローバル化──今回の手越祐也さんのジャニーズ事務所退所とは、この10年間で段階的に進んできた社会の変化の先にあることだ。これを「大手事務所と揉めて飛び出したわがままなタレント」といったフレームで捉えることは、きわめて旧来的かつ表面的な読解でしかない。もっと事態は複雑かつ深刻だ。

 社会の変化を察知し、自ら積極的に変化しようとする芸能人に対し、遅々として変化できない芸能プロダクション──いま浮かび上がっているのは、このコントラストだ。

 手越さんは会見で「変化しなきゃいけないタイミングが来てしまった」と述べた。しかし、実際のところ「変化しなきゃいけない」のは芸能プロダクションと、その様子をうかがってばかりの民放テレビ局ではないか。そうしなければ、芸能プロダクションやテレビ局がゆっくりと衰亡していくだけだ。

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ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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