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Yahoo!ニュースにあふれるヘイトコメント――荒れに荒れた「保守速報に賠償命令」記事

松谷創一郎ジャーナリスト
2016年6月5日、ヘイトデモ反対アクションの様子(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

『保守速報』敗訴

 11月16日、まとめサイト『保守速報』の運営者に対する名誉毀損と差別をめぐる裁判の判決が大阪地裁で出た。その結果は、原告の在日朝鮮人の女性の訴えが大筋で認められ、運営者の男性に200万円の支払いを命じる内容だ。

 同日夕方、朝日新聞の配信記事が『Yahoo!ニュース』のヤフートピックス(トップページ)に掲載され、裁判結果は広く知られることとなった。

 だが、このときまた新たな問題が生じてもいた。Yahoo!ニュースのコメント欄、通称・ヤフコメが荒れに荒れたのである。

コメントの12%が非表示に

「まるでか弱き乙女だな」

「こういう人たちは自分の都合が悪ければ何でも差別扱いしますね」

「読めば読むほど 日本から出て行ってほしい」

 ――等々、ヤフコメには原告である在日朝鮮人女性への罵倒が多く見られた。

 これらのコメントは、Yahoo!社の規約上は「問題ない」と判断されていた。なぜならば、問題のあるコメントはすでに非表示とされたり、アカウントごと削除されたりしていたからだ。

 配信終了3日前の11月27日夕方の段階(以下のデータはすべてこの段階)で、この朝日新聞の記事に寄せられたヤフコメは1624もあった(各コメントへの返信分を含めると3356になる)。しかし、この記事のヤフコメ欄を逐次チェックした結果、約60コメントの消滅が確認できた。コメント総数は1684(筆者のカウントによる推計)にものぼるからだ。なんらかの理由で、コメントが削除されている。

 ヤフコメの削除には、ふたつのケースがある。ひとつはユーザーによる自主的な削除だ。もうひとつは、ユーザーアカウントそのものが削除され、それによってコメントも消えているケースだ。このどちらかが多いかは不明だ。

 ただ、削除されたコメントは全体から見れば3.7%と、割合としては多くない。それよりも注目すべきは、「このコメントは非表示対象です」のケースだ。

 「非表示対象コメント」とは、運営しているYahoo!社が任意で「投稿の制限」をしたものだ。「ニュースコメントガイド」では、「プライバシーの侵害」や「人権侵害、中傷」など12項目をコメントの「禁止事項」としているが、それに抵触したと考えられる。

 では、この『保守速報』裁判の記事では、どれほどが「非表示対象」だったのか?

 筆者のカウントでは、1684コメント中197コメントが「非表示対象」だった。これは12.1%の割合である。おそらくその多くは、ヘイトスピーチに該当する差別表現や、マルチポスト(多重投稿)であると推測される。

ネットレイシズムの温床となったヤフコメ

 差別裁判を伝える記事に寄せられた12.1%が非表示にされている──これはやはりかなり異常な事態だと言わざるをえない。たしかに『Yahoo!ニュース』は、今年の6月からコメント欄の監視を強化しており、非表示コメント数などは大幅に増えたという(「24時間365日ネットユーザーと向き合う ヤフーのパトロール専門部隊、その舞台裏」)。

 だが非表示にされなかったコメントにも、原告を侮辱するものが大量に見られる。筆者のカウントだと、全体の7~8割ほどがヘイトスピーチや原告を侮蔑する内容だ。あとの2割ほどは他のコメントを批判するもので、建設的な議論などまったくなされている様子は見られない。

 そんな『Yahoo!ニュース』は、日本でもっとも影響力の強いネットニュースメディアだ。ロイター・インスティテュートの調査では、53%のひとが1週間に1回以上『Yahoo!ニュース』を訪れるという結果が出ている(“Reuters Institute Digital News Report 2017”PDF)。これは23%だった2位の『NHK NEWS WEB』にダブルスコアを付けるほど、群を抜いた数字だ。コメントにかんしては、2015年9月の段階で一日あたり4万のユーザーが14万件の投稿をしていると公表されている(「Yahoo!ニュースがコメント機能を続ける理由」)。

 このとき留意しなければならないのは、そもそも日本ではひとびとがニュースをSNSでシェアしたり、書き込み(コメント)をしたりする割合が、国際的にもかなり低いことだ。同じロイター・インスティテュートの調査では、1週間に1度以上「ニュースに参加する」割合は13%となっており、調査対象の国・地域のなかでもっとも低水準だ。

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 もうひとつ踏まえるならば、書き込みをするひとたちの属性だろう。社会学者の藤田智博による2008年の調査では、ネットに書き込みをするひとほど排外性が高いという結果が出ている(藤田智博「インターネットと排外性の関連における文化差――日本・アメリカ比較調査の分析から」2011年/PDF)。これは、アメリカとは逆の傾向だ。

 時期も方法も異なるこれら複数の調査からあまり断定的なことは言えないが、『Yahoo!ニュース』で積極的にコメントを書いているひとたちは、日本のネットユーザーのごく一部であり、そうしたひとたちの過激なヘイトコメントばかりが目立っている状況はたしかだ。そこには、昨今研究が進んでいる「炎上現象」との関連性も感じ取れる。

「分極化現象」とネットの関係

 匿名掲示板「5ちゃんねる」(旧「2ちゃんねる」)が勢いを失っている現在、『Yahoo!ニュース』のコメント欄が日本におけるネットレイシズムの温床となっているのは間違いない。

 90年代中期から一般化してきたインターネットの歴史は、いくつかの段階に分けられるが、おそらく10年代以降は大きな変化が訪れた時期として後年区分されることになるだろう。なぜなら、スマートフォンとSNSの浸透があったからだ。それ以前と比べ、より多くのひとが日常的かつ頻繁にインターネットに接し、友人・知人と情報を共有する時代が訪れた。

 このときひとつ気になる現象が生じている。それが分極化だ。00年代からインターネットが社会に与える影響はさまざまに論じられてきたが、キャス・サンスティーンの「エコー・チェンバー現象」や「集団分極化」(『インターネットは民主主義の敵か』2001年)、イーライ・パリサーの「フィルターバブル」(『フィルターバブル』/旧邦題『閉じこもるインターネット』2011年)などは共通した現象を扱っている。

 それらをまとめて説明すれば、みずからの志向に基づいたアルゴリズムで提案された情報を摂取し続けたり、同じ考えを持つひとびととばかりとコミュニケーションしたりすることで、集団のひとびとの思考や感情が先鋭化するという現象だ。今年話題となったフェイクニュースも、こうした分極化現象の過程で必要とされていった側面がある。

 アメリカ・ピュー研究所による経年的な政治意識の調査結果は、そうした分極化現象を示している。思想(リベラル-保守)を横軸に置き、縦軸にボリュームとしたとき、00年代までは中央(中道)に山がふたつある状態だが、00年代後半からは左と右に大きく分かれ始め、17年にはさらにそれが極端となり、真ん中に大きな谷ができる状態となった(同研究所サイトでは、この変化をアニメーションで確認できる)。これは左右に極端な思想を持つひとびとが増えた状況を意味する。

Pew Research Center
Pew Research Center"Political Polarization, 1994-2017"

 この背景には、もちろんトランプ大統領の誕生やそれに対する反発がある。だがオバマ大統領時代(2009~2016年)からその兆候は見え始めているために、トランプ大統領は事前の状態をより加速させたと捉えたほうが適切だろう。もちろんその他にも2008年のリーマンショックや格差問題などがその大きな要因として考えられるが、アメリカでは00年代後半以降のスマートフォンとSNSの浸透というコミュニケーションメディアの大きな変化があったことも、要因のひとつとして推定することは可能だろう。

 日本では、アメリカのような分極化現象はまだマクロに確認できてはいないが、こうしたアメリカの変化には十分に留意すべきだろう。なにより、極端な思想や感情を噴出させる場が、日本でもっとも読まれる活字の報道媒体である『Yahoo!ニュース』であることには、やはりかなりの注意が必要だ。

 もちろんヤフコメだけでなく、Twitterなども含めてネットで見られる極端な意見がごく一部のひとびとから噴出しているだけだと理解すれば、本来的にそれはひどく怖れるものではない。しかし現実的には、そうした暴力的なコメントを怖れたり、それによって自らの意見表明を回避したりするひとはかなり多い。そもそも自己主張を苦手とするひとが多い日本では、少数者の大量の乱暴な声に、大多数のひとの小さな声が封圧されて沈黙を余儀なくされるケースは他国よりも強い可能性がある。それは、ノエル=ノイマンの「沈黙の螺旋」理論が示唆した現象と似ている。

 実際ニュースへの参加率が国際的にとても低い日本では、すでに「悪貨が良貨を駆逐した」状態だと言えるのかもしれない。

改良されつつあるヤフコメ

 こうした状況について、Yahoo!社も自覚的な様子も以前からうかがえる。今年、コメント欄には段階的に改良が加えられてきた。

 まず3月に、Facebookのコメント欄をほとんど廃止した。残っているのは、この『Yahoo!ニュース 個人』や『Yahoo!ニュース 特集』などごく一部だ。前述したように今夏からはパトロールやシステムを強化し、複数アカウントからの投稿やマルチポストの排除に力を入れているが、それを睨んでFacebookコメントを廃止したのだと思われる。

 12月に入ってからは、コメント欄の下部にガイドラインへのリンクと、「攻撃的な言葉づかい×」といった複数のメッセージが表示されるようになった。さらに、18日にはコメント機能に関するアンケートも行われた

『Yahoo!ニュース』のコメント欄には、運営側からのメッセージも掲示されるようになった。2017年12月25日
『Yahoo!ニュース』のコメント欄には、運営側からのメッセージも掲示されるようになった。2017年12月25日

 こうした対策がどれほど奏功するかわからないが、コメント欄下部に掲載されている複数のメッセージ表示は、さらなる展開を見せるかもしれない。というのも、それと類似するコメント対策の実験が海外ではすでにおこなわれたからだ。

 2014年、アメリカの14歳の中学生トリーシャ・ブラブさんは、ネットいじめで命を絶った少女のニュースを知り、独自にコメント欄を抑制する対策を考案した。これは、SNSで侮辱的なコメントを書こうとするとき、「ちょっと待って。本当にそんな侮辱的なコメントをするの?」と自動的に忠告するシステムだ。実験では93%の若者がコメントをするのをやめたという(「“ネガコメ”を書き込もうとすると警告を表示 14歳の女の子が『ネットいじめ撲滅システム』を開発するまで」(『ログミー[o_O』2015年)])。

 つまりこれは、コメントをするときに一呼吸を置かせるというものだ。けっして自動的に言葉狩りなどをすることなく、みずからの書き込みに強い自覚を促すというものである。

 もちろんこの対策は万能なものではないだろう。中年の確信犯には有効でなく、長く使われれば慣れが生じて機能しなくなる可能性もある。ただ、ひとまずこの機能を導入して、試行錯誤しながらより洗練させていくことは決して無駄ではないだろう。

 なんにせよ、『Yahoo!ニュース』のコメント欄はいまだに多くの問題を抱えている。ここまで触れてきたように、それは未来の日本社会にとって大きなリスクとなる可能性もある。それを回避するためにも、より積極的な改良が必要だ。

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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