Yahoo!ニュース

こどもの未来を救う少子化対策ーー「即時策」と「長期策」

柴田悠京都大学大学院人間・環境学研究科 教授
(写真:アフロ)

目的:未来社会の持続可能性を高める

少子化は、ロボット化が困難な医療・介護分野などでの人手不足と、全般的な財政悪化をもたらし、こどもたちが生きる未来社会の持続可能性を低下させます。

すでに当事者のいる未来として、たとえば「2100年」が挙げられます。2100年は、現在の幼児(0~5歳)の「半数以上」が生きていると見込まれ、「すでに当事者のいる未来」です。

現状に近い「出生低位・死亡中位」の推計によれば、このままいけば「2100年」以降の高齢化率は43%程度で高止まりする見込みです。

そこで、「2100年」以降の高齢化率を現状程度で軟着陸させ、日本社会を持続可能にするには、「移民受け入れを増やさない」場合、「2030年までに希望出生率1.8(※)を実現」と「2040年までに人口置換水準2.06に到達」が必要となる、と政府は予測しています(下図)。

※:政府発表の希望出生率は、2010年は1.832015年は1.79でした。なお、2021年の希望出生率は、政府からは未発表ですが、「離死別等の影響」が以前と同じ傾向で推移したと仮定すると「1.61」となります。1.79から大きく低下した主な要因は、「18~34歳未婚女性の希望子ども数」が2.02人から1.79人へと1割も減ったことにあります。その背景は、雇用の悪化、価値観の多様化など、複合的でしょう。2021年の希望出生率の政府発表が待たれます。

日本の人口の長期予測 【内閣府地方創生推進事務局「まち・ひと・しごと創生長期ビジョン(令和元年改訂版)」(2019年)より引用】
日本の人口の長期予測 【内閣府地方創生推進事務局「まち・ひと・しごと創生長期ビジョン(令和元年改訂版)」(2019年)より引用】

日本の高齢化率の長期予測 【内閣府地方創生推進事務局「まち・ひと・しごと創生長期ビジョン(令和元年改訂版)」(2019年)より引用】
日本の高齢化率の長期予測 【内閣府地方創生推進事務局「まち・ひと・しごと創生長期ビジョン(令和元年改訂版)」(2019年)より引用】

その場合、少子化対策は、「2030年までに希望出生率1.8を実現」するための「比較的すぐできる即時策」(「結婚支援」「育児の身体的・経済的負担の軽減」などの制度改善を2025年頃までに※)と、「2040年までに人口置換水準2.06に到達」するための「抜本的だが時間がかかる長期策」(「雇用の安定」「賃金の上昇」「働き方の柔軟化」など)を、早急に同時並行で進めていく必要があるでしょう。

※:「即時策」によって改善された制度が、「今後も長く続く」と国民に信頼されるには、少なくとも「5年間」ほどはかかると仮定し、「2025年頃までの制度改善が出生率に影響を与えるのは2030年頃になる」と想定しています。

前提:こどもの健全な育ちを保障する

ただ少子化対策は、「こどもの育ち」に影響を与える政策が含まれます(「保育」など)。そのため、少子化対策の前提として、「こどもの健全な育ちを保障する」ことが必要です。

具体的には、前提として次の政策の実施が必要だと、筆者は考えています(詳細はこのPDFをご参照ください)。

  • 妊婦・親を孤立させない「妊娠期からの伴走型支援」(専門人材による定期的家庭訪問や、親が休むための一時保育など)(予算規模不明)
  • 「保育士・幼稚園教諭等賃金」を全産業平均まで引き上げ(1.0兆円)
  • 「保育士配置基準」を先進諸国並みに改善(0.7兆円)
  • 0〜2歳児保育利用の「就労要件」を撤廃(予算不要)

提案:少子化対策の「即時策」と「長期策」

そのうえで、少子化対策としては、下図のように「即時策」と「長期策」を同時並行で実施していくのがよいのではないか、と筆者は考えています(※)。

※:試算の条件

① 「出生率への効果」を試算できる研究や分析がある場合のみ、試算に使用。無い場合は「?」と記載し、試算には不使用。(政策の効果や意義が無いわけではない。)

② 即時策(2025年までの制度改善)によって「希望出生率1.8」を実現。

③ さらに長期策によって2040年までに「人口置換水準2.06」に到達。

少子化対策の「即時策」と「長期策」
少子化対策の「即時策」と「長期策」

なお、上図の案の詳細については、「即時策」についてはこの記事を、「長期策」についてはこの記事をご参照ください(児童手当を「上乗せ」ではなく「多子加算」する場合の効果についてはこの記事をご参照ください)。また、さらなる詳細についてはこのPDFをご参照ください。

以上の案に必要な予算規模は、「育ち保障1.7兆円」と「少子化対策6.5~7.4兆円」を合わせて、合計「8.2~9.1兆円」となります。

巨額ではありますが、国と地方を合わせた家族関係社会支出10.7兆円(2020年度)を「倍増」させるなら、「8.2~9.1兆円」は賄うことができます。

政府での少子化対策やこども政策の議論において、少しでも参考になれば幸いです。

FAQ:よくある質問とそれへの答え

本当にそんな大きな効果があるのか?

「児童手当」と「保育定員」の効果は、私以外の研究者が行った既存の実証研究(因果推論を用いた査読論文)をもとに、私が一定の楽観的な仮定(※)を置いて、概算したものです。(詳細はこのPDFを参照)

※:「支援の量が増えてもその効果は逓減しない」「政策間に相乗効果がない」「将来もらえる児童手当の時間割引率は年5%である」など。

また、「高等教育学費軽減」と「労働時間減少」の効果は、私が行った分析(日本を含むOECD諸国の国際比較時系列データを使用)をもとに、私が一定の仮定を置いて、概算したものです。もとになっている分析は、因果推論を用いておらず、査読論文でもないため、エビデンス(科学的根拠)としての質(科学的信頼性)は極めて乏しい分析です。そのため、概算の信頼性も極めて乏しいのですが、これよりも信頼性の高いエビデンスが見つからないため、やむなくこの分析を用いています。したがって、実際の効果はもっと小さい可能性もあります。なお、高等教育学費が安く労働時間が短い欧州諸国のデータ変動が主に反映された分析ですので、日本での効果がもっと大きくなる可能性もあります。(詳細はこのPDFを参照)

そのため、実際の効果はもっと小さくなる可能性もあります。その場合は、(すでにある程度の効果が現れている場合に限って)もっと大きな予算を使ったり、少子化加速を前提とした政策(十分な人権保障や支援をともなったかたちでの移民受け入れなど)を進める必要があるでしょう。

「8.2~9.1兆円」という巨額な財源は作れないのでは?

財源としては、長期的には、給与所得や価格への負荷がない「資産課税」(GDPへのダメージも最も小さい税であるという分析があります)を少しずつ増税していき、当面足らない分は「こども国債」(少子化対策によって将来の労働人口が増えれば国債は返済しやすいでしょう)で賄う、という案が考えられます。(詳細はこのPDFを参照)

ただ、国債発行は、過度なインフレなどを招くリスクもあるため、国債発行による財源調達には限界もあります。財源調達が難しい場合は、財源の不足分に応じて、少子化の加速を前提とした政策(十分な人権保障や支援をともなったかたちでの移民受け入れなど)も進める必要があるでしょう。

京都大学大学院人間・環境学研究科 教授

1978年、東京都生まれ。京都大学総合人間学部卒業、京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。博士(人間・環境学)。専門は社会学、幸福研究、社会保障論、社会変動論。同志社大学准教授、立命館大学准教授、京都大学准教授を経て、2023年度より現職。著書に『子育て支援と経済成長』(朝日新書、2017年)、『子育て支援が日本を救う――政策効果の統計分析』(勁草書房、2016年、社会政策学会学会賞受賞)、分担執筆書に『Labor Markets, Gender and Social Stratification in East Asia』(Brill、2015年)など。

柴田悠の最近の記事