学校に年間の変形労働時間制の導入を可能とする制度変更について、25都道府県と2政令市が条例を整備する予定であることが、このほど文部科学省の調査でわかった(毎日新聞12/25)。

※このうち、今年度中に条例整備の予定と答えたのは、北海道、茨城、千葉、三重、鳥取、徳島、香川、愛媛、高知、大分、宮崎、鹿児島の各道県。このうち、北海道と徳島県では、すでに議会で条例改正案が可決しており、来春から年間の変形労働が可能となる。

 ところが、率直に申し上げて、年間変形労働に対する学校現場や識者等からの評判は悪い。導入の見送りを求めて2019年10月には約3万3千人分の署名が文科省に提出されたし、そこには著名な教育学者も多数賛同していた。同時期に実施された教育新聞社の読者投票でも、91%が反対であった。

 そもそも変形労働時間制とはどのような制度なのか。コロナ禍で学校現場もたいへんななか、導入していいのだろうか教員や識者が心配していることは、そのとおりのことなのか、あるいは杞憂に過ぎないのか。きょうはこうした内容について解説したい。

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写真はイメージ写真:Paylessimages/イメージマート

■変形労働ってなに?

 公立学校の教員に1年単位の変形労働時間制(以下、単に年間変形労働)を導入することを可能にする法律(給特法の改正)は2019年の12月の国会で成立した。

 分かりづらい制度なので、教職員や教育委員会職員のなかにも、理解度はまちまちかもしれない。

 変形労働時間制とは、ある忙しい時期の平日の勤務時間を延ばして、閑散期の日の勤務時間を短くする、あるいは休みを取れるようにする仕組みだ。教員を含む地方公務員の場合、1ヶ月単位なら、いまの制度でもできるが、1年単位で、たとえば忙しい3月や4月に多めに勤務時間をふって、8月に少なくするといったことはできなかった。これを改正した。

 制度上は、最大で一日10時間勤務にまですることは可能だ。

 私立学校では、かなり多くがすでに採り入れていて、中高では約半数に上る(私学経営研究会の2018年12月~19年1月の調査)。これは、繁忙期に正規の勤務時間を延ばせるので、経営側としては、残業代抑制になるメリットがあることも大きいのだろう。だが、公立学校の場合は、そもそも時間外勤務手当がないので、このメリットはない。

■相次ぐ批判(何が心配で問題か?)

 前述のとおり、年間変形労働に対する学校現場や識者等からの評判は悪い。反対する意見の論拠にもなるほどと思えるものが多い。論点は多岐にわたるが、ここでは4つほど紹介する。

①現状の長時間勤務を容認、追認、助長することにつながる可能性

 この制度の下では、忙しい時期には勤務時間を現行の7時間45分から最大10時間まで延長することが可能になるが、小中学校の多くは休憩もろくに取れていない実態があるので、実質11時間近く働いても、時間外勤務はゼロカウントとなってしまい、問題視されない可能性がある。

 つまり、変形労働の導入で「見かけ上の」時間外勤務は(変形労働を導入する前よりも)少なくなったかのように見える。校長や教育委員会等に学校の実態を見えづらくさせ、安心させてしまう危険性もあるのだ。

 また、教師の過労死等の事案を見ると、5月~7月に倒れていることも多い。繁忙期だからといって、安易に勤務時間を延ばしては、過労死等防止の観点からも大きな疑問が残る。

 これでは、働き方改革にはむしろ逆行するのではないかという批判が寄せられるのも、もっともだ。東京新聞(2019年12月5日)でも「さらなる長時間労働につながるのではないか」と怒りや不安の声が教員からあがっている、と報じている。

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写真はイメージ写真:アフロ

②育児や介護等の人が働きづらくなる懸念

 労働基準法施行規則でも、年間変形労働を導入する際には、育児等に配慮するようには規定されているが、同調圧力の強い学校という職場で、大丈夫だろうか。今でも、育児中の先生からは早めに帰りづらいとか、部活動の顧問を断りづらいという声は多々聞く。

③休みのまとめ取りが本当にできるのか

 文科省が説明する年間変形労働導入のねらいは、夏季休業中の休みのまとめ取りである。つまり、忙しい4月、5月などに多めに働いて、そのぶん、8月に休みを多めに取る算段だ。

 だが、今年度を振り返ると、コロナ禍のなかで、夏休みの短縮をする自治体が多かった。先生たちが休みのまとめ取りをできる余裕のある地域はごく限られていただろう。来年度も新型コロナの収束が見通せないなかで、夏休みの短縮が維持されると、前述の算段は絵に描いた餅になる。

 仮にコロナが落ち着いたとしても、先生たちは8月ヒマというわけではない。研修、補習、それから部活動の大会などがあるなかで、それほど多くの日を休めない、という声は多い。

 制度が悪用されれば、見かけ上は休暇だが、事実上出勤して事務作業等をこなしたり、部活指導をしたりといった運用がなされる可能性も否定できない。

 現行でも、土曜授業等の振り替えがきちんと取れていないという学校も少なくないのではないだろうか?出勤簿上だけ休んだことにして、実際は出勤しているという事例も聞く。こういうことになれば、いったい、だれのために、わざわざ複雑な制度を入れているのか、分からなくなる。

④管理コストの増加

 副校長・教頭、学校事務職員らの負担増も心配だ。今でも、さまざまな勤務体系の職員がいて、教頭らは管理に苦労している。(地域によっては、書類などが統一、効率化されていない問題もあるようだ。)

 年間変形労働になると、さらに出退勤管理はややこしくなるし、教育委員会への報告書類などもまた増えてしまう。これは馬鹿にならない手間で、年間変形労働に関する文科省の手引きをちらっとでも読んでほしい。非常にややこしい制度なのだ。

■文科省の想定では週3時間増やすだけ

 こうした懸念の多くは、文科省もよく理解はしていて、年間変形労働を導入するとしても、業務改善が進んでいることが大前提だと文科省も述べているし、中教審の学校の働き方改革に関する答申でも「一年単位の変形労働時間制を導入することで,学期中の勤務が現在より長時間化し,かえって学期中一日一日の疲労が回復せずに蓄積し,教師の健康に深刻な影響を及ぼすようなことがあっては本末転倒である。」と釘を刺している。

 年間変形労働に関する文科省の手引きでも、下記の6点ができている必要がある、と明言している。

出所)文部科学省の手引きより一部抜粋
出所)文部科学省の手引きより一部抜粋

 また、文科省がイメージする導入後の姿は、学校行事等で業務量の多い時期(たとえば4月、6月、10月、11月の一部)の所定の勤務時間を週当たり3時間増やして、3時間×13週=39時間を、8月の休み(5日分)に充当するというものである(図)。

図 文科省のイメージする年間変形労働後の勤務時間等(文科省資料より抜粋)

 しかも、育児や介護等の事情がある方には配慮するべきで、変形労働を適用しないことも考えられると文科省は言っている(前述の手引き)。

 仮に文科省が言うとおりの姿で導入されるなら、前述した懸念、批判の多くは、それほど深刻であるとは考えにくい。ただし、4番目の管理コストの増大の問題は残る。文科省が手引きで示すように、厳格な要件のもとで年間変形労働を可能にさせようとすれば、するほど、それが守られているか、教育委員会としては確認せざるを得なくなるから、各学校の管理職らはさらに書類を整える必要が出てくる。

■文科省の思惑通りに進むのか?

 加えて、大きな問題は、文科省のイメージ通りに事が運ぶ保証はない、ということである。

 それは歴史が証明している。(と言うと、ちょっと大げさだが。)

 10年以上前からの問題であるが、労働基準法が定める休憩時間が取れていない小中学校や特別支援学校は非常に多い。これは学校が悪いというだけではなく、国の教員定数配置が少ないという問題でもある。また、労働安全衛生法が定めるメンタルヘルス対策も十分にできていない学校も多いのが実情である(産業医の選任、面接指導体制の整備など)。

 つまり、現状でも労働基準法や労働安全法に違反している疑いのある学校、教育委員会は多い。テストでたとえるなら、変形労働時間制にしても、労務管理をちゃんとやれ、育児中の職員等にきちんと配慮せよなどというのは、基本問題がきちんとできていない生徒に、応用問題を解かせようとしているようなものである。

 別のヒント、教訓もある。年間変形労働を先んじて導入しているのが、国立大学の教育学部等の附属学校の一部である。そこでも、きちんと運用されている例もあるだろうが、一方で、定時が延びたことで、会議等が遅くまで開催されるようになり、長時間勤務が是認されているような実態のところもある。

 今年は小学校での35人学級が話題となったが、そうした制度改革と比べると、年間変形労働の導入は、教育行政(文科省、教育委員会)にとって、予算を1円もかけずにできることである。だからといって、安易に飛びついていいものではない、ということは、この記事でもお伝えできたかと思う。

 わたしは、この制度を否定しているのではない。文科省の手引きのように、しっかり運用できるなら、選択肢としてはあってもいいかもしれない。だが、それも、コストや副作用に配慮したうえで、それらを上回る効果があれば、だ。

 難題で応用問題の年間変形労働を甘く見ている教育委員会等が多くないことを願う。

※次の記事でも、この問題を取り上げる予定。

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