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【先生の働き方は変わるのか?】半世紀ぶりの給特法改正を解説(#2:予想される副作用)

妹尾昌俊教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事
先生たちはさまざまな仕事に日々囲まれている(写真:アフロ)

 前回の記事で紹介したように、先日、約半世紀ぶりに、公立学校の先生たちに関わる法律、給特法が改正された。2つの柱があり、ひとつは、時間外勤務の上限を定めたガイドラインを格上げしたこと、もうひとつは、いまは認められていない、年間の変形労働時間制を選択的に導入できるようにしたことだ。

◎前回記事:【先生の働き方は変わるのか?】半世紀ぶりの給特法改正を解説(#1:2つの柱)

 先生たちが超忙しいことは、ずいぶん有名になったが、今回の法改正で、少しは変わるだろうか?

 これは、YesともNoとも即答しにくい。なぜなら、どう運用、活用されるかにもよるから。

 前回も一部触れたが、きょうは、今後に向けて、かなり心配なことがあるということを解説する。3点に要約するつもりだが、この記事では2点、お話しする。

 どんな施策、打ち手もいいことばかりではない。多くの場合、負の側面とか、副作用もあるものだ。とりわけ、学校教育や教員の仕事というのは、子どもたちにかかわるので、スパッと割り切れない、難しい部分もたくさんある。

写真素材:photo AC
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■大きな心配1:ジタハラの蔓延!?

 約11カ月前、今年の年始に、わたしは次の寄稿をした(教育新聞2019年1月3日)。

「ジタハラ」という言葉を聞いたことがある方もいるだろう。「時短ハラスメント」の略で、上司が「早く帰れ」と呼び掛けたり、会社が「午後8時一斉消灯」などの施策を打ったりすることが、従業員にとってはハラスメント(嫌がらせ)になっているという話だ。

なぜ、それが嫌がらせになるのか、と思った方もいるかもしれない。それは、取引先などと調整して業務量を減らしたり、仕事の役割分担や仕方を見直したりすることなく、早く帰れとプレッシャー、ストレスを与えるだけになっているからだ。

自宅などに持ち帰って、あるいはタイムカードなどを切った後で残業を続ける人たち、あるいは部下にこれ以上の仕事は振れないと自分が巻き取って超多忙となっている中間管理職らも続出しているそうだ。

いわゆる「働き方改革」と呼ばれるものが先行している企業や役所などで、こうした失敗や反省が多く報告されている。学校は大丈夫だろうか。

(中略)このままでは学校も同じ轍を踏む。いや、既に踏んでいるところも多いように推察する。

 この心配は、今回の法改正で一層強くなった。なぜなら、時間外を多くても、原則月45時間、年間360時間以内にしなさいという指針が強化されたからだ。

 タイムカードやICカード等で出退勤の記録をちゃんと取る学校は増えた。これはいいことだ。初歩中の初歩のことだが。(これとて、数年前はほとんどの学校がやっていなかった。)

 おそらく、今後、文科省から、あるいは都道府県教育委員会や市区町村教委から、教員に対して「あなたは(orあなたの学校は)月45時間を守っていますか?いますよね~?」という圧力は高まると思う。都道府県別の学校の残業時間なんてデータも公表されるようになるかもしれない。

 もちろん、これらは悪いことばかりとは言えない。が、業務量を減らしたり、職場環境を整えたりすることなしに、プレッシャーだけ強めるのは、まさにジタハラだ。

■カネのかからない施策

 この点と関連するのが、今回の改正の2つの柱。この2つとも、少し意地悪な表現をするなら、「カネのかからない施策」なのである。

 たとえば、ここに小学校の先生を100人集まってもらったとする。おそらく100人中95人以上の先生が、「もっと教員数を増やしてくれ。現場は少ない人手で大変だ」と言うと思う(別の機会に紹介するが、わたしの調査)。だが、1人雇うと数百万円かかり、小学校だけでも全国で2万ちかくあるので、莫大な予算を伴う。とってもラフに計算すると、仮に1人600万円、1校1人増でも600万円×2万校(2万人)=1,200億円。1校5人増だと6,000億円。

 少子化に伴い、もっと学校教育予算は削れ、と財務省は言っている。そのなかで文科省も踏ん張っているほうだと評価することも可能だが、今年度予算で小学校に増えたのは、およそ千人(英語の教員)。約2万校あるので、約20校に1人しか増えない。

 一方で、全国学力テスト、体力テスト、教員免許更新制、学習指導要領での学習内容等の追加(たとえば英語教育の増)など、文科省は現場の負担と仕事を増やすことには熱心だった。

 これでは、どこかのジタハラ上司と同じではないか?

※ただし、学校の多忙の要因は、文科省のせいだけにもできない。学校が保護者等の期待もあって、増やしてきたものも多い。詳しくは拙著『こうすれば、学校は変わる! 「忙しいのは当たり前」への挑戦』など。

写真素材:photoAC
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■大きな心配2:残業の「見えない化」

 以上と密接に関連するが、大きな心配その2は、教員の勤務実態が、むしろ見えなくなってしまうことだ。

 企業等でも報告されているように、タイムカード等を通したあと残業を続ける、あるいは大量の仕事を自宅等に持ち帰る。そういうことが増える懸念だ。

 現に、いまでも、いくつかの学校で勤務時間の実績を過少申告するケースや、校長・教頭が過少申告を指示したりするケース(改ざん)があると報道されている。

◎たとえば、次の記事:福井市立小で教頭が教員の勤務時間改ざん 100時間超えの残業を過少申告

 教員にとっては、時間外が月80時間を超えると、校長に呼び出されたり、産業医との面談をしてこいと言われたりするので、めんどくさい。だから、過少申告、テキトーな申告をする、またはシャドーワークする(自宅作業など)という動きになりやすい。

 こうなると、給特法に位置付けた指針を通じて、時間外を少しでも抑制しようとしているのに(※)、問題が見えなくなる。教員自身にも、あるいは校長や教育委員会のような労務管理する立場の人にも、見かけ上の残業は減ったように、錯覚させてしまう。

(※)法律的には、現行も改正後の今後も、校長から命令された時間外勤務は原則ゼロなのだが、この点は別の機会に解説する。

写真素材:photoAC
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 しかも、よけいやっかいなのは、例の変形労働時間制だ。いまは7時間45分が正規の勤務時間なのだが、忙しい時期は8時間45分などにすることを文科省は想定している。そうして、見かけ上の時間外は1時間減ったように見えてしまう。

 同時に、変形労働を適用しない人も同じ職場でいるので、育児等の事情がある人は7時間45分のままだったり、時短勤務だったりする。つまり、いまよりも、勤務時間管理はややこしく、複雑になる。

 そうしたなかで、どうせ残業代が出るわけでもないし、時間外が長いと怒られたりするし、となると、「残業の見えない化」が増えてしまうかもしれない。

 わたしは、今回の法改正は悪いことばかりだ、と言いたいのではない。副作用が大きくなるかもしれないのだから、それを想定して、きちんと対処して事に当たらないと、当初の企図とは逆の方向に物事が進んでしまう、と申し上げている。

 対策はいくつか考えられる。たとえば、「出退勤記録は正直に実態を付けてくれ」ということを、教育委員会等は繰り返し、校長、教職員に伝えていく必要がある。万一、改ざんなどがある場合、厳正に処分することも考えねばならないだろう。なお、実態に即した出退勤管理のできない学校、地域で、年間変形労働のような、よけい難易度の高いことを採用するのは、おススメできない。(基礎問題のあやしい子に応用問題を解かせても難しいのと同じ。)

 また、文科省や教育委員会は、時間外が多い学校を叱りつけるだけではダメで、そういう、ある意味での「困難校」には、原因分析となんらかの支援を充実させる必要がある。つまり、イソップ寓話で言うと、「北風」だけではなく、「太陽」が必要だ。関連して、カネのかかる施策も進めて、いくつかの施策を合わせ技で、働き方改革を進めていくことが大切だ。

 次回は、大きな心配その3についても解説していきたい。

教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事

徳島県出身。野村総合研究所を経て2016年から独立し、全国各地で学校、教育委員会向けの研修・講演、コンサルティングなどを手がけている。5人の子育て中。学校業務改善アドバイザー(文科省等より委嘱)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁の部活動ガイドライン作成検討会議委員、文科省・校務の情報化の在り方に関する専門家会議委員等を歴任。主な著書に『変わる学校、変わらない学校』、『教師崩壊』、『教師と学校の失敗学:なぜ変化に対応できないのか』、『こうすれば、学校は変わる!「忙しいのは当たり前」への挑戦』、『学校をおもしろくする思考法』等。コンタクト、お気軽にどうぞ。

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