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【少人数学級の影、副作用】先生の忙しい日々は改善する? 悪化の可能性も

妹尾昌俊教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事
(写真:アフロ)

 公立小学校では、来年度から5年かけて35人以下学級になる見込みとなりました。本日(12/17)、財務省と文科省が合意したとの報道も。実に約40年ぶりの改正となる予定です。

 前回の記事に書いたように、この動きには、よい点や評価できる点も多々あります。が、問題や心配なこと、それから疑問点もたくさんあります。

前回記事:【小学校が35人学級へ】 評価できることと大きな課題、疑問

■本当にいいことづくめなのか???

 「学級規模が小さくなると、先生が一人ひとりきめ細かくケアできやすくなるし、いいことばかりじゃないか」。そう思われる方は多いと思います。たとえば、現在の制度なら、1学年に36人在籍している場合、ひとクラスですが、35人学級になれば、18人×2クラスになります。そりゃ、18人のほうが、先生も一人ひとりに向き合えますよね。

 ところが、物事はそう、いいことづくめではありません

 憲法学者の木村草太教授が指摘されているように、少人数学級になると、教室内の多様性が下がりやすいこと(友達関係もふつうは減りますよね)、それから、先生と相性が悪い場合やハラスメント傾向のある担任の場合、児童への被害が大きくなりかねないというデメリットも考えられます(沖縄タイムス2020年8月9日)。

 ほか、学級数増に伴う教員の採用増となっても、ちゃんと十分な量と質が確保できるのか、という点を懸念する声もあります(前回の記事でも指摘したとおりです)。

写真:milatas/イメージマート

■少人数学級以外の政策とちゃんと比較検討したのか?

 わたしとしては、もうひとつ、とても心配なことがあります

 さまざまな政策の選択肢は考えられますが、ここでは、大きく2つの方向があることをお話しします。ひとつは、学級あたりの児童生徒数を減らすこと。これは少人数学級にしたり、算数などでティームティーチングをしたりすること(少人数指導)などが該当します。

 もうひとつは、教員の担当授業を減らすという方向性です。(次の図)

筆者作成
筆者作成

 たとえば、仮に、読者のあなたが小学6年生の担任の先生だとしましょう。先ほども例示しましたが、1クラスに36人いる場合、いまの制度だと1クラスのままですが、近い将来(5年先?)、18人×2クラスになります。そのぶん、少なくとも1人分の先生は増える計算となります。

 よかったですね~。ところが、国語、算数、図工、体育などなど、基本的には各々のクラスで進行しますから(制度上は、いまでも複数学級での合同の授業があっても構いませんが)、あなたの担当する授業時間は少人数学級になっても、ならなくても、基本的には変わりません

 ここで、少しデータを確認します。次のスライドのとおり、2016年の国の教員勤務実態調査によると、小学校教諭の約半数は1週間に「26コマ以上」授業をもっています。1日に5~6コマ担当していることになりますし、この数字に加えて、学級活動や委員会活動などもありますから、小学校の先生はほとんど1日中、出ずっぱり、立ちっぱなしです。

 中学校の先生も忙しいのですが、授業コマ数はかなり異なります。

筆者作成
筆者作成

 次のスライドは、わたしの講演・研修でたまにお話ししていることで、ある小学校の風景です。どこだと思いますか?

筆者作成
筆者作成

 あまり片付いていない風景ですが、職員室の様子です。ある校長先生が写真を撮って、こう伝えてくださいました。

妹尾さん、日中の授業中には職員室はカラになるくらい、だれもいません。それだけみんな、授業が詰め詰めで入っているからです。

 アガサ・クリスティの小説のタイトルと同じです。そして誰もいなくなった。

■小学校の先生は、長時間かつ過密労働

 しかも、先ほどの調査の時よりも、いまの小学校の先生たちの授業負担は増えています。小6であれば、英語が増えています。

 次の資料がわかりやすいかと思います。学習指導要領の改訂によって、どんどん時間割は窮屈になっています。この●があるのは、国語や算数など教科が入るわけですが、前述のとおり、約半数の先生は、ほとんどの●の時間を担当しています。(一部、音楽だけ別の専科の先生が見てくれるなどはありますが、学校・自治体によります。)

※教員の負担の問題だけでなく、子どもの負担の問題も深刻ですが、この点は拙著『教師崩壊』などでも論じています。

四日市市教育委員会の資料から引用
四日市市教育委員会の資料から引用

 しかも、今年度は新型コロナの影響で休校が長引きましたから、週あたり授業数を増やしている地域もあります。29コマ以上授業している、という先生もいるほどです。

 前述の授業コマ数と同じ2016年の国の実態調査によると、小中学校の先生たちの出退勤の時間は次のとおりです。いろんな職がありますが、多数は「教諭」です。教諭は朝7:30頃に来て、夜7時過ぎまで勤務している、12時間くらい労働しているのが平均的な姿というわけです。これが平均ですから、もっと長い人も多くいます。

出所)リベルタス・コンサルティング「公立小学校・中学校等教員勤務実態調査研究」調査研究報告書
出所)リベルタス・コンサルティング「公立小学校・中学校等教員勤務実態調査研究」調査研究報告書

 注目していただきたいのは、休憩時間。小学校教諭は平均6分しかありません。中学校も短いですが、中学校は放課後に部活動もあって、忙しいです。小学校は先ほどの説明のとおり、授業がたくさん詰まっていますし、子どもの給食や休み時間も指導や見守りの時間となることもありますから、ろくにコーヒーブレイクもとれません。

 「膀胱炎が小学校の先生の職業病」とよく言われますし、実際患っている方も多いです。なぜか?トイレに行く暇もないくらい、忙しいからです。

■少人数学級で小学校の先生の忙しはマシになるか?

 さて、少人数学級の政策で、この忙しさや過密労働はマシになると、みなさんは、思われますか?

 先ほどの小6の担任の例でいうと、35人学級となり、1学級あたりの児童数が減りますので、多少は負担軽減になります。採点やノートチェック、コメント書き、保護者とのやりとりも児童数に応じて減る傾向があるからです。また、1学級増えたぶん、正規の教員が増えるなら、その先生と校内の事務なども分担できるようになります。

 なので、35人学級が教員の負担軽減にまったくつながらないというわけではありません。多少は影響するだろうと予想できます。ところが、先ほどの説明のとおり、授業数は基本変わりませんし、日中の忙しさはそれほど劇的に変わるわけではない、というのも、おそらく事実です。実際、国の2016年の調査データを見ても、教員あたり児童生徒数が少ないと、勤務時間は減る傾向にありますが、教員あたり児童数が15~20人未満の教諭の平日の勤務時間は1日平均11時間15分であり、教員あたり児童数が25人以上の教諭のそれは11時間21分で、1日6分ほどしか変わりません。

 それに、採点やノートチェックなどは、担当する児童生徒数を減らすという対策よりも、ICTの活用など、別の方策で効率化と教育効果の向上の両立を図ることが可能です。

 さらに申し上げると、これまで少人数指導などに活用されていた人手と財源の一部を活用して35人学級にする方針である、と報道されています。つまり、小6の担任にとっては、小2などの学級数が増える代わりに、自分の算数のクラスの負担はむしろ増える可能性だって高いです(少人数指導の加配があったが、なくなるため)。

■最大のリスクは、教員の負担軽減に予算を回せなくなること

 もう一度、前半にご覧いただいた図をもとに説明します。1.現状維持は一番問題でしょうが、今回の小学校35人学級の動きは、右方向に行こうとしています。文科省は今回30人以下学級を求めていたように、35人でもまだ多いという主張もあると思いますが。

 で、今回の予算編成でも財務省は渋っていたように、少子化のなか、限られた国の予算を小学校教員や小学校教育にもっと回そうとは、なかなかしてくれません。コロナ禍で国の借金もかつてないほど積み重なっています(いまの+未来の小学生たちにとっての負債でもあります)。こうなると、3.少人数学級の政策から、3.×4.を組み合わせるほどの、予算増を伴う政策には、なかなか行かないだろう、と予想できます。

筆者作成
筆者作成

 つまり、少人数学級に国と地方自治体のお金を使ってしまうために、教員を増やして持ち授業時間を減らそうとか、小学校でも教科担任制がやりやすくなるように、教員増を進めて授業負担を減らそうとか、あるいは保育園や病院のように、シフト制を敷いて、長時間労働を解消していこうとか、そんなことは夢物語になるわけです。

 わたしが、これまでも、また今回の動きを見ていても、一番心配しているのは、このシナリオです。政治家の先生や文科省が、真に子どもたちのためや教員の福祉・ウェルビーイングを考えるなら、4.の一人の先生は週20コマより多くはもたない、といった政策(これにも教員増が必要です)も組み合わせていく方向にリーダーシップを発揮していくべきでしょう。

 仮に小学校の先生1人あたり1週20コマ以内に授業がおさまれば、1日2~3コマは空きますから、授業のあいまで多少休憩をとることもできますし、授業準備や校内の事務作業などもできます。このほうがおそらく、授業の質も高まる可能性があります。

写真:アフロ

 いまのように、休憩時間もろくにとれず、過労死や膀胱炎になるほどの職場で、いい授業や子どもたちのケアができると思いますか?それでも、現実には歯を食いしばって、現場の先生方はたいへん尽力されているのが、多くの地域の事実です。が、限界に来ています。だから、教員の志望者も減っているのです。

 なんとなく、1クラスの人数が減れば丁寧にできそうだ、などと捉えると、近い将来「こんなはずじゃなかった」ということになりかねません。

35人学級なり少人数学級という政策がなんのためなのか、何に、本当に効果的なのか、他の政策手段よりも優先度は高いと言えるのか、改めて、よくよく多面的に検討してほしいと思います。

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★妹尾の記事一覧

https://news.yahoo.co.jp/byline/senoomasatoshi/

教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事

徳島県出身。野村総合研究所を経て2016年から独立し、全国各地で学校、教育委員会向けの研修・講演、コンサルティングなどを手がけている。5人の子育て中。学校業務改善アドバイザー(文科省等より委嘱)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁の部活動ガイドライン作成検討会議委員、文科省・校務の情報化の在り方に関する専門家会議委員等を歴任。主な著書に『変わる学校、変わらない学校』、『教師崩壊』、『教師と学校の失敗学:なぜ変化に対応できないのか』、『こうすれば、学校は変わる!「忙しいのは当たり前」への挑戦』、『学校をおもしろくする思考法』等。コンタクト、お気軽にどうぞ。

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