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年間の変形労働時間制を入れても、学校の働き方改革にはならない

妹尾昌俊教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事
変形労働時間制への反対署名の呼びかけ(change.org)

 公立学校に1年単位の変形労働時間制を導入しようとする動きがあるが、現職の先生たちから反対意見が多数寄せられている。

 変形労働時間制とは、ある忙しい時期の平日の勤務時間を最大10時間などに延ばして、閑散期の日の勤務時間を短くする、あるいは休みを取れるようにする仕組みだ。教員を含む地方公務員の場合、1ヶ月単位なら、いまの制度でもできるが、1年単位で、たとえば忙しい3月や4月に多めに勤務時間をふって、8月に少なくするといったことは、現行法上はできない。

 公立学校の教員について、1年単位での変形労働をできるようにしては、という話が中教審(国の審議会)でも出て、本年1月に答申という審議結果としても明記されている。この実現には、地方公務員法の改正などが必要なので、文科省としては準備を進めていると推測される。(文科省の準備状況について、わたしは情報をもっていないので、確定的なことは言えないが。)

 現役の高校教師でもある斉藤ひでみ先生(仮名)が中心となった反対活動では、この約2日間だけで約1万5千人を超える署名(変形労働の導入に反対)が集まっている。また、Twitterなどでも、現役の教員等から、反対意見や心配する声が非常に多く寄せられている。

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変形労働時間制に反対する声を集めたサイト

 既にさまざまなサイトや雑誌で問題点などは論じられているが、ここでは、私見を交えながら、考えていくべきことを整理したい。

※繰り返すが、妹尾の私見であり、わたしも審議に加わった中教審などを代表、代弁するものではない。

■大前提:変形労働にするだけでは、働き方改革にならない。

 

 まず、1年単位の変形労働時間制を導入したからといって、それだけでは、教員の負担軽減や勤務時間の縮減になるわけではない。変形労働時間制は残業の付け替え的なものに過ぎないのだから、当たり前と言えば、当たり前の話だ。

 文科省もこの点はよく認識しているようで、中教審でも担当の合田財務課長は、こう述べている。

一年単位の変形労働時間制でございます。これにつきましては、本部会におきましても、勤務時間圧縮、縮減の切り札でも何でもなく、(中略)かつての先生方の夏のいわゆるまとめ取りのような形で、先生方が社会的な理解を得て、長期休業期間中にまとまった休みを確保できる方策という観点から御議論いただいたところでございます。

出典:学校における働き方改革特別部会(平成30年12月6日)議事要旨

 負担軽減になるわけではないのに、どうして導入しようとしているのか。

 私立学校を含む民間企業や国立大学の附属学校なら、残業代を払う必要があるので、年間の変形労働を導入して、残業時間を圧縮すれば、残業代の減少になる。これは経営側にとっては、大きなメリットだろう。だが、公立学校の教員の場合は、給特法という特殊な制度のもと、時間外勤務手当は出ないので、このメリットは発生しない。

 公立学校の場合、先ほどの文科省の説明にあるとおり、7月、8月などにまとまった休みを堂々と取りやすくするためのもの、と理解できる。このメリットが大きいと見るかどうかは、判断が分かれるとは思う。

 先行例として、三重大学附属小学校では、2005年から年間の変形労働時間制を採用しており、授業がある日の勤務時間を最大9時間45分に延ばす代わりに、授業のない8月の夏休み期間は土日以外に休日を13〜14日間確保している(中日新聞2018年12月28日)。

(筆者撮影)
(筆者撮影)

 さて、この例のようになるかどうか、あるいは仮にそうなったとしても、問題が多いのではないか、ということが問われている。ここでは、5つの懸念材料を確認したい。

■懸念1:現状の長時間労働を追認、助長することになるおそれ

 現状では、公立校の勤務時間は自治体の条例・規則などで決まっていて、8:15~16:45(7時間45分の勤務時間+45分の休憩時間)などとなっている。年間の変形労働が導入されると、忙しい時期では、勤務時間が19時前後まで、などになる可能性がある。最大では、10時間の勤務時間+1時間の休憩時間なので、11時間学校にいる日が出てくるかもしれない。

 わたしがある国立大学の附属小学校と別の大学の附属中学校の教員に話を聞いたところ(両校とも年間変形労働を採用)、定時が延びたことで、夕方遅い時間に会議が設定されるようになった、ということだった。こういう事態が起きるなら、変形労働時間の導入は、現状の長時間労働を追認、もっと厳しく見れば、助長することにつながる危険性がある。

 こうした点は、中教審も認識していて、答申ではこう述べている。

一年単位の変形労働時間制を導入することで,学期中の勤務が現在より長時間化し,かえって学期中一日一日の疲労が回復せずに蓄積し,教師の健康に深刻な影響を及ぼすようなことがあっては本末転倒である。

出典:中教審答申

 しかし、中教審や文科省がどれだけ注意喚起しても、実際に起きる可能性があるのであれば、想定して考えておく必要がある。

 また、変形労働になり勤務時間が長くなる日ができると、部活動指導を強要されやすくなる、という声も、現場の先生からは多く上がっている。学習指導要領の趣旨を踏まえると、生徒の自主的な活動である部活動を、校長は、生徒にも教員にも強要できる、とは考えにくい。中教審答申でも、部活動の設置・運営は法令上の義務ではないことを確認している。とはいえ、そのあたりの趣旨はおかまいなしで、「部活の顧問やってくれるよね、当然だよね」といった運用(働きかけ?事実上の強制?)は今でもなされているので、心配な声も、もっともな指摘だと思う。

 ただし、「勤務時間中なのだから、部活動顧問やってよね」という校長の学校では、同じ理屈を通すなら、夏季休業中などで休みのまとめ取りをするときに、部活動指導はできない、やれないということになるし、土日の指導も拒否できると思う(勤務時間ではないので)。

■懸念2:残業の実態が見えづらくなるおそれ

 変形労働時間の導入で、繁忙期については、「見かけ上の」時間外勤務は(変形労働を導入する前よりも)少ないように見える。多少8月に休みを多めに取れるようになったとしても、残業が見かけ上減るだけでは、校長や教育委員会等に学校の実態を見えづらくさせ、安心させてしまう危険性がある。

 実際、教師の過労死事案を見ると、5月~7月に倒れていることも多い。懸念1の問題とも重なるが、繁忙期だからといって、安易に勤務時間を延ばしては、過労死防止の観点からも大きな疑問が残る。

■懸念3:育児や介護をもつ教員への配慮が適切になされず、働きづらくなるおそれ

 18時や19時まで勤務時間となると、通勤時間もそれなりにかかるし、19時以降までやっている保育園等も少ないし、となると、育児や介護との両立がつらくなるのは、火を見るより明らかだ。

 変形労働時間制を定めた労働基準法施行規則では、「育児を行う者、老人等の介護を行う者、職業訓練又は教育を受ける者その他特別の配慮を要する者については、これらの者が育児等に必要な時間を確保できるような配慮をしなければならない。」と定めている。

 また、中教審答申でも、「育児や介護等の事情により以前から所定の勤務時間以上の勤務が困難な教師や,現在特段所定の勤務時間以上の勤務とはなっていない教師に対しては,こうした制度(引用者注:1年単位の変形労働時間制)を適用しない選択も確保できるように措置することが求められる」としている。

 法や中教審の趣旨にのっとった運用が各地の学校でなされれば、よいかもしれないが、その保証はない。

写真素材:photo AC
写真素材:photo AC

 その傍証は既に、いまの公立小中学校の多くにある。

 10年以上前からの問題であるが、労働基準法が定める休憩時間が取れていない小中学校は非常に多い。これは学校が悪いというだけではなく、国の教員定数配置が少ないという問題でもある。また、労働安全衛生法が定めるメンタルヘルス対策も十分にできていない学校も多いのが実情である(産業医の選任、面接指導体制の整備など)。

 つまり、現状でも、労基法や労安法に違反している学校、教育委員会が多いのである。テストでたとえるなら、変形労働時間制にしても育児等にきちんと配慮せよというのは、基礎問題がきちんとできていない生徒に、応用問題を解かせようとしているようなものに見える。

■懸念4:副校長・教頭らの管理コストが増すおそれ

 1年単位の変形時間労働制には、いくつか条件が付いている。

●1箇月を超え1年以内の期間を平均して1週間当たりの労働時間が40時間を超えないこと

●労働時間の限度は1日につき10時間まで、1週間につき52時間まで

 ※対象期間が3ヶ月を超える場合は、48時間を超える週は3カ月で3回まで

などだ。

 これらを守っていますよ、という書類作成が教頭らには発生する。しかも、懸念3のように、育児や介護の方にきちんと配慮するとなれば、同じ学校でも、人によって勤務時間が変わってくる可能性もある。現状でも、非常勤職員などが多くなって、様々な勤務体系の人がいるので、その管理に、教頭や学校事務職員の負担は増大しているのだが、事務作業がさらに増すことになる。

■懸念5:教員の意見や声が十分に反映されない手続き上の問題が発生するおそれ

 労基法によれば、変形労働時間制を導入するには、労使での書面での協定が必要である。

 学校で導入するとしても、上記のような様々な懸念があるなら、なおさら、教育委員会側で一方的に決めるのではなく、労働者の意見、意向をきちんと反映していく必要があるだろう。だが、この手続きがどうなるのかは、現時点でははっきりしない。中教審の審議のなかで、わたしとしてはこの問題について言及したのだが、文科省から明確な回答はなかったと思う。もっとつっこんで確認するべきだったという反省、非は自分にもある。

 また、私立学校や国立の附属学校であれば、労基署の管轄なので、変形労働の導入で、手続き上の瑕疵や、法の趣旨に沿わない運用があれば、労基署からの指導等が入る可能性もある。だが、公立学校の場合は、地方公務員なので、労基署は管轄外である。県などに人事委員会というのがあって、そこが労働監督はすることになっているが、スタッフ数も少ない。各学校のことにどこまで首をつっこんでくれるかは、心もとない。

 手続き上の妥当性や運用上の問題を誰が、どうチェックするのか、できるのか。現時点では、はっきりしない。

■ややこしいことをしなくても、有休取得促進のほうがよいのでは?

 以上、5つの懸念材料を述べた。これが必ず起きるかどうかは分からないが、これまでの反省点を振り返るなら、可能性が低いわけではないと思うし、仮に変形労働を入れるのであれば、少なくとも5点の心配が低くならないかぎりは、マズイということになろう。

 具体的には、少なくとも、次の点を進める必要がある、と思う。

●「懸念1:現状の長時間労働を追認、助長することになるおそれ」に対しては、いまの7時間45分を超えて、会議などの校務を原則入れない。校長は部活動指導の強制、強要はしない。また、変形労働にしても、しなくても重要だが、学校と国、教育委員会は、業務改善と定数改善を進めて、現行の7時間45分のなかでも授業準備等がしっかり進められるようにしていく。

●「懸念2:残業の実態が見えづらくなるおそれ」に対しては、時間外勤務の実態把握として、現行の7時間45分を超えた部分を正確に把握できるようにする。過重労働ぎみの人などには、学校は業務分担の見直し、削減などを早期に進める。

●「懸念3:育児や介護をもつ教員への配慮が適切になされず、働きづらくなるおそれ」に対しては、育児等の人には変形労働を適用しないことも含めて、選択肢を用意することなどを、各自治体の条例などでも定めていく必要があろう。

●「懸念4:副校長・教頭らの管理コストが増すおそれ」に対しては、変形労働にかぎった問題ではないが、教頭や事務職員の事務負担軽減に向けた施策を進める。調査・報告等の精選する、必要性の低い手続きは削減する、アシスタントスタッフを置くなど。

●「懸念5:教員の意見や声が十分に反映されない手続き上の問題が発生するおそれ」に対しては、労働組合または職場の代表と交渉して、書面の協定を結ぶなど、労働者の声が反映される仕組みを入れる。

 以上のことから、先ほども述べたとおり、変形労働時間制の導入は、それなりに高度なことも求めていく、応用問題なのである。

 なお、そもそも論ではあるが・・・、メインの目的が、夏季休業中にまとまった休みを取りやすくすることであれば、変形労働のようなややこしいことをしなくても、有給休暇の取得促進のほうが素直な施策だと思う。

 しかも、年休が12月、1月に(あるいは3月、4月)切り替わるのを見直して、9月1日で切り替えるようにすると、余らせておく必要は小さくなるので、8月に有休を取りやすくなる。これは予算が一円もかからず、かつ法改正も必要ないので(県の条例等の見直しでOK)、すぐにでも進めてほしい。

 ちなみに、公立小中学校の教員の場合、次のデータが示すとおり、有休取得は、年10日未満という人が半数以上である。中学校は部活動などもあり、取得しにくいし、教頭職らも取得しづらいと聞く。毎年14~20日捨てているという人もかなりいるようだ。

図表 公立小中学校教員の有給休暇の取得日数(2015年の状況)

出所)文科省・教員勤務実態調査(2016年実施)をもとに作成
出所)文科省・教員勤務実態調査(2016年実施)をもとに作成

 各教育委員会または学校としては、仮に年の変形労働時間制の選択肢がうまれても、こうした代替案とも比較検討したほうがよい。仮に、年休取得では、世間体があまりよろしくないということであれば、そのほうに働きかける施策を文科省等は進めるべきである(政府広報を出すなど)。

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https://news.yahoo.co.jp/byline/senoomasatoshi/ 

教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事

徳島県出身。野村総合研究所を経て2016年から独立し、全国各地で学校、教育委員会向けの研修・講演、コンサルティングなどを手がけている。5人の子育て中。学校業務改善アドバイザー(文科省等より委嘱)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁の部活動ガイドライン作成検討会議委員、文科省・校務の情報化の在り方に関する専門家会議委員等を歴任。主な著書に『変わる学校、変わらない学校』、『教師崩壊』、『教師と学校の失敗学:なぜ変化に対応できないのか』、『こうすれば、学校は変わる!「忙しいのは当たり前」への挑戦』、『学校をおもしろくする思考法』等。コンタクト、お気軽にどうぞ。

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