ブレグジット(英国のEU離脱)の鍵を握る人物、イギリスのコックス法務長官がブリュッセルでEUと交渉中

ブレグジット交渉の鍵を握る重要人物、イギリスのコックス法務長官(写真:ロイター/アフロ)

昨日3月5日、イギリス側の責任者たちがブリュッセルにやってきた。

バルニエ交渉官たちと「合意なき離脱」を避けるための議論をするためだ。

やってきたのは、ステファン・バークレー離脱担当大臣だけではない。一緒にやってきたのは、ジェフリー・コックス法務長官である。

彼は解決の鍵を握っている最重要人物の一人であると、欧州大陸側の複数のメディアが見ている。

焦点のバックストップ問題

コックス法務長官は政府に法的助言をする立場にある。尊敬されている法学者であり、独立性にたいして確固たる名声を享受している。彼が英国とEUが結ぶ条約(合意事項)に関してイギリス政府と官僚たちに与える意見は、決定的な力をもつ。

3月12日からは「イギリスにとって最も長い日々」が数日続くとみなされている。この1週間前に、彼はブリュッセルにやってきたのだ。

参照記事:ブレグジット:3月29日までに英国側とEU側で起こりうるシナリオ。目下ブリュッセルで交渉の真っ最中

最大の問題は、バックストップ問題である。そもそもバックストップの問題を提起したのは、コックス法務長官であった。

侮辱動議問題とは何か

彼は法の専門家として昨年2018年11月13日、バックストップが実施された状態、つまり英国が関税同盟に残り、北アイルランドはEU単一市場に残った場合、英国はこの状態からEUの同意なしに出ることができなくなり、無期限にこの状態が続く可能性があると、政府に助言していた。

ところが政府は、助言の全文ではなくて抜粋のみを下院に見せていた。コックス法務長官は、内閣への諮問内容の要旨を公表し、3時間にわたり下院議員の質疑に応答したものの、全容の公表は国益にそぐわないと発言していた。

結局、12月4日に「政府の説明が不十分だ。政府は議会を侮辱した」として、下院は侮辱動議を可決、翌日5日に法的助言の全容が公開され、バックストップ問題が明らかにブレグジット合意問題の焦点となっていったのだ。

そんな大きな力をもつコックス法務長官が、今ブリュッセルで交渉中である。

両者の妥協案

バルニエ交渉官は3月2日(土)に公開されたインタビューの中で、英国が投票を容易にできるようにするために、EU側は追加の保証をする用意ができていると語った。英国側でも、ジェレミー・ハント外務大臣がBBCラジオ4で、バックストップ問題で膠着状態に陥る罠を避けたいとし、柔軟に対応する用意があると語っている。

それらが何なのかは、わからない。

ただ、アイルランドのバラッカー首相が、複数の閣僚たちに対して「英国の離脱は6月に延期される可能性が非常に高い」と語ったと、3月3日に報道された。筆者は「おや?これはどういう意味だろう」と思った。なぜなら、EU内でバックストップ問題の鍵を握る国はアイルランドだからだ。おそらくEU内部で、バックストップ問題に関する何らかの新たな合意がなされたのだろう。それはバルニエ交渉官の言う「追加の保証」のことではないかと思う。

もしこの「追加の保証」の提案を英国が受け入れて、さらに英国下院でも離脱案が可決されれば、離脱はバラッカー首相が言うように6月に延期されるのではないか。

今まで英国側は、バックストップに期限を決めること、英国が終わらせるのを一方的に決められることを望んでいた。しかし「期限があるならバックストップではない」(ティマーマンス筆頭副委員長)が言うように、EU側、とりわけアイルランド側は反対だったのだ。

参照記事:アイルランドは統一され、英国は北アイルランドを失うのか:なぜ英国 VS アイルランド+EU26カ国か

コックス法務長官によって提示された英国側の提案を受けて、いまバルニエ交渉官と彼のチームは大いに働いている。今後、両者はどのような内容の交渉をするのだろう。

コックス法務長官はEU離脱派だし、英国国内の状況から考えても、妥協の幅が広いとは思えない。交渉は公開されていないが、現地のジャーナリストの報道に期待したい。

付け加えると、コックス法務長官は2月中旬にもメイ首相によってブリュッセルに派遣され、EU交渉官たちと話し合ったことがある。その間ロンドンでは、メイ首相は、その立場を守るための少人数のグループを集めようとしていたと、ル・モンド紙は伝えている。

最後に一番声が大きい者

バルニエ交渉官をはじめ、EU側の交渉チームは疲労の色が濃いという。英国では混乱が続き、加盟国首脳の思惑や交渉によっても揺さぶられている。ただ、英国に最も和解的だったオランダのルッテ首相さえも「もう十分だ!」と叫んでいる状態だと、ル・モンド紙に情報筋は語ったという。

とても厳しい交渉であるし、合意なき離脱の可能性は消えないが、どのような結果になろうとも、EU27加盟国の団結を守り通したという功績は、バルニエ交渉官の名声となって残るだろう。

こういう全ての人が疲れている状況においては、最後まで疲れを見せず強く主張する人の意見がとおるものなのだ。筆者は交渉官ではないが、「欧州理事会模擬」「国連模擬」に参加して、つくづくそう思った。だからこのタイミングで22通の怒涛のツイッターを流すマクロン大統領に、ある意味感嘆したのだった(やっぱり若いせいかしら)。

参照記事:マクロン大統領、一気に22本の怒涛のツイッター:EU市民宛にブレグジットと欧州議会選挙で

黒い思惑

以前にも書いたように、筆者はEU加盟国の首脳たちや要人たちの中には、「英国が合意なき離脱をして、大混乱になる。これが来たる欧州議会選挙において、自国の極右の台頭を抑える最も有効な方法である(政治家にとっては、自分たちが議席を失わなくてすむ)」と黒いことを考えている人たちがいると確信している。ただし、そんなことを公けに言う人がいるわけはない。

参照記事(後半部分):(後編)英国、合意なき離脱だと何が起こる?EU要人の反応は?ウルトラCとは何か

今はEUレベルで必死に「合意がある離脱」に向けて最後の詰めをしている。もし英国下院が、離脱合意案を可決すれば問題は起きない。黒い考えが実現することはない。

しかし、もし否決した場合ーー大いにありそうな可能性だがーーこのときにEU加盟国の人たちの隠されていた「黒い思惑」はチラチラ見えてくるだろうと思っている。そして、今から合意案否決の場合に備えて、黒い考えを実現するべくどのような根回しが行われているのか、筆者は大変興味深く観察しているのだ。

やはりマクロン大統領は怪しいと、個人的には疑い続けているのだが。「合意ありの離脱」になれば、最後まで声が大きくて「バルニエ交渉官(フランス人)を讃え、EU27カ国をまとめるのに貢献し、英国の平和的離脱を成功させた」欧州首脳というポジションを得られる。

しかしその一方で、英国下院が合意案を否決した場合の準備を、用意周到にしているのではないか、その場合にはもっともらしい理由をつけて英国の延長申請を拒否して「合意なき離脱」に持っていけるよう、今から加盟国に根回しをしているのではないかという「疑い」をもっている。

「黒い」と書いたが、極右の台頭を防ぐことは、現職政治家の利益だけではなく、平和と安定を確保したいという国益やEUの利益にもかなっているので、それほど黒いわけではない。大義はあると思う。

証拠はないので、これを「仮説」と位置づけて、いま欧州で起こっていることを注意深く観察していきたいと思っている。