Yahoo!ニュース

(後編)英国、合意なき離脱だと何が起こる?EU要人の反応は?ウルトラCとは何か

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
1月16日「プランBかプランB無しか、それが問題だ」と掲げる離脱反対派(写真:ロイター/アフロ)

※この記事は「前編」の続きです(2本同時アップ)。

EU要人はどう反応したか

まずは、現役の政治家からいく。

1,ジャン=クロード・ユンケル委員長(ルクセンブルク人)

「私は、今日の夜の、英国下院での投票結果を残念に思いながら、注目しています。英国に、できるだけ早くその意図を明確にするよう強く要請します。 時間はほとんど無くなろうとしています」。

さらにユンケル氏は、投票の前日14日にも、メイ首相宛てに「離脱協定と政治宣言を明確にしてほしい」と、トゥスク欧州議会理事長(EU大統領)と共同で手紙を送り、公開している。

2,ドナルド・トゥスク理事長(ポーランド人)

「もし合意が不可能で、誰も合意がないことを望んでいないのなら。唯一の前向きな解決方法が何であるのか、それを最終的に言うことができる勇気ある人物は誰なのだろうか」

3,欧州議会議長のアントニオ・タイヤーニ(イタリア人)

「ブレグジット採決は悪い知らせだ。 私たちが最初に考えたのは、英国に住む360万人のEU市民と、EU内の他の場所に住む英国人たちである。 彼らは将来に関しての保証が必要である。 私たちは常に彼らの味方である」。

次に、ユンケル委員長に替わる、次期委員長の有力候補はどうか。今年は欧州議会選挙が行われ、ユンケル氏は続投しないと明言しているので、委員長は必ず交替する。

4,フランス・ティマーマンス(オランダ人)

まず、中道左派の欧州政党から。「社会民主進歩同盟グループ」という名で、現在、欧州議会の第2党である。この党は公式候補としてフランス・ティマーマンスを選んでいる。現在、ユンケル委員長の右腕として働いており、筆頭副書記長の地位にある。自国オランダでは労働党の人である。

「過去に戻って始まりを変えることはできない。しかし、今いるところから始めて、終わりを変えることはできる」。

これは英国人の作家であり学者であり、キリスト教擁護者であるクライブ・ステープルス・ルイスの引用だ。「ナルニア国物語」の作者といえば、日本でも「ああ!」と思う人はいるのではないか。彼は北アイルランドの出身である。

余談になるが、こういうところで、こういう人物の引用ができる頭の良さ。だから筆者は彼のファンなのだ。ちょっとキリスト教の影響が濃すぎる感じがするのが多数派日本人としてはやや距離感を覚えるが、人権問題に熱心な人なのでOKである。

5,マンフレート・ヴェーバー(ドイツ人)

現在の欧州議会の第1党は、中道右派の欧州政党だ。「欧州人民党グループ」という名である。この政党は、公式候補にマンフレート・ヴェーバーを選んでいる。彼は今、同グループの代表をつとめている。

自国ドイツで政府の主要ポストを経験したことがないのが弱点だが、46歳と割と若く、「生粋のEU育ち」と言えないこともない。ドイツでは「キリスト教社会同盟」(メルケル首相の所属する「キリスト教民主同盟」と統一会派を組んでいる、南のバイエルンの主要政党)に属している。

彼はツイッターで2度発信している。

「今夜の投票結果は失望させるものだった。 投票は、明確さの代わりに、一層の不確実性を生み出している。 ブレグジットは「負けー負け」(lose-lose)の状況であり、今日の投票結果は、大いなる損害の可能性を高めた」。

「議題にあがっている合意は、英国の「レッドライン(超えてはならない一線)」を尊重しており、合意なき離脱という非現実的な可能性から、我々の市民と企業を守るものである。 政府は次のステップについて、すぐに明確にする必要がある。 簡単に終わらせる(one-liners)時間はなくなったので、具体的な選択が必要である」。

合意なき離脱で英国はどうなる?

合意なき離脱・・・未知の領域だが、そうも言っていられない。

欧州委員会は、昨年12月に「合意なき離脱」に向けての対策を発表している。

複数の領域で現状が維持できるよう、14項目の条例を発表した。この条例ではデータ保護、動植物衛生、関税、気候政策、主要な金融商品といった8領域が対象となるという。

参考記事(BBCニュースジャパン):EUも合意なしブレグジットの準備開始 欧州委が対策発表 

あげられた例としてはーー

◎「イギリス発EU加盟国着の航空便、あるいはEU領空を通過する航空便の、向こう1年間の扱い」

◎「陸運業者が向こう9カ月間、認可なしでEU域内に荷物を輸送できること」

◎「デリバティブ(金融派生商品)の取引など一部のイギリスの金融サービス規制は向こう1~2年間、EUの規制と同等に扱われること」

などがある。

一方で、リスクとしてあげられた例はーー

◎「関税申請のために物の移動に遅れが生じる」

◎「イギリス国内の金融サービスは、単一パスポート制度によるEU加盟国でのサービス提供権を失う」

◎「現在と同じ条件での航空網継続は保証されない」

◎「すべての家畜が検疫の対象」

◎「イギリス在住のペット飼い主が持つEUのペット・パスポートは無効となる」(そんなものがあるのだよ・・・ペット関連はやたら英国で話題になっていた)

などである。

おそらく問題になる項目のなかで、最大のものは食料だと筆者は思っている。イギリスの食料自給率は約6割で、日本とだいたい同じ。輸入に頼る約4割の約8割を、EUから輸入しているのだ。しかもイギリスは寒いので、野菜などを多く輸入品に頼っている。イギリスの世論と、イギリス人全員の気持ちを大きく動かす力があるものは、ただ食べ物であると思うのだ。

参照記事:イギリス人が怯えるサンドイッチの危機とは何か。

率直に言って、2018年の3月ごろ、離脱まで1年を切りそうというあたりの状況で「離脱なき合意になるのは避けられない」と筆者は思った。両者の言い分がまったく噛み合わず、根本のところが何も決まっていなかったからである。

英国が「理想」とする内容は、EUにとってはまったくありえない内容ばかり。欧州大陸側(EU)から見ると、まるで自分から辞めたいといった社員が、辞めた後も社員の特権を要求しているようなものだった。今までも散々、社員の中でも特別な存在として、他の人にはない特権を享受してきたのに。

前からずっと不思議だったことがある。ハードブレグジット(EUとの完全なる決別)を望む人々は、政府に反対することばかりしてきた。合意なき離脱は、ハードブレグジット派にとってはあるべき姿なのかもしれない。

でも、離脱して、どういう規則で国を運営するのだろうか。もはや、加盟国の法律の6−7割がEU由来になっているというのに。英国はシェンゲン協定にも入っておらず、ユーロ通貨も使用していないので、割合はこれより低くなるかもしれないが。

参照記事:英国政府が「合意なきEU離脱」に向けて準備。なぜ暗鬱たる状況は起こったか(第1回目発表のリスト掲載)

合意なき離脱なら、もはや移行期間もないのだから、EU離脱の3月29日以降どうするのだろう。今までのEUになじんだ法律や規則をそのまま運用するのだろうけれど、彼らにとって全部「英国独自に」変えるのが理想なのだろうか。今後、法律や規則を全部精査していくのだろうか。

「ウルトラC」とは何か

「合意なき離脱」は、ウルトラCがない限り、筆者は100%だと思っている。

そして27カ国の連合であるEUには、ウルトラCなど、まず存在しない。ウルトラCとは、大統領の権限が強いアメリカのような国や、独裁制である北朝鮮のような国にしか存在できないのだ。議員内閣制の日本やイギリスにすら存在しにくいのに、27カ国の連合で存在するわけがない。

それならば、英国側に「ウルトラC」があるかというと、期待できない。そもそもEU要人が言っているように、英国側がどうしたいのか明確ではなく、英国内で過半数を占める意見がないのだから。

EUにとっては(日本にとっても)、英国がEUに残ってくれるのが一番いいのだが。それが可能でないならば、何がEUにとって一番得だろうか。

欧州議会選挙は5月下旬に行われる。英国の離脱なき合意が3月末。欧州議会選挙は、移民問題で極右の伸びは避けられない。EUの危機が(また)訪れるかもしれない。それならば、合意なき離脱で英国が大混乱し、あれも問題、これも問題と大パニックになり、それが欧州全部のメディアを賑わすことこそが、EUを守る一番の特効薬になると、考えないわけないではないか。

大パニックを眺める期間は2ヶ月。2ヶ月という期間は、すぐに現れた問題に解決をみつけて再び安定を得るのには不十分であるし、あちこちから問題がじわじわ立ち上ってくる期間でもある。それが選挙戦が熱くなる期間と重なることになる。

EUにとって、英国の合意なき離脱は、EU防御のための「ウルトラC」の到来になりうるのだ。そう考えている人は必ずEU要人や加盟国要人の中にいると、筆者は確信している。

そんなことを口にする要人はもちろんいないが、今までの態度から見て、マクロン大統領などは極めて怪しいと思っている。もっとも、極右の台頭に悩まされる国はみな同じかもしれない。自分の政党が議席を減らしたら、自分や仲間が落選してしまったらーーそんな不安の中にあって、「ウルトラC」に頼りたくなるに違いないと思うのだが。

でもそれは、EU側のせいではない。国民投票で離脱を選んだのも、自分の国の政府が取り付けた合意文書を議会で否決したのも、英国側なのだから。

筆者は、欧州選挙でEU側が極右の伸長をある程度抑えて安定を確保できて、それを見た英国が孤立感を深め、パニックに疲れてEUに戻ってくる事態になったら興味深いのに、と思っている。それは欧州全体に平和と安定をもたらす。しかも、日本では、(知識と考えがあって言うならいいが)、ちゃんと調べようともせずEUの基礎知識すらないのに「EU崩壊」と騒ぎ立てる迷惑な人たちは、いいかげんいなくなるに違いない。そうしてこそやっと、日本・EUの経済協定と戦略的パートナーシップ協定が活きてくるというものだ、と思っている。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

今井佐緒里の最近の記事