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チッチ采配で覚醒した今大会のブラジルにあてはまるポジティブなジンクス

中山淳サッカージャーナリスト/フットボールライフ・ゼロ発行人
(写真:ロイター/アフロ)

94年と02年W杯優勝時と共通するポジティブなデータ

 世界で唯一、1930年の第1回大会からすべてのW杯本大会に出場し続け、歴代最多となる通算5度の優勝を誇るブラジル代表。カナリア軍団(ブラジル代表の愛称)が優勝候補に挙がるのは毎度のことだが、ホスト国として臨んだ前回大会では、準決勝でドイツに1―7という歴史的惨敗を喫し、サッカー王国のブランドはすっかり地に墜ちてしまった。

 しかし、あれから4年。その屈辱を晴らすべく強いブラジルが蘇り、W杯の舞台に帰ってきた。

 2016年6月にチッチ監督が就任して以来、南米予選では9連勝を飾るなど2位ウルグアイと勝ち点10ポイント差をつけて首位通過。また、チッチ体制の通算成績も17勝3分1敗。唯一の黒星はアルゼンチンとの親善試合で喫したものなので、いまだ公式戦では無敗を続けている。

 今回のW杯でブラジルが優勝候補筆頭に挙げられるのも当然である。

 ところが、波乱続きの今回のW杯ではブラジルも例外とはなれなかった。初戦のスイス戦では相手の堅守に苦しめられて1−1のドロー発進。とりわけエースのネイマールが1試合で10回のファールを受けるなど攻撃にリズムが生まれないまま終わってしまい、全体的に低調さが目立っていた。

 それだけに、コスタリカとの第2戦は重要な一戦となった。

 ブラジルのスタメンは、ケガのダニーロに代わってファグネルが右サイドバックに入った以外、スイス戦同様のメンバーで4−3−3を編成。予選時に右ウイングで起用されていたコウチーニョを中盤の左に配置し、代わってウィリアンを右ウイングに起用した点も同じだった。これが今大会におけるブラジルの基本布陣だ。

 しかし、試合開始からボールを支配したブラジルは5−4−1の布陣で堅守速攻を武器とするコスタリカを攻めあぐね、決定的チャンスを作れないまま時間が経過。ネイマールもファールを受けることを前提にドリブルを仕掛けるシーンが増え、やがて主審もそれを見越して笛を吹かない場面が増えていった。

 この試合もスイス戦と同じ展開で進むのか……。ハーフタイムを迎えた時、スタジアムには不穏な空気が流れ始めていた。

 スイスにしてもコスタリカにしても、格上のブラジルに対しては徹底した守備を行なう。当然、さすがのブラジルもそのぶ厚い壁を簡単に崩すことは困難を極める。攻撃の生命線となっている左サイドの3人、マルセロ、コウチーニョ、ネイマールも手詰まり感満載のプレーに終始した。

 さらに、攻撃を停滞させた原因となったのは右ウイングに入ったウィリアンだった。ブラジルの攻撃は「左から崩して右で仕留める」のがひとつのパターン。しかし、カウンター時に能力を発揮するタイプのウィリアンは相手が引いて守っている時は沈黙してしまうケースが多い。カットインからシュートを狙う際も、利き足とは反対の左足でのシュートを強いられてしまう。

 そんな状況を目にしたチッチ監督は後半開始からウィリアンに代えてドウグラス・コスタを右ウイングに起用。スピード豊かで縦への突破を得意とする左利きのウインガーだ。そのため、相手が引いて構えた時は右サイドからカットインしてのシュートという武器も威力を発揮する。この試合でチッチ監督が最初に施した打開策がそれだった。

 実際、ドウグラス・コスタが右に入ったことで、左に偏っていたブラジルの攻撃に変化が生まれ、攻撃は明らかに活性化した。

 しかしながら、チャンスは増えたが肝心のシュートがネットを揺らすまでには至らない。そんな状況が続いたため、今度は中盤の右に入ったパウリーニョを下げて、同じポジションに本来FWのフィルミーノを投入。

 この時のブラジルは中盤3人のうちセンターのカゼミーロ以外はふたりのFWがプレー。つまりフィールド10人の半分にあたる5人がFWの選手という超攻撃的布陣にシフトしたことになる。

 そもそも、チッチ監督に代わってからのブラジルは守備面を整備したことで安定した成績を残せるようになったことを考えると、それは大博打の采配といっても過言ではない。

 結局、采配が実を結んだのはそのまま無得点ドローで終わるかに見えた後半アディショナルタイムに入ってからのことだった。そして91分のコウチーニョの先制点にしても96分のネイマールの追加点にしてもセットプレーではないクリエイティブなゴールシーンだったことが、勝ったブラジルにとっては極めて重要だった。

 この試合であらためて見えてきたことは、ブラジルの強さの秘密は選手の能力の高さだけでなく、タレント軍団を見事に操縦するチッチ監督の手腕にあるということだ。少なくともドウグラス・コスタを右ウイングに起用して成果を得たことは今後の試合につながる好材料に違いない。

 もちろん、守備の堅さは相変わらずで、攻撃から守備への切り替え、攻撃時のリスク管理も抜かりはない。さらに、エースのネイマールにゴールが生まれたことでチームに勢いもつくはずだ。ブラジルが本領を発揮する態勢は整ったと見ていいだろう。

 これで1勝1分の勝ち点4を手にしたことで、同じ日にスイスに逆転負けを喫したセルビアを抜いてグループ首位に立ち、同じく勝ち点4の2位スイスに追われる形となった。決勝トーナメント進出が決まったわけではないが、優勝候補筆頭が目を覚ましたことだけは間違いなさそうだ。

 ちなみに1994年アメリカ大会と2002年日韓大会でブラジルが優勝を果たした時、ライー(1994年)、ロナウジーニョ(2002年)という攻撃の中心を担った選手はいずれも当時、パリ・サンジェルマン(フランス)でプレーしていた。

 今大会、それにあたるのはネイマールだ。通算6度目の優勝を目指すブラジルにとっては、これもポジティブなデータとなっている。

(集英社 週プレNEWS 6月24日掲載)

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サッカージャーナリスト/フットボールライフ・ゼロ発行人

1970年生まれ、山梨県甲府市出身。明治学院大学国際学部卒業後、「ワールドサッカーグラフィック」誌編集部に入り、編集長を経て2005年に独立。紙・WEB媒体に寄稿する他、CS放送のサッカー番組に出演する。雑誌、書籍、WEBなどを制作する有限会社アルマンド代表。同社が発行する「フットボールライフ・ゼロ」の編集発行人でもある。

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