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「風刺か侮辱か」――対立するフランスとイスラーム圏の共通性とは

六辻彰二国際政治学者
トルコのデモでマクロン大統領のポスターをもつ少年(2020.10.26)(写真:ロイター/アフロ)
  • フランスのマクロン大統領は風刺の自由を擁護しただけでなく、イスラームへの国家管理を強めている
  • これはフランス国内のムスリムの過激化を防ぐためだが、イスラーム圏からの批判を招いている
  • その一方で、イスラーム諸国の批判には言いがかりに近い部分もあるばかりか、一周回ってマクロン大統領に近いところもある

 マクロン大統領が打ち出した新たなイスラーム対策は、宗教の自由を脅かすものとして、イスラーム各国から批判を集めている。

斬首テロの余波

 フランスのマクロン大統領は今やトランプ大統領以上にイスラーム圏から批判の的になっている。

 パリ近郊でイスラーム過激派に殺害されたサミュエル・パティ氏の国葬が行われた22日、マクロン大統領は「フランスは風刺を止めない」と宣言。殺害された歴史教員は授業で、イスラームの預言者ムハンマドの風刺画を教材に「表現の自由」について語っていた。

 これに対して、トルコのエルドアン大統領は26日、支持者を前にマクロンが「正気を失った」と発言。パキスタン政府はフランス大使を呼び出して抗議した。

 常日頃は欧米との友好関係を優先させがちなサウジアラビア政府も、テロを非難する一方、預言者を風刺することを批判し、マクロン大統領に疑問を呈した。その他、SNSでは#BoycottFrenchProductsなど、フランス製品の不買運動も呼びかけられている。

「フランスの分裂は許さない」

 ただし、フランスとイスラーム圏の間にある対立は「風刺か侮辱か」だけではない。マクロン大統領が10月初めに打ち出したイスラームに関する新たな方針が、これと同じくらいイスラーム圏から批判の的になっているのである。

 マクロン大統領は10月2日、「イスラームは今日、世界全体で危機的状態にある」と述べたうえで、「イスラーム分離主義」を封じ込めることを宣言した。イスラーム分離主義とは、フランスの法になじまない価値観を子どもや若者に吹き込むことで、フランスを分断させようとする者を指す。マクロンによると、これがテロを生むというのだ。

 この対策として、マクロンは以下の方針を打ち出した。

  • 外国の支援を受けてムスリムが過激化することを防ぐために、イスラーム聖職者の国外派遣を中止する
  • これに違反したモスク(礼拝所)には政府助成金を出さない
  • フランスに居住するムスリムのなかには、世俗主義の教育が行なわれる学校に子どもを通わせない親もいるが、それを改めさせ、子どもや若者をフランス社会になじませる
  • ムスリムの貧困対策を強化する

なぜ批判されるか

 この新方針に関しては、フランスに暮らすムスリムの間でも反応が分かれている。

 一部の穏健派ムスリムには、マクロンの新方針に好意的な受け止めもある。ムスリムの生活改善やフランス社会に溶け込ませる方策が盛り込まれたからと考えられる。

 その一方で、「世界中で危機的状況にある」という表現にあるように、イスラームを特に危険視することへの反発も強く6日にはパリで大規模なデモも行われた。

 海外のイスラーム諸国からも批判は多い。特に問題視されているのは、イスラーム聖職者の海外交流の制限だ。これは宗教活動に対する規制になる。

 さらに、子どもや若者をイスラーム的な教育から引き離すことは、国内のムスリムにフランスへの同化を促すことにもつながる。

 その裏返しで、マクロン大統領の方針はフランスの極右には評判がよい。前回選挙で「右派でも左派でもない」を強調したマクロン大統領だが、排外主義がこれまでになく高まる一方、生活苦などを背景とする抗議デモが相次いで自らの政権基盤が揺らいでいるなか、2年後の大統領選挙に備えてマクロンが極右の取り込みを図っていることが、この新方針に反映されているとみていいだろう。

イスラーム圏からの批判は正当か

 ただし、イスラーム圏からのフランス批判には、ムスリムからも異論が出ている。パキスタン系ドイツ人ジャーナリスト、シャミル・シャミス氏はトルコ、パキスタン、サウジアラビアなどの政府に「フランスを批判する資格はない」と切り捨てている。

 これらの各国ではフランスと正反対に、イスラームの価値観が社会の末端にまで求められ、他の宗教や世俗主義への介入が絶えないからだ。

 例えば、トルコでは7月、世界遺産アヤソフィアがイスラームのモスクとされた。6世紀に建設されたアヤソフィアはもともとキリスト教会だったが、15世紀のオスマン帝国による征服後モスクになったが、20世紀には世俗主義の原則のもと博物館にされていた。しかし、イスラーム化を推し進めるエルドアン大統領により、反対意見を押し切ってモスクに戻されたのである。

 パキスタンでは隣国インドとの関係悪化もあり、ヒンドゥー教徒への迫害が表面化しているが、カーン首相はこれを積極的に取り締まっているとはいえない。

過激思想に支えられる政府

 これに加えて、多数派による表現の自由や風刺が挑発や侮辱になり得ることは確かだが、フランスが「外国に支援された過激思想の流入」に神経を尖らせること自体は杞憂でない。トルコやサウジアラビアがいわば国策として過激思想を散布しているからだ

 サウジアラビアがかねてから各国でモスクの建設や説法師の派遣、留学生の受け入れなどを通じて、国教であるワッハーブ派の布教に努めてきたことは公然の秘密だ。政教一致を旨とするワッハーブ派は、オサマ・ビン・ラディンをはじめ多くの過激派を輩出してきた。

 サウジアラビアが布教を通じて影響力の拡大を目指してきたのに対抗するように、近年ではトルコもヨーロッパから若者を神学校に受け入れている。留学生の多くを受け入れている施設の責任者ヌルティン・ユルドゥズ師は、思春期前の女の子との結婚や家庭内での女性の殴打を正当化するなどの説法でトルコでは有名だ。

 トルコやサウジアラビアの政府は、イスラームの価値観を掲げる右派を有力な支持基盤としている。大統領選挙を控えて、移民排斥を求める極右の支持を取り込もうとするマクロン大統領と、この点では大差ない。

 イスラーム過激派には「ムスリムは抑圧や差別にさらされてきた」という不満が強く、極右には「フランス人こそテロの犠牲者」という反感が強い。いわば自分たちを純粋な被害者と捉えたがり、自分たちの権利には熱心だが他者の権利には無頓着な点で、両者は共通する。

 だとすると、マクロン大統領がイスラーム圏からとりわけ敵視されるのは、いわば近親憎悪によるものとさえいえるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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