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パリを震撼させた斬首テロ――コロナがテロにもたらした影響とは

六辻彰二国際政治学者
事件直後に会見するマクロン大統領(2020.10.16)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
  • パリ近郊で男性が首を落とされて殺害された事件は、イスラーム過激派によるテロとみられる
  • 専門家の間では、フランスに限らず各国でコロナをきっかけにテロのリスクが高まると予測されてきた
  • 大きな衝撃となった今回の事件は、触発された他のイスラーム過激派によるテロや白人至上主義者による報復テロを呼びかねない

 パリ近郊で発生した、男性が首を切り落とされるという凄惨な事件は、コロナによってテロの脅威が拡大していることを示す。

斬首テロの衝撃

 パリ北部で16日、サミュエル・パティ氏が頭部を切り落とされて殺害された

 犯人は駆けつけた警官によって銃殺された。警察によると、犯人は18歳のロシア、チェチェン出身者とみられている。

 事件後、Twitterに被害者とみられる頭部の画像が掲載されたが、後に削除された。警察はこのアカウントの持ち主を調査している。

 犯行を受け、マクロン大統領は「イスラーム過激派によるテロ」という見方を示した。犯行前後、犯人は「アラー・アクバル(神は偉大なり)」と叫んだといわれる。

 報道によると、被害者の男性は歴史の教師で、授業でしばしばイスラームの預言者ムハンマドの風刺画を題材に「表現の自由」について話すことがあったという。その風刺画はフランスの新聞社シャルリ・エブドが掲載し、2015年に同社が過激派組織「アラビア半島のアルカイダ」に襲撃され、12人が殺害されるきっかけになったものだった。

 もっとも、男性教師は風刺画を教材にする場合、クラスのムスリム学生に「不快にならないよう」教室から一時的に出るよう促すだけの配慮はあったという。それでもムスリム学生の保護者からはしばしばクレームがあったとも報じられている。

 犯人が被害者と直接の接点があったかなどは現状では不明だが、被害者は事件直前、脅迫状を受け取っていると周囲にもらしていた。

コロナがテロのリスクを高める

 凄惨なテロがフランスにもたらした衝撃は大きく、治安に責任を負うマルダナン内務大臣は、モロッコに外遊中だったが急遽帰国した。背後関係など、詳しいことは捜査の進展を待たなければならない。

 フランス政府が強い警戒心をみせているのは、連鎖反応的にテロが広がるのではという危機感があるからだ。

 コロナに関心が集中するなか、これまであまり取り上げられてこなかったが、専門家の間では以前から「コロナがテロを増やすリスク」が以前から語られてきた。なぜコロナがテロを増やすとみられてきたのか。

 国連安全保障理事会の反テロ委員会は6月に発表した報告書で、コロナがテロにもたらす影響として、主に以下の点をあげている。

・自宅で過ごすことが増え、特に学校が休校になった若い世代が、ネットに時間を使うことが増えた

・それにつれて、過激派によるネット上でのメッセージ発信やリクルートも増えている

・過激派はコロナ蔓延を自分たちの敵(特定の人種や宗教)と結びつけて語り、不安をもつ人々の関心を引こうとしている(いわゆる陰謀論)

 これらは世界中ほとんどに共通するが、ロックダウンによって物流や金融システムが停滞するなか、これらの違法な取り引きでテロ組織が収益をあげ、財政基盤を強化したという報告もある。

 また、これらに加えて、コロナによって貧困や格差、外国人差別がこれまでになく深刻化し、政府や世の中に不満を募らせる人が増えたことも無視できないだろう。さらに、開発途上国では、農業などの停滞にともなう食糧不足などもリスクとして指摘されている。

すでに高まっていた警戒

 念のため補足すると、この報告書ではイスラーム過激派だけでなく、有色人種の排除を叫ぶ白人至上主義者も対象に含まれているが、イスラーム過激派に限っていうと、これまで主に中東、アフリカでの活発化が目についた。

 「イスラーム国」は3月、支持者らに対して「コロナ禍のもとでも敵に情けをかけることはない」と呼びかけた。これに呼応するように、マリでは4月21日に21人が殺害され、イラクでは7月7日、ISの専門家でイラク政府テロ対策顧問も務めたヒシャーム・アル・ハージミー博士が銃殺されるなどの事件が相次いだ。

 英紙フェナンシャル・タイムズの集計では、イラクだけで今年に入ってから566人以上がISによって殺害されている。

 こうした兆候から、コロナのもとでもヨーロッパ各国では当局による取り締まりが強化されてきた。例えば、スペイン警察は4月末、密入国していたIS幹部アブドゥル・バリー容疑者を逮捕している。

 ただし、コロナのもとで「悪者探し」が横行する風潮のなか、イスラーム勢力への警戒がとりわけ高まったことが、ヨーロッパに暮らすムスリムの不満を招いたことも想像に難くない。今回のパリでの斬首テロは、こうした緊張が高まり、フランス当局が警戒するなかで発生したのである。

斬首テロの余波

 フランスを震撼させた今回のテロは、それが次の事件を呼ぶきっかけにもなりかねない。

 これまでも目立つテロが発生した場合、それに触発された者が次のテロを引き起こすことは珍しくなかった。2015年に新聞社シャルリ・エブドがアルカイダ系組織に襲撃された10カ月後、やはりパリでコンサートホールなどが今度はISに襲撃され、129名以上が殺害されたことは、その象徴だ。

 さらに問題なのは、最近ではイスラーム過激派と白人至上主義の報復の連鎖もあることだ。

 昨年4月、スリランカの高級ホテルなどを襲撃し、滞在していた外国人など200名以上を殺害したISは、その理由の一つに、その1カ月前のニュージーランド、クライストチャーチでのモスク襲撃事件をあげていた。この逆パターンの報復が発生するリスクは、コロナで外国人差別などがこれまで以上に広がっていることを考えると、小さくない。

 パリ斬首テロは、それが衝撃的であるがゆえに、次の事件の引き金になる公算が高いといえるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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