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「南アフリカで白人が大量に殺されている」ー外国の分断も煽るトランプ大統領

六辻彰二国際政治学者
南アフリカの白人団体「アフリカーナー抵抗運動」(2012.5.22)(写真:ロイター/アフロ)
  • トランプ大統領は南アフリカで白人の農地が占領され、大量に殺されているとツイートした
  • しかし、この主張は南アフリカで土地改革が求められる背景に触れないばかりか、出所の曖昧なデータに基づくもので、ミスリードと言わざるを得ない
  • トランプ氏の発言は、ただでさえ微妙なハンドリングが求められる南アフリカの土地改革を、さらに難しいものにしかねない

 フランスの愛国戦線などのヨーロッパ極右と関係をもつトランプ政権は、「黒人の大陸」と思われがちなアフリカの白人団体とも繋がっている。ワシントンはいまや大陸をまたぐ白人至上主義ネットワークの拠点となりつつあり、トランプ政権の一方的な言動は、アメリカ国内だけでなく、外国の分断をも促しかねないものになっている。

「白人が大量に殺されている」

 8月23日、トランプ大統領は「南アフリカで白人が土地を奪われ、大量に殺されている件についてよく検討するよう、ポンペイオ国務長官に求めた」とツイートした。

 このツイートは、トランプ支持で知られるFOX ニュースが22日に放送した番組に沿ったもので、ここでは以下の2点が強調されていた。

  • 南アフリカ政府は、ただ白人というだけで、その土地や農地を補償なしに徴収しようとしている
  • 南アフリカでは、白人の農園主が各地で頻繁に殺害されている

 これを受けて、クー・クラックス・クラン(KKK)支持者など右派からは「ホワイト・ジェノサイド(白人に対する大量虐殺)を無視しているアメリカのエリート」への批判とともに、トランプ氏への称賛が相次いだ。

 ワシントン・ポストによると、この日の白人ユーザーのトランプ氏に関するツイートは年始以来最多だった。これは「虐げられる白人」への共感によるとみられる。

南アフリカの動揺

 トランプ大統領の発言は、南アフリカに動揺をもたらした。

 南アフリカ政府は同日、「我が国民を分断することだけを目的にした、植民地主義の過去を思い起こさせる、このような狭い見方を、南アフリカは全面的に拒絶する」という声明を発表し、トランプ発言との対決姿勢を鮮明にした。

 しかしその後、8月28日に与党アフリカ民族会議(ANC)は議会での土地収用に関する法案の審議を「これに関連する憲法上の審議を優先させるため」として中断した。トランプ氏の発言が、このシフトダウンの一因になったとみてよい。

 ただし、同じく28日、ラマポーザ大統領は「トランプ大統領は南アフリカのことに関わるべきでない」とも述べ、不快感を露わにするとともに、土地問題の解決への意欲を改めて示した。

補償なしの収用

 端的に言って、トランプ氏のツイートやFOXニュースの番組はミスリードと言わざるを得ない。これに関して、まず「白人の土地が奪われようとしている」からみていこう。

 2018年7月にラマポーザ大統領は、白人の農地を補償なしに収用するための憲法改正を加速させると発言した。これは今年2月、現状では「公益のために」政府に認められている土地収用の権限を強化するための憲法改正の動議が南アフリカ議会に提出され、241票対83票で可決されたことを受けてのものだった。

 これだけみれば、「南アフリカ政府が白人の土地を収奪しようとしている」という批判もあり得る。実際、白人政党は2月の動議に反対し、首都プレトリアなどでは白人団体による「少数者の権利」を求める抗議デモも頻発している。

「ただ白人というだけで」ではない

 しかし、その一方で無視できないのは、南アフリカにおける土地保有のいびつさである。

 この国では19世紀に入植したオランダ系、イギリス系の子孫をはじめとする白人が人口の約9パーセントにすぎないにもかかわらず、耕作可能地の約73パーセントを保有している。植民地時代にルーツをさかのぼる大土地所有制は、南アフリカが世界屈指の格差社会であることの一因であり、同国のジニ係数は0.6を超える驚異的な高さだ。

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 つまり、南アフリカ政府が白人の土地収用に関心をもっていることは確かだが、そもそもの土地保有の不公正さを抜きに「白人の財産が奪われる」とだけ強調することは征服した側の既得権のみを認めるもので、あまりに一方的である。少なくとも、南アフリカの土地収用の問題は、「ただ白人というだけで」発生したわけではなく、事実としてまだ収用は行われていない。

 付言すれば、フランス革命で貴族や教会の所領が(全てではないが)再分配されたように、旧体制の支配層の土地の再分配は、その良し悪しにかかわらず、欧米世界でも行われてきた。白人同士が革命の中で土地改革を行っても許されるが、植民地主義の遺産を清算するために白人と非白人の間で行われるのは許されないというのであれば、人種差別主義と言われても仕方ない。

白人は黒人より殺されているか

 一方、「白人の農園主が大量に殺害されている」という報道に関しては、さらに問題が多い。

 南アフリカの白人団体アフリフォーラム(AfriForum)によると、警察などから離れた広大な農園での殺人発生率は10万人中156人にあたり、これは南アフリカ平均の4.5倍にあたる。アフリフォーラムは土地収用に反対し、アメリカでもロビー活動を行なっている。「ホワイト・ジェノサイド」を示唆するFOXニュースの報道は、この働きかけのわずか3カ月後に放送された。

 しかし、この数字には批判や疑問もある。南アフリカ警察の統計によると、2015〜2016年の殺人発生率は南アフリカ平均で10万人中34.1人だが、南アフリカ警察の統計にはそもそも「農園における人種ごとの殺人」というカテゴリーがない。そのため、南アフリカのシンクタンク、アフリカ・チェックは「白人農園主の殺害」のカウントがほぼ不可能と指摘し、アフリフォーラムのデータの正確性を疑問視する。

 また、在南アフリカ・アメリカ大使館も、周囲から隔絶された農園で殺人が目立つことは認めながらも、「特定の人種が政治的な理由で特に標的にされている証拠はない」と報告している。

 少なくとも異論がある以上、FOXニュースが当事者であるアフリフォーラムの言い分だけを報じることは公正さに欠ける。これは番組制作の公正規範(fairness doctrine)が廃止されたアメリカで、テレビ局の報道がイデオロギー的なものになりやすいことを端的に示す。

現実的判断としての和解

 バイアスが強すぎるだけでなく、トランプ政権が横から口を出すことは、ただでさえ微妙なハンドリングが求められる南アフリカの土地改革を、さらに難しくしかねない。

 白人の土地の補償なしの収用を可能にしようとしている一方、ラマポーザ大統領はそれが「秩序立って行われる」ことが重要だと強調している。つまり、多数の支持を背景に法的根拠を得ても、実際に問答無用で白人の土地を取り上げるわけではない、というのだ。ここに、南アフリカ政府の難しい立場を見出せる。

 南アフリカでは白人が全てを握り、黒人には全く権利が保障されない人種隔離政策(アパルトヘイト)の終結にともない、1994年に発足した黒人政権のもとで、企業などに黒人の雇用枠が設けられた一方、白人の財産は保護された。黒人が憎しみと数の力にものを言わせて白人の財産を没収すれば、良くも悪くもそれまで経済を切り回していた白人が南アフリカを離れることは目に見えていたからだ(実際、南アフリカの隣国ジンバブエでは、1999年から黒人政権が白人の農地を補償なしで収用し始め、それが同国の経済危機の導火線となった)。

 だからこそ、アパルトヘイト終結後、初の黒人大統領に就任したネルソン・マンデラは、白人への憎しみに固まっていた支持者たちに「赦し」を解き続け、希望する白人の土地のみを買い上げの対象とする、あくまで自由意志に基づく農地の再分配システムを導入したのである。

力があっても振るわないという選択

 しかし、自由意志に基づく分配は遅々として進まなかった。そのうえ、政府高官の汚職、インフレの加速、格差の拡大など、さまざまな不満のタネが大きくなるなか、先述の今年2月の南アフリカ議会における白人の農地の無補償収用のための憲法改正の動議は、マルクス主義政党「経済的自由の戦士(EFF)」によって提出された。これに、支持が低迷していた与党ANCも便乗したことで動議は可決された。

 こうしてみたとき、白人の農地収用問題が黒人、とりわけ貧困層のフラストレーション解消の手段となっていることは確かで、ここに白人の不満を糾合したトランプ政権との類似性を見出せる。実際、EFFを支持する黒人貧困層からは「アフリカは黒人のものだ」という排他的な主張が堂々と聞かれるようになっている。

 とはいえ、ジンバブエの二の舞を避けるために南アフリカ政府は、一方では補償なしの収用を可能にする法改正を進めながらも、もう一方でできるだけ強制的ではなく実行しなければならない、という離れ業を演じる必要に迫られている

 だからこそ、歴史的に因縁の深いイギリス政府だけでなく、アメリカの影響の強い国際通貨基金(IMF)までもが南アフリカの土地改革を支援する方針を打ち出しているにもかかわらず、一方の当事者にだけ(ラマポーザ氏に言わせれば「この国にきたこともないのに」)肩入れするトランプ大統領の発言は、アフリフォーラムなどの白人団体を活気付かせ、事態をより難しくしやすくするものである。

 ニクソン政権とフォード政権で国務長官などを歴任した稀代の外交官ヘンリー・キッシンジャーは「外交とは力を制動する技芸である(Diplomacy is the art of restraining power)」と記した。動機づけはさておき、ラマポーザ大統領も、力をもっても力ずくにならない道を探らなければならない点では変わらない。白人であれ黒人であれ、あるいはその他の人種であれ、身びいきに徹する人種差別主義は、創造的チャレンジを阻害する以上の意味をもたないのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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