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南アフリカ・ズマ大統領の辞任がもつ意味―経済停滞でアフリカに広がる「失脚の連鎖」

六辻彰二国際政治学者

 南アフリカは2010年のサッカー、ワールドカップをアフリカ大陸で初めて開催したことからも分かるように、アフリカ屈指の新興国。この国で2月15日、ジェイコブ・ズマ大統領が辞任。汚職の蔓延などに、与党からも批判が高まるなかでの辞任劇でした。

 南アフリカはアフリカを代表する大国であるだけでなく、報道の自由や民主的な制度の発達した国でもあります。それだけに、ズマ辞任はアフリカ全体の不安定化を象徴します。実際、大統領辞任の動きは南アフリカだけにとどまりません

 アフリカは2000年代から資源ブームに乗って好調な経済成長を実現させてきました。しかし、経済停滞を背景に広がる政治的な不安定化は「アフリカブーム」の一つの曲がり角を示すといえます。

その男、ズマ

 南アフリカではかつて白人が政治・経済の全てを握り、黒人など有色人種は居住・移動をはじめ、あらゆる権利が制限される「人種隔離政策(アパルトヘイト)」が実施されていました。国連などによる経済制裁もあり、アパルトヘイト体制は1993年の憲法改正で正式に廃止。翌1994年、全人種が参加する初の選挙で、反アパルトヘイト運動を指導したアフリカ民族会議(ANC)のネルソン・マンデラ(任1994-1999)を大統領とする政府が発足したのです。

 圧倒的なカリスマ性をもって国民を指導したマンデラ氏の引退を受けて第二代大統領となったタボ・ムベキ(1999-2008)は、英国留学経験者らしくいかにもエリート臭が漂う点で、低所得層から不人気でした。これに対して、2009年に就任したズマ氏は、同国の憲法で禁止されている一夫多妻の実践を公言するなど、よく言えば庶民的、悪く言えば品のない言動が持ち味で、低所得層や労働組合を支持基盤としました。

 一方、ズマ氏には大統領就任前から、汚職や権力濫用の噂が絶えませんでした。それに加えて、ムベキ氏が米英など欧米諸国との関係を深め、新自由主義的な規制緩和などを推進したのに対して、ズマ氏は中国と接近。国家によって主導される中国式の市場経済への転換を進めました

世界最高の不平等社会

 ところが、その後の南アでは経済成長の一方で格差が拡大。不平等度を表すジニ係数は2011年段階で63.4(世界銀行データベース)。これは米国(41.0、2011年)や中国(42.2、2012年)を大きく上回り、地主制が残っているために格差の大きさでは世界屈指のラテンアメリカのブラジル(53.1、2011年)やチリ(47.6、2011年)をも凌ぐ、世界最高水準です。

 この背景のもと、2012年10月に南アフリカでは、英国企業が保有するプラチナ鉱山でストライキが発生。賃金上昇が物価上昇についていかないことに不満を募らせた労働者による違法ストライキは、警官隊の発砲で34名の死者を出す事態に至りました。これを機にストライキは全土に波及。南アフリカに進出していたトヨタなど日本の自動車メーカーも、操業の一時停止を余儀なくされたのです。

 南アフリカでは労働組合が発達していますが、これは反アパルトヘイト運動の頃からANCと協力関係にあります。ANCが万年与党となり、腐敗するにつれ、労働組合もかつての「弱者の味方」ではなくなり、賃金上昇を求める労働者のストライキを抑えることがしばしばです。マリカナの鉱山で多くの労働者が銃殺されたことは、政府、賃上げを抑制する大企業、合法的なストライキを抑制する労働組合の「鉄の三角形」がもたらした悲劇だったといえます。

 警官隊との衝突による死者はアパルトヘイト終結から初めてのことで、この頃からズマ大統領への批判が噴出。2013年12月のマンデラ元大統領の葬儀ではズマ氏の演説にブーイングが発生。世界中から来賓があるなかで、その不人気ぶりを露呈したのです。

世界経済の余波

 それでもズマ政権が維持されたのは、曲がりなりにも経済が成長していたことが大きな要因でした。ところが、その頼みの綱の経済もこの数年は悪化の一途をたどり、これがズマ氏に対する不満を高めていったのです

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 南アの経済停滞には、アフリカを取り巻く世界経済の変化が大きく作用していました。なかでも2014年からの資源価格下落と2015年からの米国の金利引き上げは、決定的に大きなインパクトでした。

 2000年代からの「アフリカブーム」は、原油価格の上昇とそれに引っ張られたその他の資源の価格上昇を大きな背景としました。ところが、2014年の石油輸出国機構(OPEC)の決定を契機に、原油価格は急速に下落。連動してその他の資源価格も落ち込み、アフリカ経済に大きなブレーキをかけたのです。金、プラチナ、ダイヤモンドなどの大輸出国である南アフリカは、とりわけその影響を大きく受けた国の一つでした。

 これに追い打ちをかけたのは、米国の金利引き上げでした。2008年のリーマンショックをきっかけに、米国はゼロ金利政策を導入。米国だけでなく世界全体での景気の下支えを図りました。米国の金利がゼロになったことで、多くの投資家や企業の関心は景気が低迷する先進国より新興国に向かい、南アフリカをはじめとするアフリカ諸国にも大量のドルが流入してきたのです。大量のドル流入は、その国の景気を浮揚させる効果があったといえます。

 ところが、国内経済の回復を受けて米国はゼロ金利政策を終了。米国の金利引き上げは世界中から米国に向けてドルが逆流する現象を生み、これは結果的に新興国の経済成長にブレーキをかけることになりました。南アフリカでも2016年のGDP成長率は0.3パーセントにまで落ち込んでいます。

ズマ退陣に向けた圧力

 経済が低迷するなか、南アフリカではズマ政権への批判が噴出しやすくなり、与党ANCもこれを無視できなくなりました。

 南アフリカの大統領は国民の直接選挙によってではなく、議会によって選出されます。ズマ政権のもと、ANCでは親中派が要職を占め、政府が企業や労働組合と深く結びつく国家主義が浸透していきました。

 ただし、その一方で、先述のように南アフリカでは報道の自由や民間団体の活動は保障されています。そのため、白人だけでなく黒人の中間層などからも政府への批判的な意見は出やすい環境にありますが、ズマ政権のもとでの汚職の広がりや生活苦への不満は、ズマ氏の大統領選出の基盤でもあった低所得層からの幻滅をも呼び起こすことになったのです。

 ズマ批判が広がるなか、2016年4月、2017年8月に相次いで野党が議会でズマ氏に対する不信任決議案を提出。2016年の場合、233対143で不信任決議は否決されました。しかし、2017年の際には与党からも離反者が続出。198対177で不信任決議が否決されたものの、ANC内部でもズマ支持者が減少する兆候がみられたのです。

 さらにその後も各所からのズマ批判は収まらず、2017年10月には最高裁がズマ氏の大統領就任以前の783件の収賄容疑を認定する判決を決定。ズマ氏は無実を主張しましたが、もはやその不支持の動きは止められず、12月のANC代表選挙でシリル・ラマポーザ副大統領がズマ氏の妻ノーサザーナ・ドラミニ・ズマ氏を破って当選。ラマポーザ新体制のもとのANCから辞任勧告を受け、冒頭に述べたように2月15日にズマ大統領は辞任に追い込まれたのです。

ズマ辞任で南アフリカは変わるか

 ただし、ズマ氏が辞任したことで、南アフリカを取り巻く状況が大きく変化するかは疑問です。

 ズマ氏辞任を受け、繰り上りで副大統領から昇格したラマポーザ新大統領は、かつてマンデラ氏の側近として反アパルトヘイト運動を率いた人物で、鉱山労働者の労働組合の責任者を務めた経験も持ちます。そのため、大統領就任以前のズマ氏と同様、低所得層を支持基盤とします。

 ただし、かつての反アパルトヘイト運動の闘士も、権力を握って以降は腐敗などの噂と無縁ではありません。特に、先述の2012年のマリカナのプラチナ鉱山の事件で、ラマポーザ氏は警察による強硬な鎮圧を支持した急先鋒として知られます。ラマポーザ氏は鉱山関係の労働組合を握る一方、マリカナの鉱山を経営する英国企業ロンミンの経営にも参画していました

 つまり、政治権力と個人的な利益が直結しやすい点で、ズマ氏とラマポーザ氏の間に大きな差はないのです。そのため、ラマポーザ新体制のもとで南アフリカの経済や生活状況に大きな変化が生まれない限り、「憎悪の的」ズマ氏の退任で一時的に溜飲を下げたであろう低所得層の間から、再び政府批判が噴出することは避けられないとみられます。それは南アフリカを慢性的な政情不安に向かわせかねないといえるでしょう。

アフリカに広がる「失脚の連鎖」

 そして、この状況は南アフリカに限りません。経済停滞を背景に、アフリカでは政治的な不安定が表面化しており、アフリカのなかでも大国とみられる国もその例外ではありません。

 ズマ氏が辞任した2月15日、北東アフリカのエチオピアでも、ハイレメリアム・デサレン首相が辞任。エチオピアは農業を中心に順調に経済発展を続けており、資源価格下落の影響も比較的小さく済みました。また、政治的にも安定していることから、各国企業の投資が相次いでいます。

 しかし、そのエチオピアでも2015年以降、民族間の対立を背景に抗議デモなどが頻発。デサレン首相は辞任に追い込まれました。エチオピアはソマリアなどでのテロ対策に中心的な役割を果たしているだけに、その不安定化は地域一帯だけでなく、この地に進出を目指す各国にとっても無縁ではありません。

 さらに、アフリカ随一の産油国であるナイジェリアでも、経済改革の停滞などを理由にムハンマド・ブハリ大統領の辞任を求める声が噴出。ブハリ大統領は、原油価格の下落に前任者のジョナサン大統領が有効に対応できないことへの不満を背景に、2015年に就任したばかりです。しかし、産油国はとりわけ資源価格の下落で大きな影響を受けやすく、それに加えてイスラーム過激派ボコ・ハラムの活動などがブハリ政権の足元を揺るがしています。

アフリカの試練

 こうしてみたとき、それぞれの国によって事情に違いはあるとしても、アフリカ諸国は多かれ少なかれ不安定化の局面を迎えているといえます。

 いつの時代、どこの国でも国民が政府に期待するものは生活の安定であり、その期待が裏切られた時に為政者がその座を維持することが困難な点では、民主的な国であろうと、そうでなかろうと同じです。特に、低所得国は世界経済の影響を受けやすいため、今後アフリカで政治的な不安定が広がることが予想されます。南アフリカのズマ退陣は、その典型例といえます。

 ただし、外部からの影響がその一因であるとしても、汚職などアフリカ各国のガバナンスの不備もまた、その不安定化の大きな原因であることも確かです。アフリカブームの終焉はアフリカ各国に、より足もとを固める必要性を改めて告げるものといえるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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