バルサとレアル・マドリー、「手抜き」と揶揄されたクラシコで見せた名勝負。
クラシコで手を抜くなど、あり得ない。それが証明される名勝負だった。
今季のリーガエスパニョーラを制したのはバルセロナだった。バルセロナは第35節でデポルティボを破り、消化試合を含め4試合を残した時点で優勝を決定。タイトルホルダーとなってから、第36節のレアル・マドリー戦を迎えた。
■「BBC」への回帰
敵地カンプ・ノウを訪れた一戦で、ジダン監督は「BBC」への回帰を果たす。ベンゼマ、ベイル、C・ロナウドの3トップがクラシコでスタメンに名を連ねたのは、2017年4月23日以来である。
それはなぜか。ジダン監督は直近3試合のクラシコでコバチッチを重宝してきた。彼に与えられたミッションは「ストップ・ザ・メッシ」であった。指揮官はコバチッチにメッシの徹底マークを命じることで、10対10の戦術を敷いた。
(※参考記事 ジダンが敷いた「10対10」の戦術。レアル・マドリーが目指すはペップが達成した夢の6冠)
スペイン・スーパーカップ第1戦と第2戦、リーガ第17節でコバチッチは先発起用された。スーパー杯ではメッシを封じ込めて2連勝とタイトル獲得に貢献したコバチッチだが、3試合目となったリーガの試合で襤褸を出した。マンツーマンに気を取られたところをメッシに逆手に取られ、中盤でラキティッチにプレスを掛けに行かず、痛恨のミスで失点に関与してしまった。
(※参考記事 メッシが「10対10」の戦術を無効化。クラシコを決した、ポジショニングの妙と2人のフリーマン)
■戦術のぶつかり合い
戦術のぶつかり合いにおいては、「BBC」を前線に配置して4-3-3を敷いたマドリーと、バルベルデ監督が洗練させてきた4-4-2を敷いたバルセロナは痛み分けだったと言える。バルセロナは相手の左SB(マルセロ)の裏を狙っていた。先制点のシーンではコウチーニョ、スアレス、セルジ・ロベルトと繋いで思惑通りに右サイドを崩して、セルジのクロスにスアレスがボレーで合わせてネットを揺らしている。
対してマドリーはシステムの組み方と、それによって生まれるスペースを活用してC・ロナウドの同点弾を演出した。中盤でインターセプトを狙ったブスケッツと入れ替わるようにクロースが前向きにボールをコントロールすると、ミドルゾーンには広大なスペースが広がっていた。悠々とカウンターを仕掛けたマドリーはクロースのセンタリングをベンゼマがヘディングで中央に折り返すという揺さぶりをかけ、最後はC・ロナウドが押し込んでいる。3人で速攻を成立させて崩した。
しかしながらバルセロナは前半終了間際にセルジが退場になり、マドリーは得点時に足首を痛めていたC・ロナウドに代えてアセンシオをピッチに入れ、後半は異なる展開となる。バルセロナはメッシとスアレスを2トップにした4-3-2に、マドリーは攻撃的4-3-3と守備時4-4-2を使い分けた布陣で臨むが、これが裏目に出る。攻守のシステム変動が上手く機能せず、余分なスペースが生まれてプレス網が緩まった。
その隙を突き、52分にカウンターからメッシが勝ち越し弾を沈める。10人となったバルセロナ相手に再び失点したことで、マドリーに精神的ダメージが与えられる。マドリーはベイルが72分に再び同点に追い付く得点を記録したが、ポゼッション率(バルセロナ50.1%:マドリー49.9%)で互角の数字が残るなど、1人少ない相手を仕留めきれなかった。
バルセロナはイニエスタが自身38度目である最後のクラシコで57分にパウリーニョと交代するまで存在感を示していた。彼のパス本数(60本)、パス成功率(92%)がそれを現す。試合後にはジダン監督が抱擁を交わすためにイニエスタの下を訪れ、コーチングスタッフのつくった花道を先頭に立って通り、リーガ優勝の歓喜に浸った。なお、イニエスタはサンチス氏(元マドリー/クラシコ42試合出場)、ヘント氏(元マドリー/42試合)、シャビ(元バルセロナ/42試合)に次いで、メッシと並び史上4番目のクラシコ出場数を記録している。
■ジャッジが議論に
今回のクラシコにおいて、エルナンデス主審のジャッジは議論を呼んだ。
話題に上っているのは大きく分けて4つだ。44分のベイルのユムティティへの後ろからのタックル、セルジに対するレッドカード、バルセロナの2点目が生まれる前のスアレスとヴァランの競り合い、76分のペナルティーエリア内でのアルバとマルセロの接触である。
「いかにして判定がクラシコを壊すのか」「エルナンデスよ、都合の良い引き分けだ」(『マルカ』)。「エルナンデスの悲惨な芝居」「審判の異様な仕事」(『スポルト』)。マドリー寄り、バルセロナ寄り、どちらのメディアもエルナンデス主審の判断を酷評している。
だが試合内容を見れば、ドローは妥当な結果だったように思う。「カフェイン抜きのクラシコ」などと揶揄され、手抜きになる可能性が指摘された一戦だが、スペクタクルは担保されていた。試合後に何かを語りたくなる。それがフットボールの醍醐味というものだ。