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屈強な刑事たちの目に涙が滲む。何百人もの女性が被害を受けた性犯罪事件を捜査した刑事たちと向き合って

水上賢治映画ライター
山本兵衛監督 筆者撮影

 「ルーシー・ブラックマン事件」と聞いても、もはや「ピンとこない」というのが現実かもしれない。

 どこかほかの国で起きた事件なのでは?と思われても致し方ないのかもしれない。

 というのもこの事件が明るみになったのは、2000年のこと。すでに事件発生から20年以上の月日が流れている。

 ただ、事件が起きたのはどこの国でもないここ日本。事件発生当時は、それこそ連日ワイドショーで取り上げられセンセーショナルに報じられた。

 そして、イギリス人女性、ルーシー・ブラックマンさんの失踪が発端となって明らかになった事件の全容は、日本犯罪史上「最大にして最悪の」といっていい卑劣で残虐な性犯罪だった。

 Netflixドキュメンタリー「警視庁捜査一課 ルーシー・ブラックマン事件」は、改めて本事件に焦点を当てる。

 すでに犯人はつかまり、事件は一応解決を見ている(※ルーシー・ブラックマン事件に関しては無罪判決)。

 では、なぜいま改めて本事件を取り上げるのか?

 それは作品をみてもらえればおそらくわかる。

 この事件には20年以上が経っても考えなければならない問題が数多く含まれているからだ。

 事件と向き合い、何を思い、何を考えたのか?

 手掛けた山本兵衛監督に訊く。全六回。

Netflix ドキュメンタリー「警視庁捜査一課 ルーシー・ブラックマン事件」より
Netflix ドキュメンタリー「警視庁捜査一課 ルーシー・ブラックマン事件」より

刑事たちの「ほとけ」への向き合い方に心を動かされた

 前回(第三回はこちら)まで、取材に入る経緯について訊いた。

 高尾昌司氏のノンフィクション「刑事たちの挽歌 警視庁捜査一課 ルーシー事件」をもとに、事件を実際に捜査した警察サイドに焦点を絞ったということだったが、その言葉どおり、本作には事件の捜査に当たった刑事たちが次々と登場して、当時について振り返っている。

 実際に警察サイドの関係者と対話を重ねてどんなことを山本監督自身は感じていたのだろうか?

「作品にそのまま映し出されていて感じていただけるのではないかと思っているのですが、殺害されてしまった被害者、いわゆる『ほとけ』と、刑事さんたちの向き合い方に心を動かされたといいますか。

 どの方も第一線で活躍された刑事さんで、それこそオウム事件といった日本人ならば誰もが知っているような大きな事件を担当されている方もいらっしゃる。そのほかにも多くの事件の捜査にかかわられている。

 だから、この事件の被害者であるルーシー・ブラックマンさんに対しても、多くの事件の一つで、冷静で淡々とした言葉が並ぶのかなと考えていました。

 でも、実際にお会いして話してみると、どなたもルーシーさんに心を寄せていらっしゃる。

 作品にもあるように、目に涙を浮かべる方もいれば、言葉に無念さがにじむ方もいて、卑劣な犯行に憤りを隠せない方もいらっしゃった。

 この事件について語りはじめると、みなさん、なにかしらの感情があふれ出てくるところがある。

 そして、みなさん、事件から20年以上経っているにもかかわらず、ルーシーさんに哀悼の意を表し、いまも遺体が発見された現場に毎年いって手を合わせる方がいらっしゃる。

 当時、日本の警察の捜査手法ははっきり言うと否定的に報じられることが多かった。批判の矢面に立たされたのが警察でした。

 だから、恨みつらみがあっても不思議ではないと思うんです。

 でも、みなさんからでてくるのは、ルーシーさんの事件が無罪になったことへの無念さや犯人への怒りといったことで。

 特に女性の警察官の方々にお話しをきいたときには胸が詰まりましたね」

Netflix ドキュメンタリー「警視庁捜査一課 ルーシー・ブラックマン事件」より
Netflix ドキュメンタリー「警視庁捜査一課 ルーシー・ブラックマン事件」より

えげつない、卑劣な犯罪。こういう事件があったことをきちんと形に

 そこで、警察サイドの視点から改めて事件を見てみるという意を固めたという。

「聞くと、事件の捜査にあたった警察の方のほとんどが、当時、外国人との交友関係がなかったどころか『しゃべったこともなかった』という。

 その刑事さんたちが、ルーシーさんになぜここまで思いを寄せるのか、なぜこの事件のことが特別に印象に残っているのか、どういう思いで捜査に当たっていたのか、そういったことを丁寧に洗い出していこうと改めて思いました。

 あと、ほんとうにえげつない、卑劣な犯罪だったので、こういう事件はきちんとひとつの形にして風化させないというか。

 20年前の事件であったとしても、こういう事件があったことをきちんと形にして提示したい。

 そこを核に作品を作っていこうと考えました」

事件を改めて時系列で振り返る形式にした理由

 こうした警察サイドへのインタビューを基軸にした取材を経て作り上げられた作品は、基本のラインとして、どのようにして事件が起きて、事件の捜査がどのように進められ、どういう結末を迎えたのか、という、もう一度事件を時系列でたどる形式になっている。

 このような形式にした理由はあったのだろうか?

「王道の形ですよね。

 ほかの形式も考えなかったことはないんですけど、もう事件から20年以上が経っている。

 当時、事件の報に触れた方でも忘れかけているところがあるでしょうから、もう一度、事件を時系列でたどってみるストーリーテリングが一番いいのではないかと思いました。それが事件のことを改めて知ってほしかったですし、検証することにもなるかなとも思いました。

 あと、お父様のティムさんが取材に応じてくださったことも大きかったです。

 当時の事件の表の情報と裏の情報と分けたとき、裏の情報は警察の捜査で、こちらはなかなか出てこない。

 一方、表の情報はまさにティムさんの発信することで。マスコミはこちらの情報を逐一報じることになった。

 だから、ティムさんが登場してくれることで、事件を表と裏から振り返ることができることになった。

 たとえば、ティムさんが有力情報に懸賞金をかけると発表したとき、警察サイドの捜査状況はどうなっていて、どこまで進んでいたのか、そういう形で振り返ることができる。

 そういったことで、やはり時系列でたどっていくスタイルがいいだろうと思いました」

(※第五回に続く)

【山本兵衛監督インタビュー第一回はこちら】

【山本兵衛監督インタビュー第二回はこちら】

【山本兵衛監督インタビュー第三回はこちら】

Netflix ドキュメンタリー「警視庁捜査一課 ルーシー・ブラックマン事件」メインビジュアル
Netflix ドキュメンタリー「警視庁捜査一課 ルーシー・ブラックマン事件」メインビジュアル

Netflixドキュメンタリー

『警視庁捜査一課 ルーシー・ブラックマン事件』独占配信中

監督:山本兵衛

原案:高尾昌司著『刑事たちの挽歌 警視庁捜査一課 ルーシー事件』(文春文庫)

作品ページ:https://www.netflix.com/title/81452288

筆者撮影以外の写真はすべて提供:Netflixドキュメンタリー『警視庁捜査一課 ルーシー・ブラックマン事件』

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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