誰かといるときより、独りでいるときに自分の心に寄り添ってくれるような音楽を作りたい

「モルエラニの霧の中」の劇中歌「静かな空」の作者で音楽家の穂高亜希子 筆者撮影

 2011年に東京から故郷である北海道室蘭市に移住した映画作家、坪川拓史が、出会った地元の人々からきいた逸話を元に、実際にその場所で、ときに本人も出演者となって撮影した映画「モルエラニの霧の中」。

 完成まで5年、コロナ禍による劇場閉鎖の影響も受け、公開まで2年の時を要した本作は、大好評のうちに全国ロードショー中だ。

 本作に携わった各人に登場いただきその作品世界に迫るインタビュー特集。

 菜 葉 菜(前編後編)、坪川監督と草野康太(前編後編)、香川京子に続いてご登場いただくのは、「モルエラニの霧の中」の世界を体現している曲といっていい劇中歌「静かな空」を手掛けた穂高亜希子。

 福岡での劇場公開を前に福岡出身である彼女のインタビューを2回に分けて届ける。

否応なく生と死という現実に直面したとき出会った坪川監督の「ハーメルン」

 作品で重要な役割を果たしている「静かな空」の話に入る前に、坪川監督との出会いの話から。監督が2013年に発表した「ハーメルン」を穂高がみたことが出会うきっかけになったという。

「『ハーメルン』の音楽を手掛けられているのは、栗コーダーカルテットのメンバーである関島(岳郎)さんで。ちょうど『ハーメルン』が公開されているときに、私は関島さんと一緒にアルバムを作ろうとしていて、『じゃあ』ということで観にいったんです。

 関島さんが音楽を手掛けている以外は、まったく何の前情報もなく行ったんですけど、映画をみたら、ものすごく感動してしまったんです。

 というのも、そのとき作ろうとしていたアルバムで私が表現したいと思っていたことと映画の世界があまりにもリンクしていて、ものすごく心に沁みてきた。

 『ハーメルン』はある種の死生観を描いている作品だと思うんですけど、当時、少し前に友人を亡くしたり、応援してくださっていたファンの方の訃報を知ったりといったことが続いて、否応なく生と死という現実に直面しました。

 今までいつでも会えると思っていた人と会えなくなる現実と、どう向き合っていいかわからなくて……。

 『ハーメルン』をみたとき、そのときの自分の心情が重なって、ひとつ自分なりの答えをもらった気がしました。

 結局、3回観に行って、あまりの感動で自分の心にとどめておけなくて、ブログに自分が感じたことを書いたんです。

 それを坪川監督が読んでくださって、たぶん私のことを調べたら、YouTubeで『静かな空』の演奏している動画にたどり着いて、みてくださったようで、『ハーメルン』の公開から半年後ぐらい、メールをいただきました。

 いきなりでびっくりしたんですけど、そこに書いてあったんです。『(「静かな空」を)いつか映画で使わせてください』と。2013年のことだったと記憶しています。

 『ハーメルン』にはほんとうに影響を受けていて、のちに完成させたアルバム『みずいろ』には、亡くなった友だちのことを想って作った曲が多く入ることになりました」

「静かな空」が収録されているアルバム「ひかるゆめ」 (C) F.M.N. Sound Factory
「静かな空」が収録されているアルバム「ひかるゆめ」 (C) F.M.N. Sound Factory

まさか坪川監督の映画で使われることになるとは夢にも思っていませんでした

 監督からそのメッセージが届いたときは、まさかほんとうに実現するとは思っていなかったという。

「まさか坪川監督の映画で使われることになるとは夢にも思っていませんでした。

 ありがたいことに私はけっこう早い段階、2018年ぐらいに作品を見せていただいたんですけど、その時点でもう感謝でしたね。私の楽曲をこんな素敵な形で使っていただいて」

忘却にあった自分の原風景を手繰り寄せてできたのが「静かな空」

アルバム「ひかるゆめ」に収録されている「静かな空」だが、もはや「モルエラニの霧の中」のために作られたのでは思うほど、作品に溶け込んでいる。どのように生まれた曲なのだろうか?

「もう、ほんとうに昔過ぎて覚えていないんですけど(苦笑)。

 最初はたぶん、鼻歌みたいな感じでふいに口ずさんだというか。こういう曲を作ろうとか、こういうテーマでとかなくて、単純に思い浮かんでふと生まれたような曲なんです。

 どうやってできたかはよく覚えていないんですけど、生まれた背景は自分で分かっています。

 私の暮らした実家は歩いて行けるぐらい海のそばにありました。子どものころ、私はとにかく海をよく見に行っていて、何時間もボーっと眺めることも珍しくなかった。

 でも、上京して海を見ることがなくなってしまって。遠くの存在になってしまった。ただ、時おり、子どものころみた、海や空、そこで感じた風やにおいが甦る。

 その忘却にあった自分の原風景を手繰り寄せてできたのが『静かな空』です。

 はじめはほかの曲たちの中のひとつだったんですけど、人前で演奏したり、歌ったりするうちに、なぜかこの曲はちょっと特別な感じになっていって。気づいたら自分の音楽を象徴するような曲になっていた。ライブの中でも大きい存在になっていったんです」

私と坪川監督は同じような風景をみていたのかもしれない

 「モルエラニの霧の中」が完成する前にすでに生まれていた曲とはにわかに信じられないほど、「静かな空」は親和性を感じさせる。穂高はこんなエピソードを明かす。

「余談ですけど、私は福岡出身で。子どものころ見ていた玄界灘は、海に夕日が沈んでいくんです。

 今回の映画のご縁で私も室蘭を訪れたんですけど、実は室蘭もまったく同じように海に夕日が沈んでいく。私が見ていた海とすごく似ていてびっくりしました。

 もしかしたら、『私と坪川監督は同じような風景をみていたのかもしれない』と室蘭を訪れたときに思いました。

 だから、『静かな空』は坪川監督の琴線に触れたのかもしれません」

独りでいるときに自分の心に寄り添ってくれるような音楽を作りたい

 哀愁をおびた楽曲は望郷や郷愁といった人の記憶に刻まれた忘れられない想いに結びつく。ただ、不思議と寂しさはない。

 むしろ、独りでいたとき、ふと苦い出来事や懐かしい人を想い出すような温かな気持ちに包まれる。

「自分自身の好きな音楽というのがたとえばアイルランド民謡のようなどこか郷愁や懐かしさを感じるメロディーのもので。そのせいか自分も、たとえば人の気持ちをウキウキさせるような楽しい曲はあまり作れないんです。

 夏の燦燦と輝く太陽よりも、夕暮れどきを感じさせるような音楽が好き。誰かといるときより、独りでいるときに自分の心に寄り添ってくれるような音楽を作りたい気持ちがあります。

 さきほど、子どものころ、よく海に行ったといいましたけど、時々、ひとりになりたくなることがありますよね。

 私はそういうときに海に行ってました。すると、不思議と嫌なこととかで乱れていた心が落ち着いて、自分を取り戻せる感じがいつもしていたんです。

 自然にはそんな力がある。その自然をそのまま音楽にしたいといいますか。自然のように人の心を癒し、和らげ、穏やかにするような音楽を作れたらと思っています」

自分の楽曲が映画になって感無量!

 『静かな空』は作品全体の根底に流れる曲である一方で、[第3話]夏の章/港のはなし「しずかな空」という一編にもなっている。

「もちろん自分の楽曲が映画になって感無量なんですけど、初めてみたときはそんなことを忘れて、ひとつの物語として感動しました。

 さきほど話しましたけど曲のモチーフになっている『海』が、物語に反映されている。海を見つめているときのまどろみの時間や、切ない瞬間が、小松政夫さんと市民キャストとして参加された桃枝俊子さん演じる野崎芳郎・美津子夫妻の人生に重なってほんとうに胸がいっぱいになりました。

「モルエラニの霧の中」より
「モルエラニの霧の中」より

 それから、劇中では、かつて児童合唱団を指導していた美津子さんが作った曲になっていますけど、ほんとうに美津子さんが作った曲みたいな気がして、それがうれしかったです。

 自分が作った曲だけど、自分の知らない曲に感じられて『美津子さんすごい』と思っていました(笑)。

 あと、和太鼓の会の演奏に合わせて児童合唱団が『静かな空』を歌う。あのシーンは、涙が出ました。ほんとうに坪川監督には感謝です」

(※後編に続く)

「モルエラニの霧の中」より
「モルエラニの霧の中」より

「モルエラニの霧の中」

5月7日(金)より シネマアイリス(函館)、 福岡中洲大洋(福岡)

5月22日(土)より ほとり座(富山)、6月18日(金)より シネマ・クレール丸の内(岡山)、

6月21日(月)より ガーデンズシネマ(鹿児島)にて公開予定。

詳しい上映劇場は公式サイトにて http://www.moruerani.com/

筆者撮影を除く写真はすべて(C)室蘭映画製作応援団 2020