Yahoo!ニュース

酒造メーカーとラーメン店の「AFURI」商標紛争に見る、情緒とビジネスの落としどころは?

松浦達也編集者、ライター、フードアクティビスト
(写真:イメージマート)

【ヘッドライン】

  1. 「食」にまつわる商標の特殊性
  2. 「全廃棄」は額面通りに受け止めるべきなのか
  3. 吉川醸造は「不動産会社」なのか
  4. AFURI社の訴訟対策と見え隠れする本音
  5. 吉川醸造 VS AFURI社、ここまでの流れまとめ
  6. サントリー VS 飲料メーカー各社「はちみつレモン」の事例
  7. 日清食品 VS 森永製菓、「チキンラーメン(味)」の事例
  8. 誰がための商標か

「食」にまつわる商標の特殊性

お盆明け、僕のTwitter(現在、公式にはX)やFacebookのタイムラインは「AFURI」「雨降」などの文字を盛り込んだ感情的な投稿であふれかえりました。

最初に目立ったのは「もうAFURIのラーメンなんて食べない」という感情を前面に出した不興のコメントで、次の数日では「AFURIの対応は企業として当然」というビジネス論。その過程で「地名を商標登録することの是非(またほその線引き)」など議論が百出しましたが、その対象が「食べ物」となったとき、多くの消費者は情緒の部分を刺激されます。「何か引っかかる」のです。

食は人間の根源的な営みです。生命維持に直結し、心の安寧の土台にもなります。そういえば友人が芯を食うポストをTweetしていました。

https://twitter.com/inuro/status/1694512625281831167

特に「食」についての権利意識に日本の消費者はとても敏感です。家庭の冷蔵庫を誰か他人に管理されるかのような気持ち悪さ、あるいは「みんなの共有財産をなぜお前が自分のものかのような振る舞いをするのか」という腹立たしさなのかもしれません。当初、食いしん坊の多い僕のタイムラインは、上記ポストよりも強めの拒否反応で埋め尽くされました。

実際過去にも食べ物にまつわる商標で炎上した事例はいくつもあります。1999年に三井グループの三井農林が沖縄の茶として知られる「さんぴん茶」を登録し、沖縄県内の37業者が異議を申し立てました。三井農林は「さんぴん茶が商標登録されているか調べる目的で出願した。他のメーカーがこの名前を使っても、ことさらに権利を主張するつもりはない」と声明を出さざるを得ない事態に追い込まれました。

一方で商標は第三者から自社の事業や信用を守るためにも、大切な制度です。企業努力で積み重ねられた信用が化体されたものという精神が根底にはありますが、実際の運用では「先願主義」でもあります。

さて、今回の騒動におけるポイント(と対立する論のポイントのズレ)についてイチから整理し直しておきましょう。

ことはお盆明けの8月22日、神奈川県の酒造メーカー、吉川醸造が以下のようなリリースを自社のWebにアップしたことに始まります。

https://kikkawa-jozo.com/blogs/news/sosho1

詳細は上記URLにありますが、要点は以下の通りです。

・2022年8月、ラーメンチェーンAFURIから商標登録の侵害に当たるとして当該商品(日本酒)の全廃棄を求められた。

・双方弁護士を立てて協議したが不調に終わり、商標の使用停止や損害賠償を求めてAFURI社が吉川醸造を東京地裁に提訴。

・当社の「雨降(あふり)」という日本酒銘柄は丹沢大山の古名「阿夫利」由来であり、地域、歴史、文化に根ざした名称でAFURI社の商標権を侵害するものではない。

・AFURI社は「阿夫利」「AFURI」で構成される商標をラーメン以外に150種以上取得していて、地域の企業や施設にもAFURI社の商標運用に関する不安や苦情があると聞いた。

というところです。最初にこのリリースが発表されたとき、真っ先に反応したのは食いしんぼうクラスタの方々でした。食べ物や食文化はそもそも人類の共有財産であり、生産、流通、調理などさまざまな方々の手によって自分たちの口に届くものであり、その過程の権利をことさらに主張するのは行儀が悪く、感じも悪いと感じる人たちでした。

この情報だけを見れば、そう感じるのももっともです。ただ2者間でのもめごとは両者の言い分を聞かないことには始まりません。

次の動きは25日でした。AFURI社の代表取締役、中村比呂人氏がInstagramに「AFURIが「雨降AFURI」という日本酒を販売している企業を商標侵害で提訴したことでネットで炎上している件について」という投稿を行いました。

・ラーメン店としての創業は2001年。2003年から「AFURI」の屋号を使用している。現在国内16店舗を構えている。

・2016年アメリカに「AFURI IZAKAYA」を開店し、AFURIオリジナルラベルの日本酒やクラフトビールをメーカーに作ってもらっている。ゆくゆくは創業の地、厚木市に近い丹沢山系の天然水で日本酒やビールを醸造したい。

・他にもコーヒーやクラフトビール、その他先々を見越した上で必要な商標を必要な分だけ登録している。

他にも「AFURI」の由来など、これまでの事業の積み重ねについて触れていましたが、先行の吉川醸造が端緒となったリリースの最初のブロックに「全廃棄を求められた」という強いボールを投げ込んでいるので、お互いに印象のつば迫り合いをしている印象はぬぐえません。

AFURIの中村社長も「不動産会社が吉川醸造を買収」「雨降と書いてUKOUと読ませてはと提案」「何度考えても、我々はビジネスのルールに則った正当な手続きを踏んでるだけ」と様々な角度から自分の正当性を訴えかけています。ただ、買収の件などは本質的には本事案には関係のない印象操作にも見えてしまい、かえって印象を悪くしかねない危ういボールにも思えます。

翌26日にはAFURI社のホームページにも「吉川醸造株式会社への商標権侵害による提訴に関して」というリリースが掲載されます。

https://afuri.com/wp/press/680

リリースのなかでも「大手不動産会社のシマダグループ株式会社によって買収」と触れているあたり、「印象を動かしたい」という意図が透けて見えます。SNSではあまり好かれない手法です。

吉川醸造は「不動産会社」なのか

ちなみにシマダグループは1931年に東京都世田谷区で乾物と精米の店として創業し、その後1960年から建築不動業も手掛けるようになりました。近年は不動産や介護といった分野の事業が中核事業としてきましたが、米麺のフォー専門店も展開していて、米を原料とする清酒づくりを手掛けるという流れ自体は成り立つように思います。

それでもAFURI側は新しい事実として「今後「AFURI」の使用を中止するのであれば、在庫の販売は認めていたのであり、吉川醸造社に商品の廃棄を求めていたわけではありません。」という姿勢を盛り込みましたが、冒頭の「買収」という二文字がバイアスとなってしまっていて、素直に受け取るのが難しい文脈になってしまっています。

「全廃棄」は額面通りに受け止めるべきなのか

同日に収録されたニュースサイトNewsPicksのYouTube動画(公開は27日)では中村社長のインタビューがUPされ、「直接交渉では廃棄までは求めなかったが、訴訟にあたって『全量廃棄を求めるくらい強い姿勢からスタートするのが交渉においては常道』と法律家の先生から言われたので」と全量廃棄要求は戦術的なものだとトーンダウン。「もったいないし、ラベルを貼り替えるなりしてくれればいい。もう出来上がっているものはそのまま販売していただいて構わないので、次の生産から変えてほしい」と続けていました。

AFURI社の訴訟対策と見え隠れする本音

恐らくはこちらが中村社長の本音なのでしょうが、提訴中にその戦略・戦術をYouTubeで公開すること自体なかなか微妙ですし、その後も「結局ジャイアンなんですよ。、お前のものもみんなのものなんだから(俺にも)使わせろみたいな」とか「カツアゲされてる方がお前が悪いって言われているみたいな感じ」と傍から見るとヒヤヒヤするようなコメントを残してしまっています。

ともあれ、本事案は法廷に持ち込まれました。商標登録関連のこれまでの動きとしては以下のような流れとなっています。

吉川醸造 VS AFURI社、ここまでの流れまとめ

2010年3月 AFURI社「AFURI」ロゴマークを登録。

2017年 AFURI社、日本酒「AFURI」を酒造メーカーに外注し、海外店舗で販売。

2020年4月14日 AFURI社、清酒が含まれる区分33で「AFURI」を商標登録(出願は2019年4月24日)

2021年4月 吉川醸造、日本酒の新ブランド「雨降(AFURI)」を発売。

2022年8月 AFURI社から商標侵害についての文書が吉川醸造に届く。

2023年3月 吉川醸造「§雨降∞AFURI」を出願(現在審査中)。

8月23日 吉川醸造、AFURI社からの提訴について自社HPで発表。

8月25日 AFURI中村社長Instagramで反論。

8月26日 AFURI社リリース発表。

8月27日 NewsPicksの公式YouTubeチャネルでAFURI中村社長のインタビュー動画公開

ビジネス/リーガル的に見ると商標登録は「先願主義」です。AFURI社が優位にも思えますが、どう着地するのか注目されます。

ただAFURI社としては、長きに渡ってグローバル展開を考えている以上、他にアルファベット表記が同じAFURI という日本酒の存在を許容するわけにはいかないのでしょう。しかし現在のように、印象操作に腐心するようなコミュニケーション手法では世間からいい印象を得るのは難しい。正直現在の展開では、どちらにもあまり得はなさそうに見えます。ならばどんな解決策があるのか。過去の事例を探ってみました。

この記事は有料です。
食とグルメ、本当のナイショ話 -生産現場から飲食店まで-のバックナンバーをお申し込みください。

食とグルメ、本当のナイショ話 -生産現場から飲食店まで-のバックナンバー 2023年8月

税込550(記事1本)

※すでに購入済みの方はログインしてください。

購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。
編集者、ライター、フードアクティビスト

東京都武蔵野市生まれ。食専門誌から新聞、雑誌、Webなどで「調理の仕組みと科学」「大衆食文化」「食から見た地方論/メディア論」などをテーマに広く執筆・編集業務に携わる。テレビ、ラジオで食トレンドやニュースの解説なども。新刊は『教養としての「焼肉」大全』(扶桑社)。他『大人の肉ドリル』『新しい卵ドリル』(マガジンハウス)ほか。共著のレストラン年鑑『東京最高のレストラン』(ぴあ)審査員、『マンガ大賞』の選考員もつとめる。経営者や政治家、アーティストなど多様な分野のコンテンツを手がけ、近年は「生産者と消費者の分断」、「高齢者の食事情」などにも関心を向ける。日本BBQ協会公認BBQ上級インストラクター

松浦達也の最近の記事