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自分の名前がついた牛を食べるということ

松浦達也編集者、ライター、フードアクティビスト

前回の「2023年以降、価値ある食体験はどう変わるのか。」という記事の後半、有料記事部分で「お金にかえられない価値ある食体験」の話を書きました。ざっくり言うと、自分の名前が(ニックネームとして)つけられた牛を食べるという体験です。

ざっくりあらすじを申し上げると、その牛「レラ」は牧場のなかでも特別な牛として扱われていました。西川奈緒子さんが育てる、肉業界では知られた完全放牧牛「ジビーフ」です。

そのアンガス牛の群れのなかに2000年に一頭だけ加わった茶色いジャージー牛「レラ」。その一頭に僕の名前が(あとからあだ名として)つけられました。本名は「レラ」、愛称は「巨匠」(僕のいじられニックネームです)。数回ですが北海道の牧場で触れ合った牛が肉になり、それを食べるというとても貴重な体験をしてきたというお話です。

人が生きていくには食事をしなければなりません。しかしいま口にしているものが、どこでどんな風に生まれ、どう育ってきたか。誰の手を介して、どう自分の目の前に届くのか。すべてが可視化された食品などそうはありませんし、農家でもない限り、生産過程に関わった食材を食べる機会などありません。

一人の消費者・生活者として、自分に関わりの深い生き物が食べ物となって自分の前に提供されたとき、どう感じるかを知っておきたかったのです。よく「生命をいただく」と言いますが、その実感に触れられる機会などそうはありません。

自分のニックネームがつけられ、何度か触れ合ったことのある動物を食べるとはどういうことか。前回の後半(有料部分)では帯広に到着して直行した名フレンチ「マリヨンヌ」でレラがどんな調理で提供され、どう食べたのかを記しました。その日の帯広は、3月とは思えないドカ雪でした。

翌日、路上にも十数cm以上の雪が降り積もった帯広を車で出発。徐々に雪は溶けて、日高山脈を越えたあたりで積雪はどこへやら。

言うまでもなく北海道は広大です。土地の総面積で言うと、九州と四国の合計より広い。その地域区分はざっくり道央、道東、道北、道南という4つに分けられます。西川さんの牧場がある日高山脈の西側は道央、かたや道東の基幹都市である帯広を擁するのは道東です。内地から見ると、両地域はさほど変わらないように思えるかもしれませんが、天候だけ見ても、日高山脈の東西でくっきり分かれたりもします。

実際、マリヨンヌでレラの会が行われた初日、道東の帯広ではドカ雪だったのに西川さんの牧場のあたりでは雪ひとつちらつかず(酒を飲まずにハンドルキーパーとなった)息子の雄喜くんの運転で深夜に牧場に戻っておられました。

その翌日、前日マリヨンヌで食事をしたメンバーで牧場を訪れました。僕が西川さんの牧場を訪れるのは、2021年の秋以来ですから1年半ぶり。レラのいない牧場となると、少なくとも4~5年以上ぶり。愛想のない真っ黒い放牧アンガス牛の集団にあって、いつも人目につくところにいて、僕ら訪問客を歓待してくれた茶一点のレラはもういません。

「レラの不在をどう感じるんだろう……」。そんなことを思いながら西川さんの牧場を訪れたのですが、その日、牧場には見たことのない、衝撃の光景が広がっていました。

「うわっ。牛と同じ牧野で飼われてる!」

3月の北海道の牧場はまだ冬の装いを残している頃。全体としては枯れ草色のなか、真っ黒いジビーフ(アンガス牛)だけが闊歩する牧場を想像していたのですが、そこにいたジビーフには思いもよらぬ同居人たちがいたのです。

なんとジビーフたちと同じ牧野には、羊の群れがいて、それぞれのんびりと草を喰むという、見たことのない平和な光景が広がっていたのです。

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編集者、ライター、フードアクティビスト

東京都武蔵野市生まれ。食専門誌から新聞、雑誌、Webなどで「調理の仕組みと科学」「大衆食文化」「食から見た地方論/メディア論」などをテーマに広く執筆・編集業務に携わる。テレビ、ラジオで食トレンドやニュースの解説なども。新刊は『教養としての「焼肉」大全』(扶桑社)。他『大人の肉ドリル』『新しい卵ドリル』(マガジンハウス)ほか。共著のレストラン年鑑『東京最高のレストラン』(ぴあ)審査員、『マンガ大賞』の選考員もつとめる。経営者や政治家、アーティストなど多様な分野のコンテンツを手がけ、近年は「生産者と消費者の分断」、「高齢者の食事情」などにも関心を向ける。日本BBQ協会公認BBQ上級インストラクター

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