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コロナ禍と外食産業と個人の衛生対策の1年間

松浦達也編集者、ライター、フードアクティビスト
(写真:ロイター/アフロ)

日本での初めて報じられたのはちょうど1年前

この年末年始、いつもの新年とは過ごし方が違うという人も多いだろう。例年なら実家に帰省したり、友人と出かけて年を越したりするところだが、コロナ禍の今年は事情が違う。東京都の感染者が1000人に迫る勢いで、例年なら当たり前の終夜運転は軒並み中止。同居人以外との年越しが難しくなっている。

昨年の今頃には予想だにしなかった2020年末の光景。この1年のコロナ禍を、飲食の現場にまつわる事象や聞いた声を中心に振り返りたい。

2020年1月の時点では他人事だった。国内の報道では2019年12月31日、共同通信の「中国で原因不明の肺炎患者相次ぐ 武漢で27人発症、政府が調査」というベタ記事だった。その後、みるみるうちに武漢で感染拡大――。この時点で、大半の日本人にとってCOVID-19は対岸の火事だった。

しかしこの時点で、2002~2003年にかけてSARSを経験していた香港や台湾などは即時対応していた。香港は1月4日の時点で武漢での発症者増加を受け、感染症への警戒レベルを3段階のうち第2段階まで上げ、武漢からの航空機や高速鉄道での乗客の体温測定などを強化した。

台湾に至っては、日本で報じられた2019年12月31日の時点で、武漢からの直行便の検疫を強化。年明けの1月6日までに10便の乗客乗員合計867人の検疫を実施。8人に発熱などの症状があったため、経過観察とした(一方日本では、それから1年経った2020年12月「パイロットだから」という理由で検疫が免除された男性が変異種に感染していたことが確認されたという。なぜこんなにもゆるいのか)

2月に入ると、もはや対岸の火事では済まされなくなった。中国の正月「春節」台湾などが中国との往来を閉めたのに対して、中国の総主席、習近平の来日前という思惑が優先されたのか、単に危機感が欠如していたか、インバウンド消費を惜しんだか――。理由はともかく、春節で来日する中国人観光客を止めなかった。

むしろ中国当局が新型コロナウイルスの感染拡大によって、広範囲に移動制限をかけたことでインバウンドは減った。

中国人観光客にも人気のラーメン店「麺屋武蔵」の代表、矢都木二郎氏は当時をこんなふうに振り返る。

「春節は目に見えて外国のお客様が増えるんですが、2020年の春節にお見えになった外国人観光客は例年の半分以下。スタッフとも『海外のお客様の来店が落ちている』という話をしていました」

ちなみに筆者自身も2月末、Yahoo!本社で「究極の牛丼を作ろう」という実食イベントを行った。その後も定期的に開催しようというプランだったが、3月以降人を集めるようなイベントの開催は難しくなり、現在まで開催できないままとなっている。

町と店から人が消えた3月末

3月後半になると、1日の都内での陽性者数が数十名へと増え、飲食店からは急速に人が減っていった。「とりわけ効いたのが、3月30日の小池都知事の会見でした」(渋谷区・バー店主)

その会見で小池都知事は「バー、ナイトクラブ、酒場など接客を伴う飲食業の場で感染したと疑われる事例が、多発している」とコメント。「接待を伴う」ではなく「接客を伴う飲食業」という新しい日本語を繰り出した。まっとうなバーまでも巻き込み、すべての飲食店から客が消えた。

バーや居酒屋……。特措法対象外の業態に、自粛要請はかかるのか

https://news.yahoo.co.jp/byline/matsuuratatsuya/20200409-00172300/

4月7日、東京、千葉、埼玉、神奈川、大阪、兵庫、福岡の7都府県に対して緊急事態宣言が発出。当初5月6日までとされたが、その後5月31日まで延長に。各自治体が設定した営業時間の短縮などに応じた飲食店に「感染拡大防止協力金」として1店舗50万円、2店以上のチェーンには最大100万円が支払われることになったが、この頃から、飲食店のシャッターが閉まり始める。

3月25日にビアレストランの草分け的な「レバンテ」、4月20日には歌舞伎座前で役者に愛された木挽町辨松がのれんを下げた。吉祥寺で30年以上愛された「芙蓉亭」も4月11日には「感覚的に怖さを感じて」5月6日の閉店を決断。なかには2019年秋にオープンしたものの、コロナ禍の先行き不透明感を嫌って4月末、開店数か月で畳んだ店もある。

「店を開けても客は来ないし、通りにも人はいない。状況の悪いなか、固定の店舗を持ち続けることに体力を使うよりも、いったん撤退して時勢のいいときに世の中に合った業態で再度トライしようと考えました」(台東区・元焼肉店店主)

4~5月の緊急事態宣言下での飲食店はさまざまな模索を繰り返した。ミシュランの星つきレストランでも扉を閉ざす店、テイクアウトに注力する店、営業時間を変更する店など営業方針は大きく分かれた。

さらに薄利なカジュアルな店舗ではテイクアウト+営業時間の変更など、より複雑なオペレーションを求められるようになった。

テイクアウトや取り寄せも、弁当形式やレトルト、冷凍まで、さまざまな活路が模索され、豚しゃぶの「豚組しゃぶ庵」(六本木)とカレーの「サンラサー」(東新宿)のようなコラボデリバリーや、予約の取れない名店の店主も「素材がダブついてるみたいなんで、こういうときにお役に立たないと」と精肉店からあまり気味の肉を仕入れてはカレーやミートソースに仕立てて、自らハンドルを握って客先に届けていた。

緊急事態宣言解除後の閉店と出店

もっとも緊急事態宣言解除後も、飲食店の閉店は続いた。6月11には餃子の老舗「スヰートポーヅ」、6月26日には老舗洋食店「キッチン南海」と神保町の名物店が続けざまに閉店。この他にも老舗を含む、多くの店が閉店を余儀なくされた。

それでも、6~7月は少しずつ飲食店に客足は戻ってきていた。予約の取れない名店は手指消毒と店によっては検温を徹底し、早々に通常に近い営業を取り戻し始めていた。店も客も一定の慎重さと距離を保ちながら、マスク越しのちょっとくぐもった声でのコミュニケーションに慣れ始めていた。

この時期はオープンできなかった新店、新施設もここぞとばかりに開店ラッシュとなった。

虎ノ門ヒルズビジネスタワーに予約の取れない店の別業態店がずらりと軒を連ねる「虎の門横丁」や、広尾の新施設EAT PLAY WORKS内に気鋭店の新しい業態店を集めた「THE RESTAURANT」など意欲的な複合型の飲食モールが続々デビュー。どちらの施設も誘致した店舗の凄まじい充実ぶり。他の飲食店も、上半期の損失を取り戻すべく発奮し、じわじわと飲食店に客が戻ってきていた。

ところが、この国のおエラい方々は科学に基づいた基準を採用しないまま、特定の業界の要望を聞き入れ、程度もわからないまま蛇口をガバガバに開けてしまう。

「Go To」がもたらした空気の弛緩

「Go To」キャンペーンのスタートである。個人的にはGo Toキャンペーンは旅行促進という施策より、コスパ目当ての衛生意識の低い人たちに刺さるような施策で、「弛緩した雰囲気」を作り出したことが最悪だった。

人の移動を伴ったからといって、すぐさま感染拡大につながるとは限らないあ、「安全と経済」のバランスを取りながら徐々に蛇口をゆるめればいいものを開けるときだけ一気、閉めるときは逐次対応。結果、現在のような惨状を生んでいる。

僕が見る限り「おトクだから」とクーポンを積極的に使う人の衛生意識は決して高くなかった。

「コスパ」と「衛生」は相性が悪い。目に見えない安全・安心にはコストがかかる。衛生面を十分担保しようとするほどに「コスパ」は悪くなる。

逆説的な話にもなるが、僕個人としてはコスパコスパうるさい人で衛生対策を徹底している人を見たことがない。店頭にアルコールがあっても、こまめに使うわけでなく、店頭のアルコールが切れていようものなら何もしない(自前のアルコールなど持っていない)人が多いように見える。

そう。「Go To」は公衆衛生意識の低い人が一定数いることを可視化してしまった。「Go Toキャンペーンの予算は限られている」とか感染拡大で「キャンペーンが終わるかもしれない」といった理由で駆け込み購入する。感染拡大と経済を両立という問題ではなく、本末転倒でしかない。本来、旅行しないであろう人まで旅をさせる。それは今年である必要があったのか。

人はできれば、「感染拡大防止」に一役買いたい生き物だと思う(思いたい)。しかし「Go To」商品を求めた人は、その商品を買った自分を肯定したいが、感染拡大防止のため、中止となるということは「Go To」自体が反社会的なもののような位置づけになってしまう。それがストレスになって、「感染拡大防止」から目をそむけてしまう側面があるのではないか。

(ちなみに)自己愛人格傾向についての素因 – ストレスモデルによる検討

https://www.jstage.jst.go.jp/article/personality/17/1/17_1_29/_pdf/-char/ja

「Go To」がよくなかったのは移動を推進すること自体ではなく、「危機感へのスルー力」や「弛緩した空気の醸成」を進めてしまったことなのではないか。

結果、秋以降の感染拡大にも関わらず、衛生意識の高くない人が旅行や食事に出かけてしまう。直接「Go To」を使うかは別として、弛緩した空気を感じ取った若者が出かける町を中心に繁華街は賑わい、感染拡大に歯止めがかからない状況が続いている。ちなみに東京都内での年代別の10万人あたり感染者数は20代がダントツ。続いて30代、40代と続く。

https://www.tokyo-np.co.jp/article/74290

小池百合子都知事に「年末年始の楽しみは、今回は諦めてください。会食は感染拡大リスクが高まる。絶対になしです」と言われる前にできることはまだあるはずだ。僕自身、20年以上続けてきた中学からの友人一家との年越しも今年は中止となった。

大晦日か元旦かはわからないが、早晩東京都の陽性者も1000人に届くだろう。まず個人ができることを徹底する。団体競技の世界のイチローだって王貞治さんだって「まずは個人ありき」と言っている。(https://smart-flash.jp/sports/65405

ちなみに僕が心がけている対策は以下の通り。気休めもコンタミしていますが、だいたい20項目くらいでしょうか。職業柄、一定の頻度で外食する以上、この程度には慎重を期しています。みなさまどうかご安全に。

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編集者、ライター、フードアクティビスト

東京都武蔵野市生まれ。食専門誌から新聞、雑誌、Webなどで「調理の仕組みと科学」「大衆食文化」「食から見た地方論/メディア論」などをテーマに広く執筆・編集業務に携わる。テレビ、ラジオで食トレンドやニュースの解説なども。新刊は『教養としての「焼肉」大全』(扶桑社)。他『大人の肉ドリル』『新しい卵ドリル』(マガジンハウス)ほか。共著のレストラン年鑑『東京最高のレストラン』(ぴあ)審査員、『マンガ大賞』の選考員もつとめる。経営者や政治家、アーティストなど多様な分野のコンテンツを手がけ、近年は「生産者と消費者の分断」、「高齢者の食事情」などにも関心を向ける。日本BBQ協会公認BBQ上級インストラクター

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