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スキのない令和の王者・豊島将之名人(29)竜王戦第5局を逆転で制し史上4人目の竜王・名人同時制覇達成

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 12月6日、7日。島根県津和野町、藩校養老館において竜王戦七番勝負第5局▲豊島将之名人(29歳)-△広瀬章人竜王(32歳)戦がおこなわれました。6日9時に始まった対局は7日19時56分に終局。結果は143手で豊島名人の勝ちとなりました。

 七番勝負はこれで挑戦者・豊島名人の4勝1敗。

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 豊島名人は竜王位を獲得して、史上4人目の竜王・名人同時制覇を達成しました。

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豊島名人、桂捨ての鬼手から逆転で栄光

 竜王戦第5局2日目朝。開封された55手目、豊島名人の封じ手は、大方の予想通り歩を取る手でした。

 豊島名人が序盤に腰掛けた(5六の地点に出た)銀は、前に出たり、後ろに引いたりと、玄妙な動きです。互いに角を手駒にしたまま、難しい駆け引きが続きました。

 昼食休憩の段階では、駒割は桂と歩4枚の交換でした。広瀬竜王は桂を手にする一方で、豊島名人は歩をたくさん持ち、相手陣を乱しています。微妙にバランスが取れた、力のこもった中盤戦が続いていましたが、このあたりでは、豊島名人は「失敗した」と思っていたそうです。

 昼食休憩後、千日手の順が現れました。先手番ながら、形勢やや不利を自認している豊島名人からすれば千日手やむなしというところです。一方で広瀬竜王は「少しやれている」と感じていたので、千日手の順を選びませんでした。

 自陣にと金(成り歩)を作られた豊島名人は、飛車を切って攻めに行きます。このあたりから形勢ははっきり、広瀬竜王に傾いていきました。

 先に飛車を捨てた豊島名人は、今度は広瀬竜王の飛車を追います。広瀬竜王の次の手が難しいと思われた82手目。広瀬竜王は自身の飛車取りを放置して、ぐいっと腰掛銀を五段目に進めました。広瀬竜王の正確な終盤力が、またもや発揮された場面といえるでしょう。

 豊島名人は飛車を取り返したものの、その間に、自玉が寄せ形に追い込まれました。結果的には、何度も上下した両者の腰掛銀が盤面から消えた時には、広瀬竜王がはっきり優勢となりました。

 津和野は食事もお菓子も美味しいと局後に述べていた豊島名人。しかし15時に出された津和野のお菓子「栗御門」には手をつけず、こんこんと考え続けます。

「2日目のおやつは局面が切迫していたので食べられませんでした」

 局後の記者会見で地元メディアから質問された際に豊島名人はそう答えていました。

 苦しくなったと思われたところで、豊島名人は相手の歩頭に王手で桂を跳ね出す鬼手を見せました。歩で取らせることによって、遊んでいる角を王手で引き戻し、さらには桂がいなくなって空いたスペースに使うことができます。

 残り時間は豊島名人13分に対して、広瀬竜王1時間13分。形勢も時間も、広瀬竜王に余裕がありました。しかしここからどちらも差が詰まっていきます。

「ちょっとわからなくなってしまった」

 局後に広瀬竜王はそう振り返っています。

 角の王手に対して、広瀬竜王は銀と桂、どちらの駒を打って合駒(あいごま)とするか。広瀬竜王はもらったばかりの桂を選びました。厳密にはわずかに銀が優った可能性がありますが、難しいところです。

「先手玉(豊島名人の玉)が妙に粘っこいのでわからなかった」

 広瀬竜王はそう振り返っています。正確無比の終盤力で知られる広瀬竜王であっても、読みきれないほどに複雑な局面をキープした豊島名人のあきらめない姿勢が、逆転を呼び込むことになりました。

 広瀬竜王は豊島玉に迫ります。観戦者のみならず、時間切迫で指し進める両対局者も読みきれないまま、きわどい終盤戦を迎えました。そして豊島玉はなかなか明快な詰みがありません。

 どちらが勝っているのかわからない。勝敗不明の手に汗握る最終盤の戦い。広瀬竜王は厳しい王手を続けていきます。しかし豊島名人はきわどく正確にしのぎ続けました。

 広瀬竜王の追及がついに途切れる時が来ました。満を持して、豊島名人は広瀬玉に迫ります。

 広瀬玉に銀で王手をかけて、豊島名人は勝ちを意識したそうです。

「将棋は逆転のゲーム」

 とはよく言われる言葉です。本局もまた、将棋の怖さを思い知らされるような、逆転劇でした。

 最後は豊島名人が広瀬竜王の玉を詰ませて、大熱戦に終止符を打ちました。

「自分がここまでやれるとは思いませんでした」

 誰もが認める大器でありながら、なかなかタイトル獲得までが遠かった豊島新竜王。これで名人位とともに竜王位を併せ持ち、名実ともに将棋界の頂点をきわめました。

 竜王、名人をいずれも獲得した棋士は、羽生善治九段、谷川浩司九段、佐藤康光九段、森内俊之九段に続いて史上5人目です。

 また竜王、名人を同時に保持したのは羽生九段、谷川九段、森内九段に続いて、史上4人目となります。

「最後の最後で勝ちきれなかった」

「中盤から終盤でこちらからミスしてまったことが多かった」

 という広瀬前竜王。これで無冠となりましたが、これから始まる王将戦七番勝負では渡辺明王将(35)への挑戦権を獲得し、すぐに無冠返上の機会が用意されています。また棋王戦、名人戦でも挑戦者となる可能性は大きく残されています。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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