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メッシにも補てん、バルサも利用の反解雇策は雇用を救うか? 新型コロナ、今回はスペインに学べるかも

木村浩嗣在スペイン・ジャーナリスト
慈善活動に熱心なメッシはコロナ禍でも1億円以上を寄付(写真は小児がん撲滅運動で)(写真:ロイター/アフロ)

4月15日・全土封鎖33日目・午前11時半現在

感染者数:17万7633人(前日比5092人増)

死者:1万8579人(前日比523人増)

※数字はいずれも公式発表

「全土封鎖」は経済を破壊する。

昨日(14日)国際通貨基金(IMF)が発表したところによると、今年のスペインは8%のマイナス成長の見込み。これは市民戦争で全土が焦土化した1940年代以来、最悪の数字だ。政府はコロナ禍の経済対策費としてGDPの約20%、2000億ユーロ、日本円にしてざっと23兆6000億円というとんでもない額を計上しているが、それでいてこれなのだ(ちなみに、やはりGDPの2割を経済対策費とした日本もIMFによると5.2%のマイナス成長の予測)。

今回は「都市封鎖」で次々と起こる12のことの9番目、失業者救済スタートについて、書こう。

両国の経済対策を比べると、いろいろ似ているのだが違うところもある。

例えば、日本には“メッシが70%減俸してバルサの財政危機を救った”などと伝わっているERTE(一時的雇用調整)がある。これは日本の雇用調整助成金の特例によく似ている。

目的は同じ。ともにコロナ禍で悪化した事業の雇用を保護するためのものなのだが、やり方が違う。

最大の違いは、事業者の負担の有無だ。

スペインは解雇禁止。失業保険が給料

スペインはまず非常事態宣言下での解雇を禁止した。で、雇用調整のツールとしてERTEを提供した。

ERTEというのは雇用関係を維持したまま、社員が失業保険(給料の7割が目安)を受け取れる制度。これにより、事業者は社員の給料を払う必要はなくなり、全額が国の負担になる。その代わりに、非常事態宣言が終了すれば事業者には“再雇用”をする義務がある(雇用関係は維持されるので、再雇用という言い方は変だが)。

一方、日本の場合はあくまで助成なので事業者の負担が必要になる。休業期間中の休業手当(給料の6割以上)の最大9割が国の負担で、最低1割は事業者が財布から出さなければならない(最も助成が手厚い、中小企業で再雇用の条件付きの場合)。

東京のタクシー会社が全乗務員を解雇したニュースがあったが、あの会社が描いた“コロナ禍中は休業手当を出さずに失業保険に肩代わりしてもらい、コロナ禍後に再雇用”というシナリオが、このERTEであれば合法的に成立するわけだ。

メッシへの国庫補てん額はいくら?

例えば、ERTEはFCバルセロナのメッシにはこう適用される。

メッシの月給は約830万ユーロ(『レ・キップ』紙による)。今回フロントと年俸70%ダウンで合意したので、満額830万ユーロの3割、249万ユーロをクラブが負担。「残り7割を失業保険が負担」と言いたいところだが、そんなことをしたらスペインの財政が破たんする。

失業保険には当然上限がある。

メッシの場合は子供が3人いるので最高額の1400ユーロが適用され、その1400の7割、980ユーロが国庫負担分となる。結果メッシの月給は減額後ですら、約2億9394万円と算出できる。

以上の計算は、バルサがメッシの報酬の3割を負担するのが前提だが、一般企業の場合は全額を失業保険が負担する形にするのが普通だ。ちなみに、もし全額国庫負担ならメッシの月給は1400ユーロ(約16万5000円)で即、移籍だろう。

確かに、国庫負担は微々たるものである。

が、世界一の売上高を誇るスポーツクラブ(18-19シーズン、8億4000万ユーロ。『フットボール・マネー・リーグ』より)が、この非常事態に国のお世話にならないと経営を維持できない、メッシの月給にも公金の補てんが入る、というのは感情的には受け入れ難いものがある。バルサだけでなく、同じくERTEを受け入れたアトレティコ・マドリー、セビージャらも同罪である。

あのタクシー会社も合法。が再雇用は??

さて、雇用確保を最優先したこのERTE、事業者にとっては都合の良い制度に見える。

なにせ、例のタクシー会社のように“コロナ禍中は休業手当を出さずに失業保険に肩代わりしてもらい、コロナ禍後に再雇用”というシナリオが描けるのだから。

だが、その事業者の方から「解雇の自由を侵した」と批判の声が上がっている。

根本的な問題は、非常事態宣言解除後の景気回復がV字とは限らないことだ。“じゃあ、今から再雇用してね”と言われても消費が戻って来ないことには、給料の支払いが滞るのは目に見えている。

しかも、肝心の事業者への支援は十分とは言えず、税金や社会保険料、事業所の家賃の支払い猶予や無担保の融資という、いずれ返済すべき性格のものに留まっている。非常事態宣言中に解雇禁止でも解除された途端に解雇では、ERTEは解雇の先延ばし策に過ぎないではないか。

スピード感が大事なコロナ禍でまず労働者は守った。次は事業者だ。走りながら考えている感の強い政府の次の一手に注目したい。

(過去の記事はここ、1回目:12のこと2回目:封鎖の遅れ3回目:大移動が招く感染4回目:医療崩壊5回目:データ不信6回目:報道の大本営化7回目: 高まる同調圧力

(次回に続く)

在スペイン・ジャーナリスト

編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟のコーチライセンスを取得し少年チームを指導。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペイン・セビージャに拠点を移し特派員兼編集長に。15年7月編集長を辞しスペインサッカーを追いつつ、セビージャ市王者となった少年チームを率いる。サラマンカ大学映像コミュニケーション学部に聴講生として5年間在籍。趣味は映画(スペイン映画数百本鑑賞済み)、踊り(セビジャーナス)、おしゃべり、料理を通して人と深くつき合うこと。スペインのシッチェス映画祭とサン・セバスティアン映画祭を毎年取材

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