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新型コロナ、「都市封鎖」で起こる12のこと。1:非常事態宣言の遅れ……スペインに学ぶな!

木村浩嗣在スペイン・ジャーナリスト
そもそも6日の感染者365人という数字が誤りだった、という指摘もあるが……(写真:ロイター/アフロ)

目が覚めると、スペインは感染者数でイタリアを上回り世界2位になっていた。

4月3日午前11時半現在

感染者数:11万7710人(前日比7472人増)

死者:1万935人(前日比935人増)

※数字はいずれも公式発表。

私の昨日の記事の数字から計算すると、増加数はそれぞれ上記の倍近いが、それは昨日の午前11時点では、まだアップデートが十分でなかったから。この数字が最終的なものだ。

以下、本論に入る前に本日の感想を少々。

今日も晴れているが肌寒い。シェラネバダ山脈には新たな積雪があったようだ。

個人的なことになるが、昨夜、同居人を寒気が襲い今朝は回復したが、今度は私に軽い寒気。彼女が慌てて体温計を買いに走った。これを書けるくらいだから酷くなく風邪だと思うが……。いずれにせよ、このくらいなら自宅待機で検査もされないので感染しているかどうかはわからない。

さて、前回挙げた、「都市封鎖」で次々と起こる12のことを掘り下げたい。

1:遅れた非常事態宣言 

スペイン政府が非常事態宣言を出すのが、「少なくとも1週間遅かった」と言われ始めている。確かに3月13日ではなく6日に出していたら被害はここまで大きくならなかった。7日、8日の週末には数十万人を動員するリーガエスパニョーラは普通に行われていたし、日曜には、世界女性デーを記念したやはり数十万人(マドリッドだけで12万人)を動員するデモが行われた。巨大な集団感染源が生まれたことは間違いない。

だが、だ。

6日の段階では感染者数はわずか365人だったのだ。スペイン全土で今の東京の半分以下である。

判断を誤らせる感染爆発のスピード感

これであなたは非常事態宣言を出せるか? 全土封鎖できるか?

私ならできていない。未来の悲劇を見通すタイムマシーンを持っていれば別だが。

ご存知のように、コロナウイルスは爆発的に感染拡大する。

6日の365が9日には999になり、12日には2950になった。つまり3日間で約3倍のペースで増えた。感染爆発だ。慌てて13日に非常事態宣言を出し14日に発効したのだが、手遅れだった。

8日のデモを中止するよう、専門家から進言を受けていたが政府は強行した、とされる。それ自体には政府の落ち度はない。のちに感染爆発が起きて初めて「あの時中止しておけば……」となる。つまり、結果からさかのぼって裁かれるわけで、サッカージャーナリズム界における「後出しじゃんけんの監督采配批判」と同じで気分は良くないが、そういうものなのだ。

映画『ジョーズ』にみる政治家と科学者

映画『ジョーズ』を思い出してほしい。

海洋学者が巨大なホオジロザメの存在を警告するが、市長は観光業へのダメージを恐れてビーチを閉鎖しない。それがのちの惨事を招くことになる。

政治家が専門家の意見に耳を貸さず、犠牲者が拡大する――だいたいのパニック映画はこういう構造になっていて、人命よりも金を優先する政治家は常に悪者である。

だが、もしジョーズがどっかへ行って何も起きなかったら、あの市長の政治判断は素晴らしかったことになる。反対に、ビーチを封鎖したが何も起きなかったとしたら、地元の観光業者の突き上げは必至。たぶん次の選挙で落選だろう。

日本では安倍首相が専門家会議の進言にもかかわらず、緊急事態宣言を出していないが、それ自体はミスではない。のちに感染爆発が起こって大失策となる。仮に、宣言を出さぬまま、経済にも教育にもダメージ無いままコロナを抑えきれば、「日本を救った判断」と絶賛されるだろう。

なぜ政治の判断は科学より遅いのか?

そもそも政治家の判断は、専門家の判断よりも常に遅れるものだ。

ジョーズの被害を最小限に抑えることしか頭にない海洋学者は、ビーチ封鎖という最善策を進言する。爆発的に感染するコロナウイルスを最も効果的に抑えるには都市封鎖しかなく、それも早ければ早いほど良い。感染医としては当然の判断だ。

当然ながら彼らはお金のことなんか考えない。それで良いのだ。科学者なんだから。科学に基づいて科学的判断をするのが、科学的態度というものである。

政治家は違う。

科学者の意見だけでは判断しない。感染のダメージと封鎖のダメージとを天秤にかける。

“今封鎖するとせっかく回復しかけたスペイン経済が不況に転じかねないし、世界女性デーで女性を尊重する政権(閣僚22人中11人が女性)というアピールもしたい。感染者数365人か……。まだ大丈夫だろう”となる。

で、実際は全然大丈夫でなく国家に甚大なダメージを与え、コロナ禍後には退陣は必至となった。

それも政治家の運命というものだ。

次回に続く

在スペイン・ジャーナリスト

編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟のコーチライセンスを取得し少年チームを指導。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペイン・セビージャに拠点を移し特派員兼編集長に。15年7月編集長を辞しスペインサッカーを追いつつ、セビージャ市王者となった少年チームを率いる。サラマンカ大学映像コミュニケーション学部に聴講生として5年間在籍。趣味は映画(スペイン映画数百本鑑賞済み)、踊り(セビジャーナス)、おしゃべり、料理を通して人と深くつき合うこと。スペインのシッチェス映画祭とサン・セバスティアン映画祭を毎年取材

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