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「ヒモムシ」の脅威、世界遺産「小笠原」の生態系が危ない

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:Naho Yoshizawaアフロ)

 よく生物の授業などで「プラナリア」を使う。プラナリアは水中にいる体長2センチほどの細長い生物で、身体を半分に切ってもそれぞれの失った部分が再生されることでも知られている。また、頭部には原始的な小さな目(一対、または複眼)がある。

 このプラナリア、日本名ではウズムシ(ナミウズムシ、Dugesia japonica、など)と言う。また、プラナリアを含む扁形動物門(Platyhelminthes)でヒモ状になった生物を総称して「ヒモムシ」(コウガイビルなどの渦虫綱、住血吸虫などの吸虫綱、サナダムシなどの条虫綱など、左右対称の体腔のない無体腔動物)とも呼ぶ。

凶悪で悪食な陸生ヒモムシ

 プラナリアは水の中にいるが、陸生のヒモムシ類もいる。長さ1メートルにもなるコウガイビルは、肉食で頭部がハンマーヘッドシャーク(シュモクザメ)のようになっていてナメクジやカタツムリ、ミミズなどを補食するハンターだ(※1)。頭部から大量の消化液を放出し、獲物を溶かしつつ食べる。

 ヒモムシ類はその貪欲な食性により、生態系に大きな影響を与えることでも知られ、固有種のカタツムリや陸生貝類(ハワイ諸島や小笠原など)やミミズ(北アイルランドなど)が全滅の危機にさらされたりする。特に、東京都の小笠原諸島には貴重なカタツムリの固有種が多かった(103種)が、外来のニューギニアヤリガタリクウムズシ(Platydemus manokwari)が持ち込まれた結果、カタツムリが補食されて激減している(※2)。

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小笠原諸島のカタツムリが絶滅の危機に瀕しているのはニューギニアヤリガタリクウムズシが持ち込まれたためだ。この陸生プラナリアが入り込んだハワイ諸島、沖縄などでは深刻な被害が生じている。また、カタツムリに限らずミミズや他のヒモムシ類、それらの死骸までも貪欲に食べる。撮影:杉浦慎治

 これまで陸生のヒモムシ類は、ナメクジやカタツムリ、他のヒモムシなど、軟体動物だけを食べるとされてきた(※3)。だが、ワラジムシ(Porcellio scaber、isopod)という甲殻類に近い動物もまれに補食するという観察も報告されている(※4)。海岸で見かけるフナムシや不思議な生態で有名なダイオウグソクムシもワラジムシの仲間であり、広義にはダンゴムシもワラジムシ類に入れたりする。

外来種によって脅かされる小笠原

 ところで前述したように「東洋のガラパゴス」とも言われ、ユネスコの世界自然遺産(2011年から)にも登録されている小笠原諸島の固有種が、外来生物によって激減し、絶滅の危機に瀕している。それまで生態系に大きな地位を占めてきた種が少なくなれば、小笠原諸島全体の生態系にも大きな影響を与えるのは想像に難くない。

 東北大学大学院生命科学研究科と日本森林技術協会、自然環境研究センターの研究チームが、小笠原諸島の生態系で重要な役割を果たしているワラジムシ類やヨコエビ類など土壌生物の激減の理由を明らかにした、と英国の科学雑誌『nature』の「Scientific Reports」に発表した(※5)。本来ならその役割を演じるミミズのいない小笠原諸島では、森林地帯の落ち葉を分解し、土壌の安定などにとってこれらの生物はなくてはならない存在だ。

 これら陸生の甲殻類は小笠原諸島の父島と母島で全生物の6割を占めていたが、1980年代頃から減少し始め、父島ではほとんど姿を消し、母島でも激減しつつある。その原因は長く外来生物のオオヒキガエルが「主犯」ではないか、と疑われていたが、今回の研究により実は前述した陸生のヒモムシによるものであることがわかった。

昆虫まで補食するヒモムシ

 このヒモムシは「オガサワラリクヒモムシ(Geonemertes pelaensis)」で、熱帯や亜熱帯地域に広く生息し、日本では大東諸島や沖縄、そして小笠原で観察されている。小笠原のヒモムシはすでに江戸時代に観察されているが(※6)、前述の研究チームは、遺伝子解析の結果、今回のヒモムシはこれとは違い、1980年代初めに父島へ、さらに1990年代半ばに母島へ持ち込まれたヒモムシだろうと推測している。

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ワラジムシの一種を捕食するオガサワラリクヒモムシ。左が捕食を始めた様子で右が食事の終了時。ワラジムシの体液を吸い取っている。via:東北大学のリリースより。撮影:篠部将太朗

 それまでいたヒモムシはワラジムシなどの節足動物は食べないことが観察されているが(※7)、種類によって捕食対象が大きく違うことがわかる。今回のヒモムシは、ワラジムシやヨコエビなどに加え、クモや昆虫なども食べるようだ。また、捕食する際には獲物に近づき、毒針のついた銛のような器官を口から発射し、獲物に打ち込んで殺してからゆっくりと食べるという、まるでイモガイ(猛毒の巻き貝)のような捕食行動をする。

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昆虫のハゴロモ(カメムシの一種。幼生が奇妙な姿をしている)を捕食するオガサワラリクヒモムシ。via:東北大学のリリースより。撮影:森英章

 その凶悪な貪欲ぶりはすさまじく、小笠原諸島での調査によれば、このヒモムシが入り込んだ地域では、ワラジムシやヨコエビの仲間がほぼ全滅させられているらしい。研究チームによれば、外来の陸生ヒモムシがこれほど生態系に大きな影響を与えたことが判明したのは世界で初めて、とのことだ。

※1:Robert E. Ogren, "Predation behaviour of land planarians." Hydrobiologia, Vol.305, Issue.1-3, 105-111, June, 1995

※2:Shinji Sugiura, "Seasonal fluctuation of invasive flatworm predation pressure on land snails: Implications for the range expansion and impacts of invasive species." Biological Conservation, Vol.142, Issue.12, 3013-3019, Dec, 2009

※2:環境省「小笠原に持ち込まれた生きものたち:プラナリア類」

※3:J. Gerlach, "The behaviour and captive maintenance of the terrestrial nemertine (Geonemertes pelaensis)." Journal of Zoology, Vol.246, Issue.2, 233-237, October, 1998

※4:Shinji Sugiura, "Prey preference and gregarious attacks by the invasive flatworm Platydemus manokwari." Biological Invasions, Vol.12, Issue.6, 1499-1507, June, 2010

※5:Shotaro Shinobe, Shota Uchida, Hideaki Mori, Isamu Okochi, Satoshi Chiba, "Declining soil Crustacea in a World Heritage Site caused by land nemertean." Sientific Reports, 7, DOI(10.1038/s41598-017-12653-4)

※6:Iwashiro Oki, et al., "The Karyotype and a New Locality for the Land Memertine'Geonemertes Pelaensis Semper', 1863." Bull, Fuji Women's College, No.25, Ser.II, 67-77, 1987

※7:J. Gerlach, "The behaviour and captive maintenance of the terrestrial nemertine (Geonemertes pelaensis)." Journal of Zoology, Vol.246, Issue.2, 233-237, October, 1998

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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