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「中国に圧力をかけ続ける」バイデン氏 研究所流出説を排除していない米コロナ起源報告書が意味するもの

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
報告書公表に際し、「中国に圧力をかけ続ける」と訴えたバイデン大統領。(写真:ロイター/アフロ)

 バイデン大統領の指示の下、新型コロナウイルスの起源について90日間をかけて行われた追加調査の報告書を、米情報長官室が27日、公表した。

 結果的にこの報告書は、米ワシントンポストが2人の政府高官からの情報として事前に報じていた通り、新型コロナが自然由来か研究所流出か確定的な結論に至っていない。結論を出すのに十分な情報が得られていないという理由からだ。

自然発生説は低い信頼度

 報告書は、新型コロナの起源について以下のように評価している。

・最初の新型コロナウイルスのクラスターは2019年12月に武漢で起きたが、新型コロナウイルスは、遅くとも2019年11月に起きた最初の小規模な曝露によりヒトに感染した。

・新型コロナは生物兵器として開発されなかったと判断している。

・多くの情報機関が新型コロナが遺伝子操作された可能性は低いとし、2つの情報機関は遺伝子操作かを判断するには十分な証拠がないとしている。中国高官は、最初の感染が起きるまで、新型コロナについては把握していなかったとしている。

・情報機関は、起源について見方が2つにわかれたものの、すべての情報機関は、動物由来の自然発生説と研究所での事故説という2つの仮説はどちらもありうるとしている。

・4つの情報機関と国家情報会議は、最初の新型コロナ感染は新型コロナに感染した動物か新型コロナに近いウイルス(99%以上、新型コロナに類似しているウイルス)に自然曝露したことにより起きた可能性が最も高いと、低い信頼度で評価している。このように分析したアナリストは、中国高官が、最初の感染が起きるまで、新型コロナについて把握していなかったことに重きを置いている。

・1つの情報機関は、最初のヒトへの感染は、武漢ウイルス研究所での実験や動物の取り扱い、標本抽出時など実験室関連の事故の結果起きた可能性が最も高いと、中程度の信頼度で評価している。

・3つの情報機関のアナリストの中には自然発生説を支持する者もいれば、研究所流出説を支持する者、2つの仮説は同じくらい可能性があると考える者もいて、追加情報がないことには意見をまとめることが難しいとしている。

・情報機関の見解が異なるのは、情報機関によって報告書や科学出版物、情報や科学的ギャップの重視の仕方が異なることに起因するところが大きいとしている。

・情報機関は、動物との自然接触による感染なのか、あるいは、武漢研究所が新型コロナか新型コロナ出現前に新型コロナに近いウイルスを取り扱っていたことで感染が起きたのか、感染経路を特定するための新情報がない限り、より決定的な説明をすることができないとしている。

・情報機関は、初期の感染例の臨床サンプルも疫学的データも得られていない。ロケーションや職業上の曝露であることが確認できる初期の感染例の情報が得られれば、仮説についての評価が変わる可能性もある。

・コロナの起源を判断するには、中国の協力が必要になるが、中国政府は、世界的調査を妨げ続けており、情報をシェアせず、アメリカを含む他国を非難している。これらのアクションは、幾分、国際社会がこの問題を中国に政治的圧力をかけるために利用しているという中国の苛立ちはもちろん、中国政府が調査の行き着く先をわかっていないことも反映している。

 つまり、情報機関は、今回の追加調査では結論に至ることはできなかったものの、初期の感染例の情報が得られれば評価が変わる可能性があり、そのためには中国側の協力が必要になるが、政治利用されていると感じている中国が調査の妨害をしていることに問題を見出しているのである。

中国に圧力をかけ続ける

 バイデン大統領はこの報告書に関する声明文の中で、中国側が情報を出さないことを批判している。

「パンデミックの起源に関する重要情報は中国にある。しかし、当初から、中国の政府高官たちは国際的な調査員や世界の公衆衛生コミュニティーのメンバーがその情報にアクセスするのを妨げてきた。パンデミックによる死者数が増え続けているのに、今日まで、中国は透明性を求める呼びかけを拒否し続け、情報を出していない」

 さらにバイデン大統領は、情報を提供するよう中国に圧力をかけ続けると強気の姿勢を見せた。

「アメリカは同じ考えを持つ世界の友好国と、中国が情報をシェアし、WHO(世界保健機関)のフェイズ2のエビエンスベースで、エキスパート主導の新型コロナの起源調査に協力するよう圧力をかけ続ける。パンデミックの初期情報やデータの提供、生物学的安全関連のプロトコール、動物集団の情報を含めて、科学的規範やスタンダードを守るよう中国に圧力をかけ続ける。この世界的悲劇について完全で透明性ある説明が必要だ。それ以下は受け入れられない」

評価は変わる可能性がある

 結論には至らなかったが、この報告書の評価は何を意味するのか?

 WHO顧問のジェイミー・メツル氏は「報告書とバイデン氏の声明はスタート地点だ。このスタート地点から前に進むためのアクションプランを作る時が来た。不明瞭するという中国の戦略に、本格的アクションに入るための明確な枠組みをすぐに作り、対抗しなければならない」とこれからが本格的な調査になるという見方を示している。

 また、米紙ニューヨークタイムズは「調査が行われる前は、2つの情報機関しか自然発生説を支持していなかった。しかし、この報告書では、自然発生説を支持する情報カウンシルと情報機関はそれに低い信頼度しか持っていない。これは情報機関の判断が強いものではなく、評価が変わる可能性があることを示している」としている。

 報告書内でも、初期の感染情報次第では評価が変わる可能性があると述べられているが、今後の調査次第では、各説の信頼度も変わるかもしれない。

 結局のところ、この報告書は、最後に情報提供しない中国の姿勢を批判しているように、中国に圧力をかけるという意味しか持っていないのではないか。

 中国側はこの報告書について「でっち上げられた、科学的ではない、信頼できない報告書だ」反論しており、米中の対立はいっそう深まることになるだろう。

 また、米国内では報告書を懸念する声もあがっている。アジア系アメリカ人の機関は起源調査自体に疑問を見出しており、「報告書は明確な結論を出していないが、誤情報を生み出す可能性がある」とデマによりアジア系の人々への暴力が高まるリスクを憂慮している。

 感染初期から時間が経過するとともに、調査が難しくなることも懸念される中、アメリカやその友好国が中国に対してどんな対応をするのか注目されるところだ。

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在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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