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なぜうなぎ専門店が土用の丑の日に休業するのか

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
うな重(写真:アフロ)

土用の丑の日といえば、うなぎ屋にとっては書き入れ時だ。だが、あるうなぎ屋は、あえて土用の丑の日に休業するという。なぜだろうか。

その店は、名古屋市瑞穂区にある、炭焼きの店「うな豊(とよ)」(1)。

うな豊(筆者撮影)
うな豊(筆者撮影)

新幹線に乗って、土用の丑の日よりも前の営業日に食べに行ってきた。

開店前からすでに10人以上の人が待っている。店のドアはすでに開いていて、店内に設置された紙に名前と人数、テーブルか座敷かを記入する方式だ。これまでに嗅いだことのないくらい、いい香りが漂ってくる。

午前11時に開店し、名前を呼ばれ、座敷に座る。

うな豊のメニューの表紙(筆者撮影)
うな豊のメニューの表紙(筆者撮影)

前や後ろに座ったお客さんは常連さんのようで、「まぶし丼」というのを頼んでいた。店員さんに量や種類を伺った上で、筆者も「まぶし丼」を頼んだ。

各テーブルの上には、お客さんが感想を書くノートが置いてあり、一人ひとりに対して、店の「大将」が返事を書き込んでくれる。その感想の一部はTwitterやインスタグラムで公開されている。

運ばれてきた「まぶし丼」は、香りよく、創業以来、守ってきたであろう、甘辛いたれがご飯にしみていて、味わい深かった。

うな豊のまぶし丼(筆者撮影)
うな豊のまぶし丼(筆者撮影)

筆者の前の座敷に座っていた二人組のお客さんが、食べ終わった時から「おいしかったー」と、自分に言い聞かせるように、しみじみつぶやいていたのが印象的だった。

うなぎを供養するから

うな豊が毎年、土用の丑の日に店を閉じるのは「うなぎを供養するため」だ。

「鰻への感謝、貴重な資源である鰻。そして鰻への供養の気持ちを込めて名古屋市南区にある長楽寺様にお参りにまいります」

筆者は、そのことを2019年に知り、心の底から驚いた(2)。そんなうなぎ屋さんがあるのだと。いつか食べたいと思いつつ、コロナ禍で行けなかったが、ようやく食べに行くことができた。

「うな豊」が毎年お参りしている長楽寺(筆者撮影)
「うな豊」が毎年お参りしている長楽寺(筆者撮影)

調べてみると、他にも土用の丑の日に閉店するうなぎ専門店はあるらしい。ライターの石田雅彦氏は、「わざわざ土用の丑の日に名古屋で仕事を入れ、名物のヒツマブシを食べに行ったら目当ての店が休みだった、という体験がある」と書いている(3)。筆者が、うな豊のことをSNSで紹介していたら、「京都にもありますよ」と、ある方が教えてくださった。「ぎをん梅の井」も、そんな店の一つだという(4)。

一方で「高級うなぎ弁当」の予約数を競い合う大手コンビニも

筆者が新幹線で名古屋の「うな豊」まで食べに行こうと思ったきっかけは、大手コンビニエンスストアの関係者に教えてもらったことだった(5)。全国で展開しているコンビニのあるエリアで、1個2,000円台から4,600円するうなぎ弁当の予約が、1店舗だけで20個入った。その翌日には近隣の別の複数の店舗でも2桁予約が入っている。そして、ある店では、そのあと、予約数が30個以上、取り消されていた。実際のデータも踏まえて教えてくださったこの方は

「売るあてもない、予約もとれていないのに、本部から、早く入力しないとなくなるから、と煽って入れさせている。社員やオーナー、アルバイトの自爆営業と身内の需要で成り立ち、当日、鰻の廃棄の山になる。こんなビジネスはおかしい」

と憤っていた。

全国紙「稚魚不足」「値上げ続く」「常識への問い」

全国紙各紙も、土用の丑の日を前に、さまざまな報じ方をしている。

朝日新聞は「土用の丑イコールうなぎ」という常識に反発する趣旨の、南日本新聞の一面広告について論じた(6)。養殖ウナギ日本一の鹿児島県鹿屋市では、ふるさと納税の返礼品の内訳は、ウナギが68%で牛肉は7%。毎年、土用の丑の日の直前に申し込みが集中し、生産と配送が追いつかないそうだ。

読売新聞は、ウナギの卸売価格が2022年より1300円以上高いこと、過去20年で平均卸売価格が3倍以上になったことを伝え、小売店は家族で分け合う特大サイズや品揃えを工夫していること、書き入れ時のうなぎ屋が値上げできない悩みがあることを報じている(7)。

日本経済新聞は、稚魚の値上がりに加えて燃料費や餌代が高騰し、2022年より1〜2割高くなったと報じ、「暑いほどウナギの売れ行きがよくなる。昨年よりも販売は順調」というスーパーの担当者のコメントを載せている(8)。

ニホンウナギの稚魚であるシラスウナギは、高い時には1kg430万円もの価格で取引される。闇業者や密漁の実態を、高知新聞社が独自に取材し、書籍『追跡 白いダイヤ 〜高知の現場から』(高知新聞社)にまとめている。

土用の丑の日=うなぎ、という固定観念をやめては?

南日本新聞は、例年であれば出荷に追われるはずの国産ウナギが、期待ほど出荷されず、その要因として、値上げに加えて「安価な中国産に流れている」という関係者の見解を報じた(9)。

この記事は、Yahoo!ニュースに転載され、筆者も『「土用の丑の日にはうなぎ」という固定観念を止めてもいいと思う』とするオーサーコメントを投稿した(10)。

生き物の命を奪い、それをいただいて我々は生きることができる。だからこそ、その命に敬意を抱く姿勢が必要だ。だが、最初から食べきれない、捨てるとわかっているのに、なぜ必要以上に殺すのか。ニホンウナギは2014年、国際自然保護連合(IUCN)によって絶滅危惧種に指定されているほど希少な資源である。

365分の1だけでなく、残りの364日も大切にすべきでは

ある小売店の経営陣の一人が「ミツバや卵は年末に出荷が集中する。一年をならして(平均的に)食べてくれれば一番いいのに」と、シンポジウムで発言していた。ミツバも卵も工業生産品ではない。

もう、誰かの謳うイベントに振り回されるのは止めにしたらどうか。

予備校講師でタレントの林修氏は、著書の中で「イベントに踊らされるな、日本人!」とのコラムで次のように書いている(11)。

バレンタインデーやハロウィーン同様、今の日本のクリスマスは、売り上げを重視するコマーシャリズムがあまりにも、主導権を握りすぎていると思います。そうした他人の作ったイベントに踊らされること以上に、もっと大切なことがあるはずです。それは、日々を確かに生きていくことにほかなりません。

(中略)

「母の日」だから電話するのではなく、毎日親孝行しているから、「母の日」に大騒ぎしなくていいような日々を送ることこそ、真の「イベント」だと僕は考えています。

土用の丑の日は、厳密には年に1回だけではなく、一年を通して複数回ある。が、大々的にうなぎを売るのは夏の「一の丑」である土用の丑の日に集中する。

今回「うな豊」へ行ってみて、このお店なら、土用の丑の日に「書き入れ時だから」としゃかりきになって売る必要はないのだと腑に落ちた。一年365日のうち、たった一日のために頑張らなくても、この店には、一年を通して全国からお客さんが集まってくるのだ。味はもちろん、この店の姿勢に対して好意を抱き、共感し、来店するのだと思う。うなぎ専門店はもちろん、食品を扱うすべての店が「うな豊」のような姿勢で食材に相対すれば、食品ロスは、今よりずっと少なくなるはずだ。

注:各社の表記に準じたため、「うなぎ」「ウナギ」「鰻」と表記が揺れています。

参考資料

1)炭焼きの店 うな豊

2)なぜうなぎ屋が土用の丑の日に休業するの?ミシュランガイドに載る炭焼き専門店の大将が語る その理由とは(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2019/7/24)

3)なぜ「ウナギの名店」は土用の丑の日に「店を閉じる」のか(石田雅彦、Yahoo!ニュース個人、2018/7/19)

4)京都 ぎをん梅の井

5)【内部告発】セブンで常態化する架空発注 土用の丑の日も 本部による理不尽な煽り(井出留美、パル通信126号、2023/7/21)

6)『全面広告、「常識」への問い 土用の丑の日、牛よりウナギ?』(朝日新聞、2023/7/27)

7)「今夏も値上げ続くウナギ…家族で分け合う特大サイズ用意、小売店は品ぞろえに工夫」(読売新聞、2023/7/29)

8)うなぎかば焼き高値、店頭1〜2割上昇 稚魚不足に餌高騰(日本経済新聞 2023/7/26)

9)もうすぐ土用の丑の日なのに…県産ウナギに「異例事態」在庫がはけない要因は価格上昇だけじゃない?鹿児島(南日本新聞、2023/7/27)

10)南日本新聞の記事に対する筆者コメント

11)『いつやるか?今でしょ!今すぐできる45の自分改造術』(林修、宝島社)

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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