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なぜ「ウナギの名店」は土用の丑の日に「店を閉じる」のか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 今年の夏ほど美味いウナギを食べたいと思うことはないが、今年ほどウナギについてネガティブな話を耳にする年もない。資源の枯渇、価格の高騰、結果としてのウナギ離れなど、ウナギ料理を出す店にとって試練続きともいえる。だが、以前からウナギの名店の中には、土用の丑の日に限って休業するところも少なくなかった。

なぜウナギ資源が枯渇しつつあるか

 国際自然保護連合(IUCN)がニホンウナギ(Anguilla japonica)をレッドリスト(絶滅危惧種)に指定したのは2014年6月だ。同年9月のIWC(国際捕鯨委員会)では、ニホンウナギの資源を守るため、日本、中国、韓国、台湾の4国が養殖に使う稚魚(シラスウナギ)の量を20%削減することで合意した。

 資源が枯渇し、ますます高価な食べ物になりつつあるウナギだが、2014年当時の新聞やテレビの報道を読んでみるとシラスウナギが「前年比で漁獲増」とか「稚魚が豊漁」、「豊漁で値下がりか」といった内容のものが目立つ。これらニュースで、シラスウナギの漁獲量が最盛期1950年代の1/10〜1/20ほどに激減している事実を報じているものは少ない。

 ここまで数が少なくなったのは、自然環境の悪化もあるが、資源管理を無視した乱獲も原因だ。ウナギの生息域は淡水汽水域から遠洋の深度の深い海溝にいたる壮大なもので、ウナギの資源活用の歴史は、シラスウナギという稚魚を沿岸部で一網打尽にし、養殖業者が育ててきた歴史でもある。

 ニホンウナギの天然の成魚は、沿岸や内陸に棲息している。産卵時期になると彼らはマリアナ海溝の深海へ旅を始める。

 そこで交尾して卵を産み、深海で孵化したウナギの稚魚は親と同じように日本へ旅をする。こうした生態は、おそらくもともとは南方産のニホンウナギが、回遊性を持ち、かつての産卵地を覚えているためではないかと考えられている。

 2017年4月、独立行政法人水産総合研究センターが、ウナギの産卵ルートを解明するヒントになるかもしれないウナギ成魚の生態を発表した(※1)。リリースによれば、ニホンウナギの成魚は光の届かない深海でも日の出や日没がわかるといい、産卵場所へいたる深度変化により産卵の回遊ルートを解明できるのではないかとしている。

 ようするに、ニホンウナギの生態は未だによくわかっていないということだが、マリアナ海溝と言われる産卵場所からせっかく大きくなって故郷へ帰ってきても、そこで稚魚が捕らえられてしまい、内陸の淡水域や沿岸で生殖年齢まで育たなければ次第に資源が枯渇していくのは当然だ。

完全人工養殖の可能性

 これについては水産行政が手をこまねいてきた責任も大きく、ウナギが絶滅危惧種に指定されるまでほとんど何もしなかった。同時に、漁業関係者も資源の自主管理ができず、自然増が難しい状況を招いてしまったというわけだ。

 我々が食べているウナギのほとんどは養殖ものだが、生態をみればわかるとおり、天然の成魚が少なくなれば、自ずから産卵へ向かう個体数も減り、さらにシラスウナギの資源も減少する。

 このまま乱獲し続けるわけにいかないとばかり重い腰を上げた水産行政も動きも鈍い。一方、沿岸部や河川で行われる1匹数百円とも言われるシラスウナギの密猟はなかなかなくならない。

 頼みの綱は、親ウナギから卵を採取しての完全養殖だが、こちらのほうのイノベーションの速度も遅い。東大や北大など各地でバラバラに研究されてきた影響も大きく、ニホンウナギの完全養殖研究は長く失敗の連続だったが、2002年には初めてシラスウナギを人工的に生み出すことに成功する。

 これら研究機関を前述した水産総合研究センターとして束ね、ウナギ統合プロジェクトチーム(2018/07/19アクセス)で連携共同研究を続けた結果、2010年にはウナギの完全養殖を達成した。

 その後、2014年2月には、人工孵化させたニホンウナギの仔魚を大量に飼育することが可能になったと発表した(※2)。約900尾のウナギ仔魚(レプトセファルス幼生)をシラスウナギまで育てることに成功し、これでウナギの完全養殖も採算ベースにのるかと期待が高まる。

 ところが、2014年からリリースが止まってしまう。2018年7月にようやく養殖業者に対して人工種苗を無償配布するアナウンス(※3)が出たが、いくつかの壁をなかなか乗り越えられず、大量養殖へつながっていかないようだ。

 ウナギ養殖ではシラスウナギまで育った稚魚を食べられる大きさにするわけだが、このシラスウナギを人工的にかつ安価、大量に供給できれば、ウナギ生産が軌道に乗る。だが、人工孵化させたウナギ仔魚をシラスウナギにまで育てるのが難しく、特に仔魚の餌が問題だ。

 これまでアブラツノザメ(North Pacific Spiny Dogfish、Squalus suckleyi)の卵を餌に使ってきたが、サメの資源量も枯渇しつつあり、アブラツノザメも乱獲の危機にある。サメの卵に代わる餌の開発、大量育生、仔魚からシラスウナギまでに育つ期間の短縮と生存率の向上が課題といわれる。

 大量飼育の障害は仔魚の生態にあり、採餌行動が特殊で水槽の交換が必要なのでなかなか大量の仔魚を飼育できなかった。主にこの水槽の交換過程で生存率が低くなるが、2017年に発表された論文(※4)によれば、飼育水槽の改良で大量飼育と歩留まり低減への道筋が見え、サメの卵に代わる餌をタンパク質の分解酵素に求めた技術革新で解決したという。

ウナギ名店の英断のわけ

 ところで、ウナギ屋の中には土用の丑の日を「ウナギ供養の日」にして休みにする店もある。筆者には、わざわざ土用の丑の日に名古屋で仕事を入れ、名物のヒツマブシを食べに行ったら目当ての店が休みだった、という体験がある。

 実際、ウナギの名店といわれるところで土用の丑の日に店を閉じる店は少なくない。ウナギ供養という名目もあれば、客が押し寄せ、丁寧な仕事ができず味が落ちるからという店もある。

 そもそも土用の丑の日にウナギを食する習慣は、平賀源内の宣伝広告のせいという有名な逸話がある。なぜそんな宣伝をしたのかといえば、夏場にこってりした味付けの脂っぽいウナギが避けられ、ウナギ屋の売上げが落ち、梃子入れを頼まれたからだ。

 ウナギの旬は、秋遅くから2月頃といわれる。江戸時代後期より前の人は、冬の寒い時期こそ脂がのって滋養のあるウナギを食べていたのだ。

 ウナギにはタンパク質やカルシウムはもちろん、ビタミンA、B1、B2、E、Dなどが豊富で、カリウムや鉄分、亜鉛、不飽和脂肪酸、EPA(エイコサペンタエン酸)、DHA(ドコサヘキサエン酸)なども含まれている。厳しい夏場を乗り切るため、ウナギを食べる習慣もあながち間違っているとはいえない。

 ただ、土用の丑の日だけに限って消費量が爆上げし、結果、売れ残って廃棄という悪循環のサイクルは避けたい。資源保護の意識喚起のためにも、かき入れ時の土用の丑の日にあえて店を閉じる名店の英断を評価したいものだ。

※1:国立研究開発法人水産研究・教育機構、独立行政法人水産総合研究センター「ニホンウナギ成魚は深海でも日出・日没を感知─規則的な浅深移動が産卵回遊ルートの解明に扉を開く」2017年4月16日(2018/07/19アクセス)

※2:国立研究開発法人水産研究・教育機構、独立行政法人水産総合研究センター「大型水槽によるニホンウナギ仔魚の飼育が可能になりました!」2014年2月12日(2018/07/19アクセス)

※3:国立研究開発法人水産研究・教育機構、独立行政法人水産総合研究センター「養鰻業者による養殖試験のためのニホンウナギ人工種苗の無償配布の実施について」2018年7月17日(2018/07/19アクセス)

※4:増田賢嗣、「ウナギ仔魚の飼育技術の高度化に関する研究開発」、日本水産学会誌、第83巻、第5号、754-757、2017

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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