怖くて見られなかった息子の試合を今年は見る 阪神育成・松原快の母、生観戦で支配下登録への後押しを決意
阪神タイガースの新人選手たちが1月7日、虎風荘に入寮した。独立リーグ出身選手は例年、ひと足早く12月に入寮を済ませるが、富山GRNサンダーバーズ(日本海リーグ)から育成ドラフト1位で入団した松原快投手も例にもれず、12月11日の新入団会見が終わるとそのまま寮に帰り、すでに暮らし始めている。
松原投手は高朋高校から社会人野球のロキテクノ富山(当初はロキテクノベースボールクラブ)に進んだことでプロ野球選手を目指す決意を固め、その舞台を独立リーグに移して2年目に念願をかなえた。
そんな松原投手のことや我が子への思いを、母・雅美さんが語ってくださった。
■“九死に一生”の経験?
「生まれたときは身長が51cmで体重が3000gちょっとだったかな。歩きはじめるのがちょっと遅くて…。でもね、ハイハイがめちゃくちゃ速かったんです(笑)」。
松原投手のあのパワーの源は、赤ちゃんのころの高速ハイハイにあったのか。しゃべりはじめるのも遅くて心配したそうだが、アンパンマンが大好きな元気で明るい男の子はすくすく育った。
小学4年生のころだ。なかなか学校から帰ってこないからどうしたのかと心配していたら、びしょ濡れの快少年がやっと帰宅した。
「うち、雪国じゃないですか。積もった雪の上を歩いとったら、どうやら通学路から外れて田んぼに入っとったみたいで、突然ゴボッと埋もれちゃって上がれなくなったらしくて。暗くなって不安やったみたいやけど、なんとか自力で抜け出して帰ってきたっていうことがありましたね。死ぬ寸前やったんかもしれん(笑)」。
そう言って雅美さんは高らかに笑う。深刻な話のはずなのに、あっけらかんと話す。松原投手の明るさは、お母さん譲りなのだろう。
■息子の野球を支えてきた母
近所のお兄ちゃんの影響もあり、小学生時代の「宇奈月ヤンキース」、中学生時代の「富山東部ボーイズ」と野球に熱中した。富山第一高校で1年生が終わろうとしたとき、わけあって転校すると言いだした。
「ダメって言ってもどうせ行くやろうと思ったから、それなら快く行かせてあげよう」と、驚きはしたが高朋高校でも変わらず応援した。
(詳細記事⇒阪神タイガース育成1位・松原快(富山TB)の夢は石井大智、湯浅京己、椎葉剛らとの独立リーガーリレー!)
高校時代は最寄り駅まで毎日、雅美さんが車で送り迎えをした。行きは朝5時半の始発、帰りは夜10時半を回る。泥だらけのユニフォームの洗濯に食事の支度…息子のために雅美さんはフル回転した。
「そんなにガツガツ食べるほうではなかったなぁ。体も高校のときはそんなに大きくなくて細かったし。あんなに大きくなったのは、ロキに入ってからやと思います」。
高校卒業後、社会人野球に進んだ。野球を辞めて消防士を目指すつもりが、翻意していた。
■プロ野球選手を目指しはじめた
アパートを借りて一人暮らしを始めたが、「お米を砥いだり洗濯したり、うちで何もしてなかったから『できるんかな』って思ってたけど…」と、心配しつつ送り出した。
体がみるみる大きくなっていくのを見るにつけ、「何、食べとるんかなって感じで(笑)。やっぱりウェイトなんですかね。努力やと思う、怖いくらいの」と、そこまで夢中になれることに目を見張っていた。
「プロ野球選手を目指すなんて思ってもなかったけど、ただ応援っていうか、見守っとるだけやった。プロなんてほんと、思ってもなかったですね。太陽さんの影響やと思います」。
テレビの野球中継も数多くあるわけでもなく、家でもプロ野球ニュースを見るくらいだったから、雅美さんもプロ野球には「まったく興味なかった。別世界の人って感じやった」という。
初めて間近で接したプロ野球選手、元タイガースの藤田太陽監督(最初は投手コーチ)から「プロを目指してやらないか」と声をかけられ、以後それは松原投手の明確な目標になった。
(詳細記事⇒富山TBのドラフト候補「松松コンビ」150キロのスリークォーター・松原快は元阪神・藤田太陽の愛弟子)
■「快の試合は怖くて見られないんです」
しかし社会人では芽が出ず、独立リーグからNPBを目指そうと決意を固めた。社会人のような一発勝負ではなく、試合数も多い。藤田監督も背中を押してくれた。
ここで、雅美さんの口から衝撃の発言が飛び出した。
「わたしね、快の野球を一回も見たことないんですよ」。
高校を出てから、一度も試合観戦に訪れたことがないという。いや、見ないというより、見られなかったのだ。「怖くて…」。母心だ。
「すごい気になっとるんやけど、気になっとったけど…怖くて見れんかったですね…」。
そう打ち明ける。高校生までは応援に駆けつけていたし、2歳下の妹・凪さんのサッカー、7歳下の弟・拓さんの野球も見に行っている。「なんか快のだけは、やっぱ見れんくて…」とつぶやく。
学生時代の部活とは違って“職業”だから責任が伴う。「快がピッチャーじゃなかったら、見にいってますよ、きっと」と、とくに投手は責任の所在が明確になりやすいからなのだろう。打たれる姿を見るのが怖かった。
昨年のサンダーバーズの開幕戦は地元の黒部(宮野運動公園野球場)で開催されたが、それでも球場に足を運ぶことはできなかった。
■親孝行をしてくれた
NPBを目指すためにサンダーバーズに入ったが、1年目の一昨年は4球団から調査書が届きながらも指名漏れした。
「なんて言って慰めようかなってずっと考えとって、『いややな、いややな』って思っとったところに快から電話がかかってきて。『もう1年、やらせてほしい。あと1年やってダメやったら辞めるから』って言ったんで、『わかったよ』って感じでね。あと1年、応援しようって思いました」。
球場には行けないながらも、試合結果や内容はネットでチェックしていた。
昨年のドラフト会議の日には、松原投手に招待されて同じ会場でドラフト会議を見守った。
「期待もしてなかったから、『またダメやったら、なんて言ってやろうかな』って思ってました。でも、ネットや報道でいろいろ出とったから、(指名があるかもと)ほんのちょっとだけはね…」。
なかなか指名されず、待っている間は苦しかった。しかし隣に座っていた新聞記者が「信じとって、信じとって。信じとれば大丈夫やから」と励ましてくれた。
本指名が終わって育成指名になり、ようやく我が子の名前が聞こえてきた。その瞬間は「頭が真っ白やったかもしれん。なんか、全然覚えてないんです。それこそ、今までやってきたことが報われた快に『よかったなぁ』しかなかったですね」。
涙が次から次へとあふれてきて、言葉が出なかった。ただ、「親孝行してくれたなぁ」と感じていた。
■筒井和也スカウトへ恩返しを
「小学校3年くらいからかな。野球、野球になっていった気がする。ほかのことにはあんまり興味ないけど、野球に対してだけには本当にすごいんですよ。執着心っていうか、なんか野球に洗脳されとるんかなと思うくらい熱中してきた。怖いですよね(笑)」。
そう言ってまた、明るく笑う。しかし、その努力には心底感心している。
そして、それを評価してくれたタイガースの筒井和也スカウトに頭を下げる。
「筒井さんには本当に感謝しています。『快のことは任せてください』ってLINEが来とって、『任せます』って返したんやけど(笑)。筒井さんを裏切ったらダメですよね」。
担当の選手・“筒井チルドレン”は、湯浅京己投手を筆頭に中野拓夢選手や富田蓮投手ら、みな活躍している。そこに続いて、筒井スカウトに恩返しするよう願っている。
(詳細記事⇒湯浅京己の古巣、富山GRNサンダーバーズから阪神タイガースに仲間入り!「旬の男」松原快が育成1指名)
■明るい家庭で真っすぐ育った
「快はね、真っすぐな子なんです。人に迷惑をかけんでほしいっていうのだけ思っとったけど、でも勝手に育ったんですよ。わたしも『快』『快』ってそんなに構ってたわけでもないし。本当に野球しかしてこなかった。野球に夢中になることで、真っすぐ育ってくれたんかな」。
野球が育ててくれた。しかし、その野球に集中できるよう、懸命にサポートしてきたのは雅美さんだ。
外でも家でも変わらない松原投手は、家の中でもよく話すという。
「寝るまで下(居間)におるし、全然自分の部屋に行かん。ずっとしゃべってますね。太陽さんの犬の話とか、いろいろね(笑)」。
松原家では笑いが絶えない。
■今年は行きます!
新たな道を歩み始めた息子を思う。
「とにかくケガせんとね。まずは支配下になってくれたら。頑張るしかないからね」。そう言ったあと、雅美さんはこう付け加えた。
「今年は行きます、わたし。頑張って行きます」。
松原投手が夢をかなえたからだろうか、なんと雅美さんの気持ちに変化が生じたのだ。もちろん怖いことには変わりはない。むしろ、これまでよりステージが上がり、注目度も高まる。さらに厳しい状況になる。
しかし、我が子がどれだけの思いをしてここまでたどり着いたのか、それが痛いほどわかるだけに、その夢の続きをちゃんと見ておきたいと思えたのだ。松原投手にとっても心強いだろう。
これまでより距離が遠くなったので頻繁にというわけにはいかないだろうが、支配下登録に向けての強力な援軍になるのは間違いない。
松原投手にはぜひ、お母さんが安心して見ていられる快投をお願いしたい。
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