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若者の結婚を邪魔する「奨学金返済」という大きな壁と浅はかな「自信の政策」

荒川和久独身研究家/コラムニスト/マーケティングディレクター
(写真:アフロ)

少子化の本質

出生減の根源は「少子化ではなく、少母化であり、出産対象年齢である女性の絶対人口の減少によるものであり、それは第三次ベビーブームが起きなかった時点で確定された未来で、解決不能である」ということは繰り返しお伝えしているが、解決不能であっても、少しでも出生減のスピードを遅らせることには意義があると思っている。

しかし、そのためには「子育て支援政策では効果はない」ということも何度も書いていることで、子育て支援を充実させれば出生率があがるのであれば、韓国の0.78という世界最下位の出生率(2022年実績)はいったいなんなんだと言いたくなる。

韓国では、2006年以降だけでも合計28兆円の子育て支援予算を投入しているにもかかわらず、出生率は逆に31%も減少しているのである。

日本が学ばなければならない「韓国の少子化対策の失敗」出生率激減の根本理由

出生減の要因は、婚外子の少ない日本においては婚姻減と連動する。つまり、婚姻数が減少しているから出生が減るのである。逆にいえば、婚姻数を増やさなければ婦出生数は絶対に増えない。

そして、その婚姻減を招いているのは「若者が若者のうちに結婚できない経済的問題」が大きいことも繰り返し述べてきたことだ。

経済的問題が全てではないのは言うまでもないが、「結婚したいのにできない」という不本意未婚が4割以上となっている原因の少なくとも半分は経済問題であることも事実である。

奨学金返済という負債

若者の経済問題については、税金や社会保障費の増額などで、そもそもの可処分所得が増えていない問題もあるが、ただでさえ、収入が増えていない収入に加えて、一部奨学金の返済という負債の問題もある。

労働組合や福祉団体などで作る労働者福祉中央協議会が2022年に実施した調査(対象45歳までの奨学金利用者)によれば、奨学金の返済が生活に影響を与えている項目として、「出産」は31.1%「子育て」が31.8%であるのに対して、「結婚」は37.5%と有意に高い。出産より、奨学金の返済が、結婚に対していかに影響しているかがわかる。

というと、「奨学金の返済があることと恋愛は別だ。自分がモテないことを金がないせいにするな」などとツッコミを入れてくる界隈がいるのだが、奨学金利用者はその48.4%が「レジャーや交際」、42.2%が「日常的な食事」に支障があると回答している。その日の食事に苦労している状態で、恋愛も何もあったものではないだろう。

実際、同調査と2020年の同年齢帯の未婚率とを比較すると、奨学金利用者の未婚率が明らかに高いことがわかる。正規雇用ですら53%と、国勢調査の42%より10ポイント以上も高い。奨学金の返済という負債が、いかに若者の結婚の大きな壁となっていることか。

「産んだら返済免除」?

しかし、だからといって、少子化対策の一環として「子どもを産んだら奨学金免除」などという浅はかなことはさすがの的外れの政府もしないだろうと思っていたら、昨日のヤフーニュースにこんなものがあった。以下、引用する。

3月10日、自民党の「教育・人材力強化調査会」は、「子育て時期の経済的負担を増加させない制度設計」を求める提言をまとめた。その柱は、子供が産まれたら両親の奨学金を減免する制度だ。(中略)ところが、この提言が発表されるやいなや、ネット上では疑問の声が噴出している。

コメント欄もにぎわっているが、これに疑問の声があがるのは当然であろう。

本来奨学金というものは「経済的理由によって、学びたい希望を叶えられない、またはあきらめざるをえない子どもの支援をするもの」であり、高等教育は決して「子どもを産むための予備校」ではない。

奨学金返済が、若者の婚姻減に大きな影響を及ぼしていることは事実で、婚姻が増えないから出生が増えないということから、これはなんとかしなければならない課題ではあるが、そうした問題を発生させている本質は、そもそも学費の高騰や奨学金そのものの制度設計に不備があるためで、メスを入れるべきはそっちである。

「子ども産んだら奨学金免除」などと理屈は、同時に「子どもを産まない者は知らん」ということと同義であり、これを「自信の政策です(記事より)」と本気で言っているのだとしたら救いようがない。

戦前の陸軍の思想

極論すれば、日中戦争中に陸軍の機関として生まれた厚生省が「生めよ、殖やせよ」とやったことと何が違うのか。危険だとすら思う。

ちなみに、厚生省が「生めよ、殖やせよ」と奨励したのは、敵を殺す兵士の生産である。

写真:イメージマート

昨今、これに限らず「子ども産んだらいくらあげる」とかの論調が増えているが、産む人と産めない人(産まない選択をした人も)との無用の分断を作り出すだけで、政策として妥当な方法とはまったく思わない。

そして、一番の問題は、少子化とは、そもそも「出産」の前段階の「結婚できない問題」であるという本質を頑なに透明化しようとしていることである。

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独身研究家/コラムニスト/マーケティングディレクター

広告会社において、数多くの企業のマーケティング戦略立案やクリエイティブ実務を担当した後、「ソロ経済・文化研究所」を立ち上げ独立。ソロ社会論および非婚化する独身生活者研究の第一人者としてメディアに多数出演。著書に『「居場所がない」人たち』『知らないとヤバい ソロ社会マーケティングの本質』『結婚滅亡』『ソロエコノミーの襲来』『超ソロ社会』『結婚しない男たち』『「一人で生きる」が当たり前になる社会』などがある。

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