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トルコの支援を受けるシリア反体制派の武器弾薬庫を爆撃したのはロシアか米国か?

青山弘之東京外国語大学 教授
ホワイト・ヘルメット(Facebook)、2022年6月2日

シリア北西部のイドリブ県で、6月1日深夜から2日未明にかけて、反体制派の武器弾薬庫が大爆発を起こし、近くのテントに身を寄せていた国内避難民(IDPs)らが死傷した。

「解放区」で発生した武器弾薬庫の大爆発

大爆発が起きたのは、バーブ・ハワー国境通行所(トルコ側はハタイ県のチルヴェギョズ国境通行所)に近いバービスカー村。同地を含むイドリブ県中北部およびその周辺地域は、自由と尊厳の実現をめざす「シリア革命」の支持者らが「解放区」と呼ぶ地域だが、軍事・治安権限は、国際テロ組織アル=カーイダの一派であるシャーム解放機構によって握られている。

爆発を起こした武器弾薬庫は、このシャーム解放機構と共闘する国民解放戦線に所属し、トルコからもっとも手厚い支援を受けているシリア・ムスリム同胞団系のシャーム軍団が管理しており、ロケット弾などの砲弾多数が貯蔵されていたという。

「トルコの傭兵」が管理

爆発に関して、国営のシリア・アラブ通信(SANA)は、「トルコの傭兵」数十人が死傷したと発表した。国民解放戦線は、トルコの占領下にあるアレッポ県北部、ラッカ県北部、ハサカ県北部地域で活動を続けるシリア国民軍(Turkish-backed Free Syrian Army:TFSA)の傘下組織だが、「解放区」で活動する戦闘員の一部は、ロシアのウクライナ侵攻を受けて、3月半ば頃からウクライナに移送され、ロシア軍との戦闘に参加しているという。

NHKワールド(佐野圭崇記者リポート)が5月17日に伝えたところによると、ウクライナ軍とともに戦っているシリア人傭兵は3,000人に達しており、4月にはロシア軍との戦闘で、10人あまりが死亡している。

女児1人を含む2人が死亡、多数が負傷

英国を拠点に活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、爆発によって、女児1人とシャーム軍団のロケット砲兵中隊の戦闘員1人が死亡、民間人5人が重軽症を負い、武器弾薬庫の近くに設営されていたIDPsのテント(民慈善住宅)複数張が炎上、居住していたIDPsがテントからの避難を余儀なくされた。

しかし、反体制系のサイトのオリエント・ニュースは、爆発で死亡した2人がいずれも民間人だと伝えた。

消失したテントの数については、シャーム解放機構との関係が深いホワイト・ヘルメットは12張以上、「解放区」での支援に携わる反体制系NGOのシリア対応調整者は、17張以上と発表した。英国に拠点を置くパン・アラブ・ニュース・サイトのアラビー・ジャディードによると、テントにはイドリブ県ジャルジャナーズ町からのIDPsが暮らしていた。

ドローンによる爆撃か?:シャーム軍団による情報統制

トルコのイスタンブールを拠点とする反体制系サイトのシリア・テレビは、この爆発に関して、初期情報に基づき、所属不明の無人航空機(ドローン)がミサイル1発を発射したことによるものだと伝えた。

一方、シリア人権監視団は、爆発が砲撃によるものだと発表した。アラビー・ジャディードも、死亡した2人のうちの1人は12歳の少女の父親の話として、ロケット弾(ミサイル)か砲弾が武器弾薬庫とテントにも着弾し、火災が発生したと伝えた。

なお、シリア人権監視団によると、シャーム軍団は、爆発現場に駆けつけた活動家5人に暴行を加えるなどして、武器弾薬庫を撮影するのを阻止したという。そのため、事件に関する情報が正確に伝えられていない可能性もある。

ロシアに疑いの目を向ける米国メディア

米国のアラビア語衛星チャンネルのフッラは、武器弾薬庫がドローンの爆撃によるものだと伝えたうえで、イドリブ県が過去数年にわたってロシア・シリア両軍によるさまざまな兵器での砲撃・爆撃に晒されてきたと指摘、両軍に暗に疑いの目を向けた。

5月23日にトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領がシリア難民100万人の「自発的」帰還と「分離主義テロリスト」の排除に向け、国境地帯の「安全保障」を完成させるための新たな軍事作戦実施への意欲を示して以降、ロシア軍は国境地帯での航空偵察警戒活動を強化している。また5月25日にトルコの占領下にあるラアス・アイン市(ハサカ県)とタッル・アブヤド市(ラッカ県)の間に位置する地域に対して、6月1日にタッル・アブヤド市の国立病院近くのシリア国民軍の拠点を爆撃し、3人を殺害、6人を負傷させた(「シリアでも弱腰の米国:トルコの軍事侵攻を実力で阻止しようとしているのはロシア」を参照)。

こうしたことを踏まえると、フッラ・チャンネルが示唆する通り、ロシア軍が武器弾薬庫を爆撃したと推測することにはある程度の説得力がある。

だが、「解放区」、そしてトルコの占領地に対するロシア軍の爆撃は通常は有人の戦闘機を使用しており、ドローンが投入されたことはない。「解放区」に対するドローン攻撃は、ほとんどの場合「イランの民兵」によるものだが、それらは爆発物を装填した小型ドローンによるもので、攻撃もシリア政府の支配下にあるイドリブ県南部に隣接するザーウィヤ山地方、あるいはアレッポ県西部に限定されている。

所属不明の攻撃の多くは米軍によるもの

その一方で、バーブ・ハワー国境通行所に近いトルコ国境での攻撃というと、米国が行った二つの特殊作戦が思い出される。

一つは、2019年10月26日のバーリーシャー村(イドリブ県)でのイスラーム国初代指導者のアブー・バクル・バグダーディーに対する暗殺作戦、もう一つは、今年2月2日にダイル・バッルート村(アレッポ県)でのイスラーム国第2代指導者のアブー・イブラーヒーム・カルスィーに対する殺害作戦だ。いずれもドローンによるものではなく、米軍特殊部隊を主体とした空挺作戦だった。

だが、米国は、2021年10月22日、トルコ占領下のスルーク町(ラッカ県)近郊をドローンで攻撃し、アブドゥルハミード・マタルを名乗るアル=カーイダの幹部の1人を殺害している。また11月7日にも、トルコ占領下のジャラーブルス市(アレッポ県)で、有志連合所属と思われるドローンが車をミサイル攻撃し、イスラーム国の司令官1人を殺害、1人を負傷させている。12月3日にも、有志連合所属と見られるドローンがマストゥーマ村とアリーハー市(いずれもイドリブ県)を結ぶ街道を移動中のオートバイをミサイル攻撃し、新興のアル=カーイダ系組織の一つフッラース・ディーン機構のサウジアラビア人幹部の護衛を務めていたシリア人男性を殺害した。

過去の攻撃を振り返ると、「解放区」やトルコ占領地に対する所属不明のドローンは、多くの場合、米軍あるいは有志連合が関与している。

ロシア、米国の双方が持つ動機

今回の武器弾薬庫に対する攻撃が米軍によるものか、あるいはロシア軍によるものかは特定できない。だが、いずれにせよ、トルコが支援する反体制派を狙った攻撃を行う動機が、ウクライナ情勢に乗じたシリア北部でのトルコの増長(あるいは軍事侵攻作戦の実施)を嫌うロシア(そして米国)、スウェーデンとノルウェーのNATO加盟を阻止するトルコの動きを快く思わない米国の双方に充分あることだけは確かだ。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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