トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領は5月23日、シリア難民100万人の「自発的」な帰還と「分離主義テロリスト」の排除に向け、シリア北部の国境地帯に幅30キロからなる「安全地帯」を完成させるための新たな軍事侵攻作戦を実施すると表明した。これを受けるかたちで、トルコ軍がシリア北部で軍事攻勢を強め、米国、ロシアとの軋轢が増している。

アナトリア通信、2022年5月24日
アナトリア通信、2022年5月24日

激しさを増すトルコ軍のドローン攻撃

トルコ軍は5月27日、シリア政府と北・東シリア自治局の共同統治下にあるアレッポ県タッル・リフアト市の民家を無人航空機(ドローン)で爆撃、建物の一部を破壊した。また30日にはハサカ県カーミシュリー市の東に位置するスィーカルカー村の路上で車をドローンで攻撃し、女性1人を含む2人を殺害、5人を負傷させた。

ANHA、2022年5月30日
ANHA、2022年5月30日

さらに、6月1日には、自爆攻撃型ドローンでタッル・リフアト市の産婦人科クリニックを攻撃した。攻撃による死傷者はなかったが、医療施設に物的被害が出た。

トルコが「分離主義テロリスト」とみなすPYD

北・東シリア自治局とは、トルコが「分離主義テロリスト」とみなすクルド民族主義組織のクルディスタン労働者党(PKK)の姉妹組織の民主統一党(PYD)が主導する自治組織。

米国の全面支援を受け、ユーフラテス川以東の広範な農村地域を実効支配、ハサカ市、カーミシュリー市(いずれもハサカ県)、ラッカ市、タブカ市、アイン・イーサー市(いずれもラッカ県)、アイン・アラブ(コバネ)市、マンビジュ市、タッル・リフアト市、アレッポ市シャイフ・マクスード地区・アシュラフィーヤ地区(いずれもアレッポ県)といった人口密集地をシリア政府と共同統治(あるいは分割統治している)。

シリア軍兵士も負傷

トルコ軍はまた6月1日、シリア国民軍とともに、アレッポ県内のマンナグ航空基地、カフル・アントゥーン村、マンビジュ市北のアウン・ダーダート村、ムフスィンリー村に対しても砲撃を行った。

シリア国民軍は「トルコの支援を受ける自由シリア軍」(Turkish-backed Free Syrian Army)として知られ、アレッポ県北部、ラッカ県北部、ハサカ県北部(いわゆる「ユーフラテスの盾」地域、「オリーブの枝」地域、「平和の泉」地域)におけるトルコの占領を軍事・治安面で支えている。

英国を拠点とする反体制系NGOのシリア人権監視団によると、砲撃では、マンナグ航空基地に設置されているシリア軍の拠点が狙われ、シリア軍兵士2人が負傷した。

ANHA、2022年6月1日
ANHA、2022年6月1日

狙われたラファージュ・セメント工場

砲撃は、アレッポ県北部だけでなく、ラッカ県でも行われた。狙われたのは、ハッラーブ・ウシュク村およびジャラビーヤ村の近郊に位置するラファージュ・セメント工場だった。

ANHA、2022年6月1日
ANHA、2022年6月1日

ラファージュ(現ラファージュホルシム)は、フランスのセメント・メーカーだった大手企業で、現在はスイスのホルシム社の傘下にある。

同社は、「アラブの春」のシリアへの波及に伴い、フランスがシリア政府と断交し、フランス系の企業がシリアから撤退した2012年以降も、同国で事業を継続、2014年までに1300万ユーロ(1370万米ドル)を「仲介人」に支払い続けていた。この資金がイスラーム国をはじめとするテロ組織への資金供与にあたるとして、フランスで裁判が行われていた。フランスの司法裁判所は2019年、資金供与が人道に対する罪の共謀罪にあたらないとの判決を下したが、2022年5月半ば、破棄院はこの判決を覆し、再審理を命じていた。

イスラーム国、米国とも強いつながり

ラファージュ・セメント工場は、イスラーム国だけでなく、PYDを支援する米国ともつながりが強い。

2014年8月にイスラーム国に対する「テロとの戦い」を行うとして、国際法に違反するかたちで、有志連合を率いてシリアへの軍事介入を始めた米軍は、2016年初めまでに、PYDの民兵である人民防衛隊(YPG)を主体とするシリア民主軍とともに、工場一帯地域を制圧、同年3月に基地としての転用を始めた。

基地の総面積は33平方キロ。PYDが基地建設に必要な土地の70%を米軍に無償で提供するとともに、残りの30%は農地1ドゥーナム(当時の地価は100米ドル)を3,000米ドルで買収して敷地を確保した。ヘリポート、シリア民主軍戦闘員の教練キャンプが併設され、当初は米軍兵士・技術者約45人が駐留、その後300人以上に増員され、駐留米軍最大の拠点となった。また、フランス軍兵士も駐留した。M4高速道路沿線、ティシュリーン・ダム、ユーフラテス川河畔、マンビジュ市一帯、アイン・アラブ市一帯、ラッカ市一帯の監視が主要な任務したが、ドナルド・トランプ大統領の決定により、2019年10月に米軍は撤退、その後はシリア民主軍が駐留した。

米軍による再展開の試み

トルコの独立系シンクタンクのジュスール研究センターは5月15日、米軍が同地に施設部隊を派遣し、堀の掘削や土塁の建設を開始、同地への再展開を画策していると発表していた。

その狙いに関して、同センターは、ウクライナ情勢への対応に忙殺されているジョー・バイデン米政権が、シリア情勢に依然として関心があることを誇示することで、ロシア、イラン、そしてトルコの増長を阻止ししようとしているとの見立てを行った。

ジュスール研究センター、2022年5月15日
ジュスール研究センター、2022年5月15日

トルコの「脅し」に屈した撤退か?

だが、シリア人権監視団によると、基地の整備を行っていた米軍部隊は、5月末に撤退をしていたという。これに関して、同監視団は、トルコのエルドアン大統領が5月23日にシリア北部に「安全地帯」を完成させるための新たな軍事侵攻作戦を実施するとの「脅し」に屈するかたちで、米国がラファージュ・セメント工場からの部隊の撤退を決意したと発表した。

むろん、米国は力を誇示することで、トルコの増長を抑止しようとしていた。有志連合は5月27日早朝、カーミシュリー市、アームーダー市、ダルバースィーヤ市、アブー・ラースィーン町(いずれもハサカ県)が連なる国境地帯の上空に戦闘機やヘリコプターを派遣し、砲撃やドローン攻撃を強めるトルコ軍を威嚇した。

ここでも強気のロシア

だが、ここでも、対応は、弱腰、あるいは中途半端だった。なぜなら、アメリカと同じく、トルコの軍事侵攻作戦を快く思わないロシアは、5月27日にカーミシュリー市国際空港に戦闘機2機とヘリコプター6機を新たに配備、連日にわたって国境地帯上空で警戒活動を行うようになったからだ。

加えて、ロシア軍は、シリア軍地上部隊による国境地帯の巡回任務にシリア民主軍を護衛として同行させるなど、米国とシリア民主軍の切り離しを画策するような動きにも出ている。

それだけではない。ロシア軍はトルコ軍の進攻を力で抑えようとするかのように、5月25日には、トルコの占領下にあるラアス・アイン市(ハサカ県)とタッル・アブヤド市(ラッカ県)の間に位置する地域に対して爆撃を実施した。また、ラファージュ・セメント工場がトルコ軍の砲撃を受けた6月1日にも、タッル・アブヤド市の国立病院近くのシリア国民軍の拠点を爆撃し、3人を殺害、6人を負傷させた。

反体制系サイトは、この攻撃がシリア民主軍による「虐殺」だと断じ、トルコ軍による連日の攻撃を擁護しようとした。だが、シリア人権監視団は、ロシア軍戦闘機2機が、マンビジュ市からタッル・アブヤド市に至る地域上空を低空で飛行、タッル・アブヤド市で空対空ミサイルの攻撃によると思われる爆発が発生したと発表した。

誰がトルコの侵害行為を抑えるのか?

ロシアのウクライナ侵攻を受け、5月18日にスウェーデンとフィンランドがNATOへの加盟を正式に申請したのは周知の通りだ。NATO加盟国はおおむねこれを歓迎しているが、唯一トルコだけが、両国が「分離主義テロリスト」を匿って活動を認めているとして、異議を唱えている。こうした姿勢は、スウェーデンとフィンランドではなく、「分離主義テロリスト」の最大の支援国である米国に向けられていることは誰の目にも明らかである。

米国が、スウェーデンとフィンランドのNATO加盟を通じてロシアへの軍事的な圧力を強めるには、シリアにおける米軍の違法駐留を軍事的後ろ盾としている「分離主義テロリスト」の処遇をめぐってトルコを納得させる必要がある。こうした配慮が、トルコへの弱腰となって表れている。しかも、この弱腰に乗じるかたちで、トルコはシリアに対する軍事攻勢という侵害行為を積み重ねている。

ロシアのウクライナ侵攻は、確かに国際法違反であり、許される行為ではない。だが、それに対処しようとする米国は、シリアで同じように国際法に違反しており、NATO拡大の試みがシリアでのトルコの侵害行為を野放しにする結果となっている。そして、この侵害行為を、軍事力を行使してでも抑え込もうとしているのが、ウクライナの抵抗によって衰弱し、シリアからも部隊を撤退させていると欧米諸国や日本が必死に喧伝している侵略国ロシアであるというのも奇妙な話である。