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シリア:「人道と治安」作戦によって追い詰められる難民キャンプのイスラーム国メンバーとその家族たち

青山弘之東京外国語大学 教授
ANHA、2021年3月28日

「人道と治安」の名のもと、シリア北東部のハサカ県にあるフール・キャンプ(アルホール難民キャンプ)で、大規模な治安回復作戦が開始されてから、3月29日で2日目を迎えた。

作戦は現在も続けられているが、2019年3月にシリア・イラク両国において支配地を失い、存在しないことになっていたイスラーム国のメンバーと家族の処遇が依然として未解決のまま、宙に浮いたままであることが改めて明らかになっている。

「人道と治安」作戦

「人道と治安」作戦は3月28日未明(午前4時)、北・東シリア自治局の内務治安部隊(アサーイシュ)の主導のもと、人民防衛部隊(YPG)を主体とするシリア民主軍に所属する諸部隊が参加して開始された。キャンプ内で多発する殺人や(集団)暴行事件など、イスラーム国のメンバー、支持者、その家族らによると思われる犯罪を抑止することが目的で、5,000人の戦闘員が参加している(「シリアのクルド民族主義組織がイスラーム国メンバーの家族を収容するフール・キャンプで治安回復作戦を開始」を参照)。

北・東シリア自治局、YPG、シリア民主軍は、いずれもトルコが「分離主義テロリスト」とみなすクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)によって主導される自治政体、武装部隊、武装連合体である。

作戦開始にあたって、内務治安部隊のハリー・ハサン報道官は、キャンプ入り口で記者会見を行い、次のようにその必要性を強調した。

キャンプに捕虜として収容されているイスラーム国メンバーは、ヒスバ(宗教警察)や独自の法廷を設置する一方…、子供たちに独自の教育を施し、そのことが新たなテロリストを生み出し、世界全体の脅威となる危険がある…。子供たちを救出する必要がある。

「新たなテロリスト」が生み出されることへの危機感は、イラクのカースィム・アアラジー国家安全保障担当顧問や北・東シリア自治局の幹部が、フール・キャンプを「時限爆弾」と評して、繰り返してきたものである(「シリアでイスラーム国支配地消滅2周年の祝典が行われるなか、米軍基地を狙って砲撃か?」を参照)。

3月28日の戦果

内務治安部隊は3月28日に声明を出し、作戦初日に、イスラーム国メンバーの疑いがあるとして手配リストに記載されていた9人をキャンプ第1ブロックで拘束したと発表した。

うち1人は、ダーイシュによるメンバー勧誘に長らく携わっていたアブー・サアド・イラーキーなる幹部だという。

トルコで活動する独立系シンクタンクのジュスール研究所が2020年9月1日に発表したレポートによると、フール・キャンプは6つの区画、8つのブロックから構成されておいる。

6つの区画のうち、第1区には、イスラーム国とつながりがない国内避難民(IDPs)、第2区と第3区にはイラク難民、第4区にはイスラーム国とつながりがあるとされるIDPs、第5区には欧州出身のイスラーム国メンバーの家族、そして第6区にはそれ以外の外国人戦闘員の家族が収容されている。

一方、8つのブロックのうち、第1、2、3、7ブロックにはイラク人難民が、第5、6、8ブロックにはシリア人IDPsが、第4ブロックにはイラク人難民とシリア人IDPsの両方が収容されている。また、この8ブロックとは別に、シリア、イラク以外の国の出身者が収容されている。

3月29日の戦果

作戦2日目となる3月29日、内務治安部隊は、キャンプ第1区で捜索活動を継続し、同地区のテント1張内で掘削中の地下トンネルを発見し、軍服服数着、ラップトップ・コンピュータ複数台を押収した。ラップトップ・コンピュータにはイスラーム国メンバーに関するファイルが保存されているという。

また、PYDに近いハーワール・ニュース(ANHA)によると、内務治安部隊はまた、ダーイシュのセル幹部と思われる4人を含む18人を新たに拘束した。これにより、28日以降の逮捕者数は27人となった。

諸外国への呼びかけ

作戦継続と並行して、シリア民主軍のマズルーフ・アブディー総司令官は、ツイッターにメッセージを投稿し、イスラーム国外国人メンバーの出身国に対して、改めて彼らと家族の身柄を引き取るよう呼びかけた。

我々の部隊は、ダーイシュの犯罪者たちを逮捕し、市民を守るため、フールで人道と治安作戦を開始している。我々は改めて、諸外国に対して自国の市民を帰国させ、フールにさらなる人道支援を行い、キャンプの状況と安定を高めるよう呼びかける。

イスラーム国家族の隔離主唱の非道と背後にあるより大きな不義

また、ハサカ県フール町一帯の有力部族の一つであるハワーティナ部族のマフムード・ハルフ・スバーフ氏は、ANHAのインタビューに応じ、「人道と治安」作戦に関連して次のように述べた。

キャンプを小さなブロックに分割し、ダーイシュの家族をそれ以外の家族から隔離しなければ、作戦は結実しない。還付の南部方面(ダイル・ザウル県)でも定期的に重点的治安作戦を行う必要がある。

ANHA、2021年3月29日
ANHA、2021年3月29日

イスラーム国メンバーの家族を隔離するという主張は、非道に感じられる。しかし、この非道の背後には、より大きな不義があることを見落とすべきではない。

イスラーム国に対する「テロとの戦い」を主導する西側諸国の価値の源泉だという人道に基づくのであれば、イスラーム国メンバーと家族は、出身国に送還され、そこで法の裁きを受けたのち、社会復帰すべきである。だが、出身国のほとんどは、彼らの受け入れに消極的である。

北・東シリア自治局は2020年の1年間で、外国人メンバーの子供121人と妻4人の身柄を、出身国であるロシア、フランス、スーダン、ウズベキスタン、ノルウェー、カザフスタンに引き渡した。出身国が消極的であることに加えて、北・東シリア自治局が、国際法上も、そして国内法上も正当な自治政体とは認められておらず、50カ国以上とされる出身国のほとんどが交渉のチャンネルを有していないことも、メンバーと家族の帰還の障害となっている。

2021年1月8日にシリア人権監視団が発表したところによると、キャンプには現在、62,498人が収容されている。このうちの30,694人(8,286世帯)がイラク人、22,626人(6,270世帯)がシリア人、残る9,178人がアジア、欧州、アフリカなどの国の国籍保有者だという。

帰る場を失ったメンバーと家族が、難民・捕虜として非人道的な生活を余儀なくされていることが、キャンプ内での彼らの反抗に繋がり、その一部を殺人や(集団)暴行といった犯罪に駆り立てている。それがキャンプ内での治安混乱の原因であり、その解消が彼らを人道的に扱うことから始められなければならないことは誰の目からも明らかだ。

だが、シリアの現状はそれを許さず、彼らは治安維持の名のもとに押さえつけられ、難民・捕虜であり続けることを強要されている。

「人道と治安」作戦という今回の作戦の名称は、こうした矛盾を妙に言い得ているのである。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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