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シリアのクルド民族主義組織がイスラーム国メンバーの家族を収容するフール・キャンプで治安回復作戦を開始

青山弘之東京外国語大学 教授
ANHA、2021年3月26日

治安回復作戦開始

英国を拠点に活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、シリア北東部にあるフール・キャンプ(「アルホール難民キャンプ」とも呼ばれる)で3月28日、シリア民主軍、同軍に所属する人民防衛隊(Yekîneyên Parastina Gel、YPG)、女性防衛隊(Yekîneyên Parastina Jin、YPJ)、テロ撲滅部隊(Yekîneyên Antî Teror‏、YAT)、緊急対応部隊(Hevalno Asayîşe Rojava、HAT)、そして内務治安部隊(アサーイシュ)からなる合同部隊が、「人道と治安」作戦と銘打った大規模な治安回復作戦を開始した。

国営のシリア・アラブ通信(SANA)は3月26日、複数の地元筋の話として、シリア民主軍の部隊が米主導の有志連合の支援を受けて、早朝にキャンプを包囲、突入の構えをみせていると伝えていた。

また、上述の武装部隊、治安部隊を主導するクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)に近いハーワール・ニュース(ANHA)も3月26日、フール・キャンプに近いフール町(ハサカ県)一帯地域の部族長や名士が、キャンプを「世界でもっとも危険なキャンプ」と評し、シリア民主軍と内務治安部隊に対して「断固たる措置」を講じ、「キャンプ内外でイスラーム国のセルを摘発・掃討するための大規模作戦を実施する」よう要請したと伝えていた。

シリア人権監視団によると、治安回復作戦には、キャンプ内で多発する暗殺事件など、イスラーム国のメンバー・支持者、その家族らによると思われる犯罪を抑止することが目的で、5,000人の戦闘員が参加するという。

フール・キャンプ来歴・現状

フール・キャンプは、シリア北部と東部を実効支配し、PYDが主導する北・東シリア自治局支配地における最大の難民・国内避難民(IDPs)収容施設である。湾岸危機・湾岸戦争が発生した1991年にイラクからの難民を収容するため、フール町近郊に建設された。その後、閉鎖されたが、イラク戦争が勃発した2003年に再開され、同戦争、そしてその後のイラク国内の混乱を逃れきたイラク人難民を収容し、UNHCR、OCHAといった国連機関が支援を行ってきた。

2014年にイスラーム国が台頭すると、イラクからの難民だけでなく、シリアのIDPsを収容する施設としても利用されるようになり、その規模も一気に拡大した。

トルコで活動する独立系シンクタンクのジュスール研究所が2020年9月1日に発表したレポートによると、フール・キャンプは6つの区画、8つのブロックから構成されておいる。

6つの区画のうち、第1区には、イスラーム国とつながりがないIDPs、第2区と第3区にはイラク難民、第4区にはイスラーム国とつながりがあるとされるIDPs、第5区には欧州出身のイスラーム国メンバーの家族、そして第6区にはそれ以外の外国人戦闘員の家族が収容されている。

一方、8つのブロックのうち、第1、2、3、7ブロックにはイラク人難民が、第5、6、8ブロックにはシリア人IDPsが、第4ブロックにはイラク人難民とシリア人IDPsの両方が収容されている。

また、この8ブロックとは別に、シリア、イラク以外の国の出身者が収容されている。

キャンプは、北・東シリア自治局が所轄するキャンプ局の管理下に置かれ、内務治安部隊やシリア民主軍が治安警察活動を担っている。だが、2019年3月のダイル・ザウル県バーグーズ村での戦闘に際して投降した6,000人とも言われるイスラーム国メンバーとその家族を収容して以降、キャンプ内の治安が悪化し、殺人、集団暴行事件が後を絶たない。

シリア人権監視団によると、2021年に入ってキャンプでは、41人が殺害されている。うち30人がイラク難民(子供2人、女性5人を含む)、8人がシリア人国内避難民(IDPs、子供1人、女性3人を含む)、1人がシリア評議会(シリア人IDPsの管理を委託されている組織)の議長、2人がアサーイシュ隊員だという。

こうした、治安の混乱、そして劣悪な人道状況ゆえに、フール・キャンプは、イスラーム国(ダウラ・イスラーミーヤ)をもじって、「ドゥワイラ・フール」(フール小国、「ドゥワイラ」は国家を意味する「ダウラ」(dawla)の縮小語)、あるいは政治犯の収容で知られる政府支配下のサイドナーヤー刑務所(ダマスカス中央刑務所)にちなんで「サイドナーヤー・カスド」(シリア民主軍のサイドナーヤー、カスド(QSD)はシリア民主軍のアラビア語名の頭字語)などと呼ばれることもある。

なお、2021年1月8日にシリア人権監視団が発表したところによると、キャンプには現在、62,498人が収容されている。このうちの30,694人(8,286世帯)がイラク人、22,626人(6,270世帯)がシリア人、残る9,178人がアジア、欧州、アフリカなどの国の国籍保有者だという。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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