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シリアのアレッポ県北部で攻撃し合っていたロシアとトルコが態度を一変させ、イドリブ県で合同軍事演習

青山弘之東京外国語大学 教授
Tvzvezda.ru、2021年2月11日

昨日の敵は今日の友…。シリアのアレッポ県北部で攻撃し合っていたロシアとトルコが2月11日、態度を一変させ、イドリブ県で合同軍事演習を行った。

緊張緩和地帯第1ゾーンの現況

イドリブ県は、2017年5月のアスタナ4会議(ロシア、トルコ、イランを保障国とする停戦プロセス)で、アレッポ県西部、ハマー県北西部、ラタキア県北東部とともに緊張緩和地帯(de-escalation zone)の第1ゾーンに指定された地域。反体制派は「解放区」と呼ぶが、シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)、トルコの庇護を受ける国民解放戦線(国民軍、Turkish-backed Free Syrian Army:TFAS)、革命家を自称するイッザ軍、新興のアル=カーイダ系組織であるフッラース・ディーン機構、中国新疆ウイグル自治区出身者からなるトルキスタン・イスラーム党などが支配している。

2020年2月から3月にかけての戦闘で、シリア・ロシア軍が、シャーム解放機構、国民解放戦線、イッザ軍からなる「決戦」作戦司令室とトルコ軍を降し、アレッポ市とハマー市を結ぶM5高速道路沿線一帯を制圧した。3月5日にロシアとトルコが交わした停戦合意では、アレッポ市とラタキア市を結ぶM4高速道路の安全を確保することなどが定められた。

これを受け、両軍は、タルナバ村からラタキア県のアイン・フール村にいたる区間で合同パトロールを実施してきた。また、M4高速道路沿線を支配下に置く反体制派に対しては、トルコがロシアとの合意に従うよう説得した。これを受けて、「決戦」作戦司令室を構成する諸派は撤退したが、2020年8月から9月にかけて、「ハッターブ・シーシャーニー大隊」、「アンサール・アビー・バクル・スィッディーク中隊」を名乗る正体不明の武装集団による両軍合同パトロールを狙った襲撃が相次ぐようになった。両軍は8月31日に初の合同軍事演習を実施するなどして対応を試みたが、9月以降、ロシア軍はトルコ軍側がM4高速道路の安全を確保する能力を欠いているとして同地での合同パトロールの参加を中止していた。

一方、トルコは2020年末から2021年1月にかけて、緊張緩和地帯第1ゾーンでの部隊の再展開を推し進めた。2018年10月のアスタナ7会議に基づき、同地に12カ所の監視所と70カ所以上の拠点を設置していたトルコ軍は、シリア政府の支配地域に取り残され、孤立していた監視所と拠点のすべてを撤収した。そのうえで、シリア政府支配地と反体制派支配地の境界線一帯、M4高速道路沿線に拠点を再配置し、一方でシリア・ロシア軍の進攻を、他方でM4高速道路沿線の安全確保を通じた停戦の維持をめざした。

「シリアのイドリブ県でロシア・トルコ両軍を狙う新たな武装グループとは何者なのか?」

「シリア北西部のイドリブ県内を移動中のトルコ軍装甲車2輌がシリア軍の砲撃を受ける」

「シリア北部で軍事攻勢を強めるトルコ:内戦の面影を失ったシリア内戦の今」

イドリブ県の勢力図とアスタナ7会議に基づいて設置された各国監視所(筆者作成)
イドリブ県の勢力図とアスタナ7会議に基づいて設置された各国監視所(筆者作成)

ムジャーヒド前衛なる武装集団の登場

イドリブ県では今年2月に入って、ガラパゴス化したシリアのアル=カーイダ系組織とシリア・ロシア軍の戦闘がにわかに激化した。その一方、2月9日には、アレッポ県北部では、トルコ軍とロシア軍による攻撃の応酬が行われた。

「ガラパゴス化するシリアのアル=カーイダとシリア・ロシア軍の戦闘が激化」

「トルコ軍がシリア北部でロシア軍のパトロール部隊を砲撃、ロシア軍は地対地ミサイルでトルコ占領地を攻撃」

トルコとロシア、そしてシリア政府と反体制派の緊張の高まりが懸念されるなか、2月10日に新たな事件が起きた。M4高速道路のアウラム・ジャウズ村とアリーハー市を結ぶ区間で通常のパトロール任務に就いていたトルコ軍装甲車3輌の近くで地雷によると思われる爆発が発生したのである。

人的、物的被害はなかったが、「ムジャーヒド前衛」を名乗る新たな組織が複数のSNSを通じて声明を拡散、「邪悪なトルコとロシアの計画を頓挫させる」と表明して関与を認め、攻撃の瞬間を写したとされる写真を公開するとともに、「次はもっとも嘆かわしく、もっとも苦しいことになろう」と攻撃継続を予告した。

Alsouria.net、2021年2月10日
Alsouria.net、2021年2月10日

Alsouria.net、2021年2月10日
Alsouria.net、2021年2月10日

軍事演習の実施

この攻撃が転機とするかのように、緊張を高めていたはずのロシアとトルコが再び連携を強めた。2月11日、ロシアのTASS通信などによると、両軍は、シリア政府の支配下にあるサラーキブ市西で合同演習を実施したのである。

英国を拠点とする反体制系NGOのシリア人権監視団によると、合同演習が実施されたのは、反体制派の支配下にあるタルナバ村近郊のシリア政府支配地との境界地域。

TASS通信によると、演習は、両国合同パトロール部隊の防衛と地域の安全確保が目的で、両軍合同パトロール部隊に対して行われるあらゆる攻撃を想定し、その撃退、負傷者の搬送、要撃の可能性がある地域の移動、ロシア語とトルコ語の障害を乗り越えるための手話の使用などの訓練が行われた。

トルコ軍報道官は、TASS通信に対して次のように述べている。

この地域では6ヶ月以上もパトロールが実施されていなかった。また、サラーキブ市で実施された演習は、(ロシアとの)協業を成功させるカギになるだろう。我々には改めてすべての任務を実施する必要がある。彼ら(ロシア軍)のみながここで経験を積んでいることを承知している。だが、我々には、さらなる調整を行うことが重要だ。

シリア人権監視団によると、合同演習に先立って、トルコ軍の使節団がシリア政府支配下のサラーキブ市西の接触線に配置されている拠点複数カ所を訪問した。

使節団には、トルコ軍とシリア人戦闘員多数が随行し、護衛にあたったという。

なお、シリア人権監視団によると、合同演習に先立って、2月10日には、トルコ・ロシア軍が、M4高速道路のアウラム・ジャウズ村とアリーハー市を結ぶ区間で合同パトロールを実施したという。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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