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ハマースとイスラエルの停戦交渉が決裂する中、イスラエル軍はシリアを爆撃、「イランの民兵」がこれに報復

青山弘之東京外国語大学 教授
X (@NujabaTv)、2024年5月9日

エジプトの首都カイロで行われていたパレスチナのハマースとイスラエルの停戦に向けた交渉が決裂し、イスラエル軍はガザ地区南部のラファに対する軍事攻勢を強めようとしている。

こうしたなか、5月9日にイスラエル軍はシリアに対する爆撃を実施した。

イスラエル軍によるシリア爆撃

シリアの国防省はフェイスブックを通じて声明を出し、5月9日午前3時20分頃、イスラエル軍が占領下ゴラン高原方面からダマスカス郊外県の建物1棟を狙って航空攻撃を行い、シリア軍防空部隊がミサイル複数発を迎撃、その一部を撃破、攻撃により若干の物的損害が生じたと発表した。

英国で活動する反体制派系NGOのシリア人権監視団によると、ダマスカス郊外県サイイダ・ザイナブ町近郊にあるイラクの人民動員隊所属のヌジャバー運動の文化センターと教練キャンプ、キスワ市一帯の陣地複数ヵ所が狙われた。

ヌジャバー運動

ヌジャバー運動は、シリアに2011年に「アラブの春」が波及し、内戦が激しさを増していた2013年、イラクのシーア派民兵の一つであるアサーイブ・アフル・ハックから派生するかたちで、アクラム・カアビーらによって結成された。アンマール・ブン・ヤースィル旅団、ハマド旅団、イマーム・ハサン・ムジュタバー旅団といった部隊から構成され、シリアに民兵を派遣し、同国内のシーア派聖地の防衛にあたる一方、2010年代半ばには、シーア派が多く住むアレッポ県北西部のヌッブル市、ザフラー町解囲戦(2015年)や、同県アレッポ市南部郊外、ダマスカス郊外県東グータ地方、ラタキア県、ハマー県での戦闘に参加した(拙稿「シリアの親政権民兵」『中東研究』第530号、2017年、pp. 22-44を参照)。

Al-Sharq al-Awsat、2017年12月5日
Al-Sharq al-Awsat、2017年12月5日

ヌジャバー運動は、イラクでのイスラーム国の勢力拡大を受けて、2015年にヒズブッラー大隊、アサーイブ・アフル・ハック、バドル機構、殉教者サドル軍団といったシーア派民兵組織がナジャフ市のマルジャイーヤのファトワーに呼応するかたちで参集し、2016年11月に正式発足した人民動員隊に参加している。人民動員隊、そしてそれを構成する諸派は、イラン・イスラーム革命防衛隊の支援を受けており、レバノンのヒズブッラー、アフガニスタン人の民兵組織のファーティミーユーン旅団などとともに、いわゆる「イランの民兵」の主力をなしている。

ヌジャバー運動はまた、イスラエルとハマースの衝突が勃発した2023年10月以降に活動を開始したイラク・イスラーム抵抗にも、人民動員隊の急進派とともに参加していると見られる。

報復を示唆

攻撃を受け、ヌジャバー運動が運営するヌジャバー衛星テレビはX(旧ツイッター)を通じて被害現場の映像を公開した。

また、ヌジャバー運動におけるシリア問題担当の渉外関係責任者のマフムード・ムーサウィーは、イスラエルによって軍事拠点と文化センターが狙われたとしたうえで、同様の攻撃が予想されるなかで、断固たる報復を行う用意があると主張、また米国がイスラエルによる攻撃を指示していると断じ、報復の標的がイスラエルに限られないことを示唆した。

イスラエル軍のシリア攻撃の死者は150人弱

シリア人権監視団によると、イスラエル軍によるシリアへの攻撃は、5月に入って4回目、今年に入って38回目(うち26回が航空攻撃、12回が地上攻撃)で、これにより76あまりの標的が破壊され、軍関係者130人が死亡、53人が負傷しているという。

同監視団によると、軍関係者の死者内訳は以下の通りである。

  • イラン人(イラン・イスラーム革命防衛隊):21人
  • レバノンのヒズブッラーのメンバー:20人
  • イラク人:12人
  • 「イランの民兵」のシリア人メンバー:28人
  • 「イランの民兵」の外国人メンバー:10人
  • シリア軍将兵:39人

また、民間人も12人が死亡、20人あまりが負傷している。

攻撃の県別内訳は以下の通りである。

  • ダマスカス県、ダマスカス郊外県:17回
  • ダルアー県:13回
  • ヒムス県:3回
  • クナイトラ県:3回
  • タルトゥース県:1回
  • ダイル・ザウル県:1回
  • アレッポ県:1回

連帯するアンサール・アッラー(フーシー派)

ヌジャバー運動を狙ったイスラエル軍の攻撃を受けるかたちで、イラク・イスラーム抵抗は5月9日、テレグラムを通じて1日としてはこれまでに最高となる6回の声明を発表し、イスラエル各所を攻撃したと主張した。

イラク・イスラーム抵抗が主張する攻撃対象は以下の通りである。

  • ネバティム空軍基地:無人航空機(ドローン)で攻撃
  • エイラート市の重要拠点1ヵ所:ドローンで攻撃
  • アシュケロン市の石油港:アルカブ弾頭ミサイル1発で攻撃
  • エリファレト基地:ドローンで攻撃
  • 地中海沖のリヴァイアサン・ガス田:ドローンで攻撃
  • オブダ空軍基地:ドローンで攻撃

また、5月10日にもテレグラムを通じて2回の声明を発砲し、以下の標的を攻撃したと主張した。

  • エイラート市の重要拠点1ヵ所:ドローンで攻撃
  • エイラート市のイスラエル軍陣地1ヵ所:ドローンで攻撃

なお、イスラエル軍はシリアに対する爆撃、そしてイラク・イスラーム抵抗による報復に対して何らのコメントも発表していない。

イラク・イスラーム抵抗の報復に呼応するかたちで、イエメンのアンサール・アッラー(蔑称フーシー派)も声明を出し、アデン湾でイスラエルの貨物船MSCデゴ(詳細不明)とMSCギナ(パナマ船籍)を攻撃するとともに、インド洋とアラビア海で貨物船MSCヴィットリア(パナマ船籍)に対して2回の攻撃を行ったと発表した。

警戒する米国、警告するロシア

イラク・イスラーム抵抗とアンサール・アッラーの報復は、米国を狙ったものではなかった。だが、米軍は報復に警戒するかたちで、違法駐留を続けているシリア北東部ハサカ県のハッラーブ・ジール村の基地(農業用空港)などにイラクから陸路と空路で軍装備品や兵站物資を搬入した。

その一方で、シリア駐留ロシア軍の司令部があるラタキア県フマイミーム航空基地に設置されているロシア当事者和解調整センターのユーリ・ポポフ副センター長は、ハサカ県のサルムーク・ファウワーニー村で、ロシア軍憲兵隊が8日午前12時、米軍のM2ブラッドレー歩兵戦闘車6台とピックアップ・トラック2台からなる有志連合の車列の進行を阻止し、これを退却させたと発表した。

ロシア軍が有志連合の車列に対峙するのは、実に3年ぶりのことだが、この動きは、米軍への挑発と見るよりは、シリア領内での不意の攻撃に晒されるような行動を控えさせようとする警告と捉えるべきだろう。

なお、ロシア軍は、イスラエル軍とシリア軍の直接交戦を阻止するため、ハマースとイスラエルの衝突が始まって以降、シリア政府の支配地とイスラエルが占領するゴラン高原を隔てる兵力引き離し地帯に11ヵ所の陣地や監視ポストを設置している。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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