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シリア北部で軍事攻勢を強めるトルコ:内戦の面影を失ったシリア内戦の今

青山弘之東京外国語大学 教授
ANHA、2021年1月1日

2020年末から2021年にかけて、シリア北部でトルコが軍事攻勢を強めている。2011年の「アラブの春」に端を発するシリア内戦には、内戦の面影はなく、事態はトルコによる侵略の様相を呈している。

占領地南部への攻勢

トルコは、アレッポ県アフリーン市、バーブ市、ジャラーブルス市一帯、ラッカ県タッル・アブヤド(ギレ・スピ)市一帯、ハサカ県ラアス・アイン(スィリー・カーニヤ)市一帯を「安全地帯」(Guvenli Bolge)と称して占領している。トルコとその支援を受ける反体制派が「ユーフラテスの盾」、「オリーブの枝」、「平和の泉」と呼ぶ地域だ。

その南側には、シリア政府とクルド民族主義勢力の民主統一党(Partiya Yekitiya Demokrat、PYD)が主導する自治政体の北・東シリア自治局(North East of Syria、NES)が共同統治(ないしは分割統治)する地域が広がっている。同地は、2017年まではおおむねイスラーム国の支配下にあったが、クルド民族主義民兵の人民防衛隊(Yekineyen Parastina Gel、YPG)を主体とするシリア民主軍(Syrian Democratic Forces、SDF)が米主導の有志連合の支援を受けて解放し、NESの支配下に入った。その後、2019年10月にトルコ軍がタッル・アブヤド市一帯とラアス・アイン市一帯に侵攻(「平和の泉」作戦)し、SDFを放逐し、同地を占領すると、ロシア軍とシリア軍が占領地との境界一帯と国境地帯、そしてアレッポ県のアイン・アラブ(コバネ)市、マンビジュ市、ラッカ県のラッカ市、タブカ市、アイン・イーサー市、ハサカ県のタッル・タムル町、アブー・ラースィーン(ザルカーン)町などの都市に展開した。

トルコ軍は、シリア国民軍(Turkish-backed Free Syrian Army、TFSA)とともに、2020年末からアレッポ市とイラクとの国境に位置するハサカ県ヤアルビーヤ町を結ぶM4高速道路が通る要衝のアイン・イーサー市一帯への攻勢を強めていた。2021年に入ると、これに加えて、タッル・タムル町一帯、そしてアレッポ市の北に位置し、シリア政府と北・東シリア自治局が共同統治するタッル・リフアト市一帯への砲撃を激化させた。

PYDに近いハーワール・ニュース(ANHA)によると、トルコ軍とTFSAは1月1日、アイン・イーサー市一帯を砲撃し、SDF兵士3人が死亡、3日にも住民2人(うち1人は女性)が負傷した。

ANHA、2021年1月3日
ANHA、2021年1月3日

トルコ軍はまた、アイン・イーサー市西のM4高速道路の北約500メートルの地点に新たな基地の建設を開始し、レーダー、重火器などを配備した。この基地は、道路の南約500メートルの地点にあるシリア・ロシア軍の合同拠点に対峙するかたちで設置された。

一方、英国を拠点とする反体制系NGOのシリア人権監視団によると、シリア民主軍に所属するバーブ軍事評議会は1月2日、バーブ市近郊のハズワーン村一帯でトルコ軍を狙撃し、2人を負傷させた。

また、1月2日には、「ユーフラテスの縦」地域とマンビジュ市一帯のシリア政府と北・東シリア自治局の地域を隔てるウンム・ジャッルード村の通行所が、所属不明の無人航空機(ドローン)の攻撃を受け、石油トレーラー複数輛が狙われるという事件も発生した。

さらに、トルコ占領下のバーブ市(1月1日)、アフリーン市近郊のジャンディールス村(1月2日)、ラアス・アイン市(1月6日)では、爆破事件が相次いだ(実行犯は不明)。

1月6日になると、トルコ軍の砲撃範囲はさらに拡大した。

ANHAによると、トルコ軍とTFSAは、タッル・タムル町北のダルダーラ村、ファッカ村、タッル・タムル町とアブー・ラースィーン町を結ぶM4高速道路沿線の村々、タッル・タムル町とラアス・アイン市を結ぶ街道沿線の村々を砲撃した。この砲撃により、タッル・タムル町から北東2キロのM4高速道路沿線に位置する発電所が被弾し、同町とその近郊一帯で停電が発生した。

砲撃はさらに、変電所に隣接するロシア軍基地にも及んだが、ロシア軍側は応戦せず、これを静観した。

同日のトルコ軍とTFSAによる砲撃は、アイン・イーサー市近郊、タッル・リフアト市近郊のハルバル村に対しても行われた。

「解放区」での動き

トルコは占領地の南側に対する攻勢を強める一方、シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構が軍事・治安権限を掌握し、同組織とトルコが全面支援する国民解放戦線(TFSA所属組織)を主体とする「決戦」作戦司令室が活動するイドリブ県中北部のいわゆる「解放区」でも部隊の再展開を行っていた。

トルコは2018年10月のロシアおよびイランとの合意(アスタナ7会議)に基づき、同地およびラタキア県北東部、アレッポ県北西部、ハマー県北西部に12カ所の監視所を設置していた。また、2020年2月27日から3月5日にかけて実施した侵攻作戦(「春の盾」作戦)と前後して、多数の拠点を設置、その数は70カ所以上に達していた。

筆者作成
筆者作成

これらの監視所と拠点は、2020年3月までの戦闘で周辺地域をシリア軍によって制圧され、孤立状態にあったが、10月頃からその撤収作業が随時進められた。その結果、2020年末までにトルコ軍は、シリア政府支配地内にあったすべての監視所と拠点から撤退した。

トルコ軍が撤退した監視所と拠点は以下の通りである。

監視所

  • イドリブ県:サルマーン村(第7監視所)、タッル・トゥーカーン村(第8監視所)
  • アレッポ県:アナダーン山(第3監視所)、シャイフ・アキール山(第4監視所)、アレッポ市ラーシディーン地区(南)(第5監視所)、アイス村(アイス丘)(第6監視所)
  • ハマー県:ムーリク市(第9監視所)、シール・マガール村(第10監視所)

拠点

  • イドリブ県:サラーキブ市(1カ所)、マアッル・ハッタート村
  • アレッポ県:アレッポ市ラーシディーン地区、ハーン・トゥーマーン村、ズィルバ村(クーラーニー工場)

また、「解放区」内に維持されている監視所と拠点は以下の69カ所である。

監視所

  • イドリブ県:サルワ村(第1監視所)、ジスル・シュグール市(イシュタブリク村)(第11監視所)
  • アレッポ県:登塔者聖シメオン教会跡(第2監視所)
  • ラタキア県:ザイトゥーナ村(第12監視所)

拠点

  • イドリブ県:サラーキブ市(2カ所)、タルナバ村、ナイラブ村、クマイナース村、サルミーン市、タフタナーズ航空基地、マアーッラト・ナアサーン村(2カ所)、マアッラトミスリーン市、マストゥーマ村(バアス前衛基地)、タルマーニーン村、バルダクリー村、ナフラヤー村、ムウタリム村、ブサンクール村(3カ所)、ナビー・アイユーブ丘、バザーブール村、バータブー村、ラーム・ハムダーン村、アブザムー町、ムシャイリファ村、タッル・ハッターブ村、ビダーマー町(2カ所)、ナージヤ村、ズアイニーヤ村(2カ所)、ガッサーニーヤ村、クファイル村、バクサルヤー村、フライカ村、バルナース村、アリーハー市、ジャンナト・クラー村、バサーミス村、カイヤーサート村、マルイヤーン村、マアッラータ村、タフタナーズ市、マンタフ村、ムハムバル村(2カ所)、ラーキム丘、バイルーン村、クークフィーン村、ダイル・サンバル村・イフスィム村間、バーラ村、バイルーン村、マルカブ丘、バドラーン丘、バーラ村、カドゥーラ村
  • アレッポ県:アナダーン市、ジーナ村(2カ所)、カフル・カルミーン村、タワーマ村、第111中隊基地、アターリブ市、ダーラ・イッザ市、カフル・ヌーラーン村
  • ハマー県:ムガイル村

しかし、その一方で、トルコ軍は「解放区」内の監視所や拠点に部隊を再展開させ、同地の防衛強化に努めるとともに、1月2日と3日にはシリア政府の支配下にあるイドリブ県のサラーキブ市を砲撃した。

トルコ軍はまた、1月5日にM4高速道路のイドリブ県クファイル村、ビダーマー町、ズアイニーヤ村からラタキア県のアイン・フール村に至る区間に警備用の詰所を設置、6日に国民解放戦線の戦闘員を配置した。

こうした動きのなかで、「決戦」作戦司令室のシリア軍に対する挑発行為もエスカレートした。

シリア人権監視団によると、「決戦」作戦司令室は1月1日と3人、イドリブ県のミラージャ村でシリア軍兵士を狙撃し2人を射殺、2日にはハマー県ジューリーン村近郊でシリア軍の車輌をミサイル攻撃し、兵士複数を殺傷、5日にはイドリブ県のマアーッラト・ナアサーン村近郊で兵士3人を殺害した。

沈黙するロシア、トルコの狙いは?

トルコ軍の攻勢に関して、各種メディアでは、トルコが北東部からSDFを掃討するための新たな軍事作戦を準備しているといった報道や、シリア・ロシア軍の進攻で「解放区」をこれ以上縮小されるのを阻止しようとしているといった報道が流れている。だが、トルコが得ようと企んでいるものは具体的には見えてこない。

その理由は、ロシアの沈黙にある。トルコ軍が攻勢を強めるなか、同国北部でトルコとともに停戦を監視しているロシアは表だった動きを見せていない。だが、シリア領内でトルコが何かを得る場合、それはロシア(そしてシリア政府)との取引が常に行われてきた。

それは、「土地の交換」というかたちで顕著に表れてきた。トルコが「ユーフラテスの盾」地域を占領下に置いた2016年から2017年にかけて、シリア政府は反体制派の一大拠点だったアレッポ市東部を奪還した。トルコが「オリーブの枝」地域を手中に収めた見返りとして、シリア政府は、アレッポ市とハマー市を結ぶ鉄道以東の「解放区」を支配下に置き、ダマスカス郊外県東グータ地方やダルアー県の「解放区」に対するシリア・ロシア軍の軍事作戦を黙認させた。「平和の泉」地域に対する見返りは、アレッポ市とハマー市を結ぶM5高速道路沿線地域だった。

今回のトルコ軍の攻勢への見返りとして、ロシアが何を求めるかによって、戦闘の規模、そして秩序再編の度合いが決せされることになるだろう。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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