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イスラエルがシリア領内の「イランの民兵」を大規模爆撃、50人以上が死亡:米政権末期に繰り返される無謀

青山弘之東京外国語大学 教授
Nida’ al-Furat、2021年1月13日

イスラエル軍は1月13日未明、シリア北東部のダイル・ザウル県のユーフラテス川西岸一帯にかつてないほど大規模な爆撃を実施した。ドナルド・トランプ米大統領が退任(ないしは罷免)を間近に控えるなか、シリアへのこうした激しい爆撃には既視感を覚える。

オバマ前政権による大規模爆撃

似たような爆撃がバラク・オバマ前政権末期にもあったからだ。

オバマ前政権は、ロシアと共同議長を務めていたジュネーブでの和平プロセスが頓挫し、シリアのアル=カーイダであるヌスラ戦線(当時の呼称はシャーム・ファトフ戦線)が主導する反体制派の最大の拠点だったアレッポ市東部の陥落が、シリア軍とロシア軍の攻勢を前に時間の問題となるなか、奇妙な行動に出た。

2016年9月17日、米軍は、当時イスラーム国の包囲を受けていたダイル・ザウル市近郊のサルダ山に展開するシリア軍に対して爆撃を加えたのだ。英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、この爆撃でシリア軍将兵、国防隊(親政権民兵)戦闘員94人が死亡、110人あまりが負傷した。

また、イスラーム国はこの爆撃を利するかたちで、サルダ山への攻勢を強め、一時制圧するという戦果を上げた。

シリア政府やロシアは、米国のこうした「テロ支援」がシリアでの紛争解決を遅らせ、混乱を持続させていると批判した。

大規模爆撃への予兆

それから4年4ヶ月を経て、ダイル・ザウル県は再び激しい爆撃に晒されることになった。攻撃に踏み切ったのは、今度はイスラエルだった。

今年に入ってイスラエルはすでに1度シリア領内への越境爆撃を実施している。イスラエル軍戦闘機は1月6日午後11時頃、占領下のゴラン高原上空からシリア南部の複数カ所にミサイル複数発を発射した。

国営のシリア・アラブ通信(SANA)は、シリア軍防空部隊がこれを迎撃し、ほとんどのミサイルを撃破したと伝えた。だが、シリア人権監視団によると、スワイダー県ダウル村西のレーダー大隊基地、同県北西部のナジュラーン村の大隊基地、レバノンのヒズブッラーをはじめとする「イランの民兵」や国防隊が展開するダマスカス郊外県キスワ市の第1師団基地一帯などが標的となり、レーダー大隊基地で1人、第1師団基地一帯で2人が死亡、各所で合わせて11人が負傷した。

「イランの民兵」とは、イラン・イスラーム革命防衛隊、その精鋭部隊であるゴドス軍団、そしてこれらの組織の支援を受けるヒズブッラー、アフガニスタン人からなるファーティミーユーン旅団、パキスタン人からなるザイナビーユーン旅団などを表す蔑称で、「シーア派民兵」と呼ばれることもある。シリア政府は、国防隊、ロシアの支援を受けるパレスチナ人民兵組織のクドス旅団などを含めて「予備部隊」、ないしは「同盟部隊」と呼んでいる。

また「ソレイマーニー司令官暗殺から1年:「イランの民兵」を狙った爆撃・ミサイル攻撃が相次ぐシリア」でも述べた通り、イラン・イスラーム革命防衛隊ゴドス軍団のガーセム・ソレイマーニー司令官がイラクの首都バクダードで米軍によって暗殺(2020年1月3日)されてから1年が経ち、米国やイスラエルがイランからの報復に警戒感を強めるなか、シリア政府の支配下にあるダイル・ザウル県のユーフラテス川西岸地域各所で「イランの民兵」を狙った爆撃が相次いだ。

イスラエルによる大規模爆撃

こうしたなかで行われたのが、イスラエル軍による大規模爆撃だった。

SANAによると、爆撃は1月13日午前1時10分、イスラエル軍戦闘機によって開始され、これと前後してSNSやYouTubeでは、住民が撮影した爆撃の瞬間の映像が多数公開された。

また、反体制系サイトのニダー・フラートはフェイスブックのアカウントを通じて、ダイル・ザウル市やブーカマール市の被害状況の写真を公開した。

ダイル・ザウル市の様子(Nida’ al-Furat、2021年1月13日)
ダイル・ザウル市の様子(Nida’ al-Furat、2021年1月13日)

ブーカマール市の様子(Nida’ al-Furat、2021年1月13日)
ブーカマール市の様子(Nida’ al-Furat、2021年1月13日)

シリア人権監視団や反体制系サイトのアイン・フラートによると、爆撃はブーカマール市一帯、ブーカマール市一帯、マヤーディーン市一帯に対して50回以上にわたって行われ、シリア軍、ヒズブッラー、ファーティミーユーン旅団などの「イランの民兵」の基地、拠点、武器弾薬ミサイル倉庫が標的となり、シリア人、イラク人、アフガニスタン人など少なくとも57人が死亡した。

シリア人権監視団やニダー・フラートによると、被害の詳細は以下の通りである;

  • ダイル・ザウル市一帯:爆撃は16回で、ダイル・ザウル市の軍事情報局、サルダ山、パノラマ交差点、ブール・サイード地区のパン製造所、労働者住宅地区内の教育学部、放送塔、ダイル・ザウル空港一帯の拠点、アイヤーシュ村の武器弾薬ミサイル倉庫、ダイル・ザウル市南の第137旅団基地などが標的となり、シリア軍兵士10人、軍事治安局職員4人など26人が死亡。
  • ブーカマール市一帯:爆撃は6回で、スィーバ地区、ビヤール・ハムル地区、スィヤール地区、ヒズブッラーが管理するアーイシャ病院、同市周辺に設置されたグリーン・ゾーン内のイラク人民動員隊など拠点、武器弾薬庫が標的となり、「イランの民兵」に所属するイラク人戦闘員15人が死亡。
  • マヤーディーン市一帯:爆撃は2回で、マヤーディーン市のアラバ(ラフバ)の城塞、同市近郊の砂漠地帯の農場地区に設置されている拠点と武器庫が狙われ、ファーティミーユーン旅団戦闘員11人と身元不明の外国人(非シリア人)4人が死亡。

なお、シリア軍の発表では、死者は5人、米アラビア語衛星テレビ局のフッラ・チャンネルによると、シリア人7人を含む23人である。

米国とイスラエルの連携

「ソレイマーニー司令官暗殺から1年:「イランの民兵」を狙った爆撃・ミサイル攻撃が相次ぐシリア」でも述べた通り、ダイル・ザウル県に対する爆撃においては、どの国がそれを実施したのかが公式に発表されることはない。

だが、今回は違った。

米国の諜報機関の高官がAPに対して、匿名を条件に、爆撃が米国との連携のもと、イスラエル軍によって行われたと暴露したのだ。

同匿名高官によると、イスラエルは、米国が提供した諜報に基づいて爆撃を実施、またマイク・ポンペオ国務長官が爆撃の2日前(1月11日)に、イスラエル諜報機関モサドのヨシ・コーヘン長官とワシントンDCのレストラン・カフェ・マリノで会談を行ったのだという。

イスラエル政府は爆撃に関して公式の発表は行っていない。だが、米国高官が、シリアでの爆撃でイスラエルとの連携について言及するのはきわめて異例だった。

一方のロシアは?

大規模爆撃が行われたダイル・ザウル県のユーフラテス川西岸は、2017年12月にロシア軍と「イランの民兵」の支援を受けるシリア軍がイスラーム国を駆逐し、これを制圧した。同地は、「イランの民兵」の影響力が強いが、ロシア軍もまたダイル・ザウル市やブーカマール市に部隊を駐留させている。

現地のロシア軍部隊に関して、アイン・フラートは1月13日、ブーカマール市内のスィヤーヒー・ホテルに駐留していた将兵数十人が現地スタッフ数名を残して撤退していたと伝えた。

理由は不明だが、ロシアとイランの水面下での対立を受けて撤退したものと見られるという。

ロシアが今回の爆撃についてイスラエル、ないしは米国から事前報告を受けていたか現時点では不明だ。だが、イスラーム国に対する「テロとの戦い」が激しく行われていた2015年末、ロシアと米国は、シリア領空での偶発的な衝突を回避することを目的として、ホットラインを開設し、ユーフラテス川以西の制空権はロシア、以東は米国が掌握した。ロシアはまた、イスラエルとの間にも同様の合意を交わしている。これらが現在も効力を持っているのであれば、ロシアがイスラエルの越境爆撃を承知していないはずはないことになる。

既視感のゆえん

トランプ大統領の任期最末期におけるシリアへの大規模爆撃は、それを行ったのが米軍ではなくイスラエル軍であったこと、標的が米国を含む国際社会にとって最大の脅威と目されていたイスラーム国に対峙していたシリア軍ではなく、現下の中東における米国(そしてイスラエル)にとって最大の脅威であるイラン(より厳密には「イランの民兵」とそれと共闘するシリア軍、国防隊)を主な標的していたという点で、オバマ前政権末期の爆撃とは違っている。また、米国の脅威に真正面から対峙しようとした今回の爆撃の方が、オバマ前政権によるマッチポンプよりも素直な施策だと言える。

だが、シリア国内からこれらの爆撃を見上げると、自由、民主主義、テロ撲滅、大量破壊兵器拡散防止など、介入の根拠となっている原理・原則に何ら基づいていない無謀な行為が、米政権の幕引きに合わせて繰り返されているという点で違いはない。そして、このことが既視感を覚えさせるゆえんである。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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