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「シリア革命」最後の牙城イドリブ市で抗議デモが弾圧:「反体制派」の真の姿

青山弘之東京外国語大学 教授
Enab Baladi、2024年5月15日

シリア北西部のイドリブ県イドリブ市で5月14日、逮捕者釈放を求めて座り込みデモを行っていた活動家や住民が治安当局の暴行を受け、強制排除された。

北西部を支配する「反体制派」シャーム解放機構

シリアで抗議デモ弾圧というと、真っ先に思い浮かぶのが、シリア政府(バッシャール・アサド政権)による無辜の市民に対する弾圧かもしれない。だが、シリアで起きている弾圧は、「悪の独裁」対「正義の市民」という狭量で現実離れした図式に当てはめることはできない。

シリア北西部は、自由、尊厳、そして体制打倒を目的とする「シリア革命」最後の牙城と目され、そこは独裁体制の支配を脱した「解放区」と見られがちである。しかし、同地には「革命家」を自称する内外の活動家が夢想しているような「地上の楽園」は存在しない。同地を支配するのは、シリアのアル=カーイダと目される国際テロ組織のシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)であり、その支配のもとで多くの住民は、その言論や行動を監視・規制されており、恣意的逮捕、拷問、暴行、嫌がらせが日常化している。

そのことは、兵役を忌避して、日本に逃れていたシリア人男性に対する国の難民不認定処分を取り消すことを命じた5月9日の名古屋地方裁判所(剱持亮裁判長)の判決文にも明確に記述されている。だが、こうした事実が日本のマスメディアにおいて報じられることはほとんどなく、「シリア革命」に自己陶酔する一部の活動家や自称ジャーナリストによって情報拡散されることもない。

懐柔策から弾圧へ

5月14日のイドリブ市での弾圧は、同市の軍事裁判所前にテントを設営し、シャーム解放機構による住民らへの恣意的な不当逮捕に抗議し、拘束されている家族や親族の釈放などを求めていた活動家や住民に対して行われた。

テントの撤去を求める治安部隊である総合治安機関の要員がデモ会場を強襲し、デモ参加者らを威嚇、投石を行い、暴行を加えることで、強制排除を試みたのである。

これによって、デモに参加していた活動家ら多数が負傷し、病院に搬送された。また、座り込みデモの会場となっていたテントも破壊された。

弾圧のすさまじさは、「シリア革命の咆哮者たち」を名乗るテレグラムのアカウントなどが公開した映像や写真から確認できる(映像、写真については「シリア・アラブの春顛末記:最新シリア情勢」の「シャーム解放機構がイドリブ市のデモ参加者を襲撃、同機構支配地各所で抗議デモ(2024年5月14日)」を参照されたい)。

Enab Baladi、2024年5月14日
Enab Baladi、2024年5月14日

シャーム解放機構の支配下にあるシリア北西部では、2023年9月に拘束されたアフラール(自由人)軍(北西部で活動するアル=カーイダの系譜を汲む武装組織の分派)メンバーのアブー・ウバイダ・タッル・ハドヤー(本名アブドゥルカーディル・ハキーム)が獄中での拷問で死亡したことをきっかけに、2月末から各地で抗議デモが続いていた。これに対して、シャーム解放機構は、一部逮捕者の釈放や改革案の発表などで対応しようとした(「「シリア革命」が13年目に突入:抗議デモを危機に晒すエコーチェンバー」を参照)。だが、こうした懐柔策は奏功せず、デモは各地で連日にわたって続いていた。

収まらない抗議デモ

シャーム解放機構による弾圧は、一罰百戒となるどころか、抗議デモを高揚させた。これまでの抗議デモはおおむね夜間に行われていた。だが、5月14日にはシャーム解放機構の支配下にあるイドリブ県のカフルタハーリーム町、カフルルーマー村、ハザーヌー町、ジスル・シュグール市、アルマナーズ市、マアッラトミスリーン市、ビンニシュ市、タフタナーズ市、ハルブヌーシュ村、イフスィム村、カッリー町、アレッポ県のアターリブ市で昼夜を問わず抗議デモが行われた。

デモはまた、トルコの占領下にあるアレッポ県北部のアアザーズ市にも飛び火した。

Telegram (mzmgr_syria)、2024年5月15日
Telegram (mzmgr_syria)、2024年5月15日

座り込みデモの強制排除に関して、シャーム解放機構に支配地の自治(行政)を委託されているシリア救国内閣のムハンマド・アブドゥッラフマーン内務大臣はテレグラムの公式アカウントを通じて、デモ参加者が、対話を求めるイドリブ市の名士や住民に暴行を加え、イドリブ警察本部を襲撃し、警官6人を負傷させたことを受けて、総合治安機関が介入したと発表、弾圧を正当化した。

また、シャーム解放機構の指導者であるアブー・ムハンマド・ジャウラーニーは5月15日、イドリブ県内某所で司令官や名士らと会合を開き、その場で次の通り述べた。

人々からは多くの正当な要求が示され、我々は社会のあらゆる層と膝を突き合わせて、皆が目にしている通り、ほとんどの要求を満たし、残りの要求に取り組んでいる。
我々は皆、最近になって要求が本来の軌道から逸脱し、解放区の公共の利益を妨害する状態に変わり、解放区の組織や公的生活の破壊につながる手法を利用されているのを目にした。
我々は以前、解放区の公共の福利、公共基盤へのいかなる抵触も、レッド・ラインを踏み越えるもので、当局はこうした事態に対処するために動く、と警告した。
兄弟たちよ、私は解放区が柱の上に成り立っているバランスを崩そうとする者たちに対して団結して立ち向かうよう呼びかける。柱の一つが倒されれば、すべての柱が乱されることになる。

Enab Baladi、2024年5月16日
Enab Baladi、2024年5月16日

アブドゥッラフマーン内務大臣も5月15日にイドリブ市内で演説を行い、デモを継続しようとする活動家らに対して、「鉄拳で打撃を与える」と脅迫した。

そのうえで、シャーム解放機構はイドリブ市の入口に監視部隊を展開させるとともに、精鋭部隊であるアブー・バクル・スィッディーク旅団、アリー・ブン・アビー・ターリブ旅団、サアド・ブン・ザイド旅団、ウマル・ブン・ハッターブ旅団を市内に進駐させるなどして威嚇した。

しかし、抗議デモが収まる気配はなく、5月15日には、イドリブ県のイドリブ市、ジスル・シュグール市、ダルクーシュ町、アティマ村の国内避難民(IDPs)キャンプ群、アレッポ県のアビーン・サムアーン町で、ジャウラーニーの打倒、逮捕者の即時釈放を訴える抗議デモが行われた。

シリアにおいて、体制打倒に向けた武装闘争の旗手としてのシャーム解放機構の存在は、「革命家」、「反体制派」というあいまいな言葉にぼかされて、支持、称賛されることすらある。だが、「弾圧者」、「国際テロリスト」という真の姿は、そうした支持、称賛に終始してきた個人、組織には知られたくない事実なのかもしれない。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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