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ソレイマーニー司令官暗殺から1年:「イランの民兵」を狙った爆撃・ミサイル攻撃が相次ぐシリア

青山弘之東京外国語大学 教授
‘Ayn al-Furat、2021年1月12日

イラン・イスラーム革命防衛隊ゴドス軍団のガーセム・ソレイマーニー司令官がイラクの首都バクダードで米軍によって暗殺されてから、1月3日でちょうど1年が経った。イランやイラクでは、ソレイマーニー司令官を追悼するさまざまな催しが行われる一方、米国やイスラエルは、イランからの報復に警戒感を強めた。

こうしたなか、昨年12月から今月にかけて、シリア北東部のダイル・ザウル県で「イランの民兵」を狙った爆撃が相次いでいる。

「イランの民兵」とは?

「イランの民兵」、イラン・イスラーム革命防衛隊、その精鋭部隊であるゴドス軍団、そしてこれらの組織の支援を受けるレバノンのヒズブッラー、アフガニスタン人からなるファーティミーユーン旅団、パキスタン人からなるザイナビーユーン旅団などを表す蔑称で、「シーア派民兵」と呼ばれることもある。シリア政府は、親政権民兵の国防隊、ロシアの支援を受けるパレスチナ人民兵組織のクドス旅団などを含めて「予備部隊」、ないしは「同盟部隊」と呼んでいる。

相次ぐ爆撃

ダイル・ザウル県で相次ぐ爆撃は、いずれも所属不明の戦闘機、ないしは無人航空機(ドローン)によるものだった。英国を拠点とする反体制系NGOのシリア人権監視団などによると、昨年12月半ば以降の攻撃は以下の通りである。

  • 12月24日、ドローンが、シリア政府の支配下にあるマヤーディーン市近郊の砂漠地帯で、ファーティミーユーン旅団の拠点1カ所を爆撃した。
  • 12月27日、マヤーディーン市近郊を走行中のイラン・イスラーム革命防衛隊の車輌1輌が、ドローンの攻撃を受けて大破、乗っていた2人が死亡した。
  • 1月7日、ドローンがシリア政府の支配下にあるブーカマール市近郊に非公式に設置されている国境通行所からシリア領内に入ろうとしていたイラク人民防衛隊の車輌1輌を攻撃し、乗っていた4人が死亡、複数人が負傷した。
  • 1月11日、ブーカマール市南方にドローンが飛来し、その攻撃によると思われる爆発が8回にわたって起きた。
  • 1月12日、戦闘機4機が早朝、ブーカマール市近郊の砂漠地帯にあるイラン・イスラーム革命防衛隊や「イランの民兵」の拠点複数カ所に爆撃を加えた。また、その数時間後、所属不明の戦闘機複数機が再び飛来し、同地のイラン・イスラーム革命防衛隊や「イランの民兵」の拠点複数カ所を行った。爆撃は4回にわたり、20人以上が死傷した。

攻撃を行った戦闘機の所属は不明だ。12月25日、30日と1月6日にイスラエル軍がダマスカス郊外県やスワイダー県などに対して爆撃・ミサイル攻撃を行っていることから、イスラエル軍が関与している可能性は否定できない。だが、反体制系メディアのアイン・フラートは、1月12日の二度にわたる爆撃に関して、米主導の有志連合の戦闘機が飛来するなかで、攻撃が行われたと伝えている。

活発な動きを見せる「イランの民兵」

所属不明の戦闘機やドローンの爆撃に対抗するかのように、「イランの民兵」も活発な動きを見せ、それがさらなる攻撃を誘発した。

反体制系サイトのサダー・シャルキーヤによると、ブーカマール市に設置されている「イランの民兵」運営局は1月2日、地元住民や外国人からなる新たな民兵組織「ハーシミーユーン軍団」を発足させた。

Sada al-Sharqiya、2021年1月2日
Sada al-Sharqiya、2021年1月2日

この民兵組織は、イランが支援するシリア軍第47中隊の指揮下に置かれ、メンバーは同中隊のエリート50人から構成され、ブーカマール市出身のハーッジ・ラーギブ、イラン人のハーッジ・ダフカーンが司令官を務めると報じられた。

また1月11日には、ザイナビーユーン旅団が、本部を設置しているラッカ県のマアダーン町で地元名士と会合を開いた。シリア人権監視団によると、会合では、福祉や食料の供給を見返りとして、地元住民の旅団への勧誘が行われた。

シリア人権監視団、2021年1月11日
シリア人権監視団、2021年1月11日

さらに同日、ファーティミーユーン旅団は、イラン製のロケット弾を野菜・果物運搬用の大型トラック4台に積んで、イラクからシリア領内に持ち込んだ。アイン・フラートによると、11日と12日の爆撃は、こうした動きへの対抗措置として実施されたという。

なお、アイン・フラートによると、イラン・イスラーム革命防衛隊は数日前に、爆撃を回避するためにブーカマール市近郊の砂漠地帯を通る線路近くに設置されていた拠点2カ所を撤収していたという。

相次ぐ「イランの民兵」の死

ダイル・ザウル県に対する爆撃が続くなか、シリアでは「イランの民兵」の不審死をめぐる情報が相次いだ。

シリア人権監視団によると、12月22日、ザイナビーユーン師団の戦闘員1人がブーカマール市郊外の拠点で遺体で発見された。遺体には、首を絞められた跡があり、他殺と見られたという。

また、1月10日には、イラン学生通信(ISNA)などイランの各メディアが、イラン・イスラーム革命防衛隊の古参司令官ゴラーム・ハサン・デフガーン・アーザードがシリアで死亡したと伝えた。死因については明らかにされなかった。

ISNA、2021年1月11日
ISNA、2021年1月11日

事態悪化を回避しようとするロシア

こうしたなか、ロシアは事態悪化を回避しようとするような動きを見せた。反体制系のナフル・メディアは12月16日、ロシアとイランが、ハリー村西の砂漠地帯に配置されている「イランの民兵」の拠点と、ブーカマール市西の砂漠地帯に設置されているいわゆる「イマーム・アリー基地」(イマーム・アリー・コンパウンド)一帯の「イランの民兵」の拠点多数をロシア軍に引き渡すことを合意したと伝えた。

引き渡し合意が交わされた拠点は、イラク人民防衛隊に所属するヒズブッラー大隊、ヌジャバー運動、アブダール運動の拠点で、これらの部隊は撤退を開始、代わってロシアの支援を受け、シリア政府との和解に応じた反体制武装集団の戦闘員も従軍するシリア軍第5軍団が同地に展開した。

またシリア人権監視団によると、ロシア軍は1月5日、ブーカマール市にロシア軍の装甲車、四輪駆動車などからなる部隊を派遣、シリア政府に近いカーティルジー・グループ社の民兵が拠点としている市内中心部に位置するサッカー場に進駐した。

「イランの民兵」の影響力が強い地域へのロシア軍やその支援を受ける第5軍団の展開は、一部では同地をめぐるロシアとイランの覇権争いと報じられた。だが、それは、ロシア軍が「人間の盾」になることで、所属不明の戦闘機やドローンの攻撃を軽減する狙いがあったと見て取ることもできる。

軍備を増強する米国

これに対して、米国はイランの報復を警戒するかのように、シリア国内に違法に設置している基地の増強に努めた。

シリア人権監視団や国営のシリア・アラブ通信(SANA)によると、12月13日、1月4日、7日、10日、有志連合の車輌合わせて約125輌が兵站物資などを積んで、イラクからシリア領内に進入し、ハサカ県やダイル・ザウル県内の基地に向かい、その一部はユーフラテス川東岸のCONOCO油田やウマル油田の基地に武器や兵站物資を搬入した。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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