「ワニにヘリウム」笑えるだけじゃない研究の真意 イグノーベル受賞者に聞く
――研究にはどのような役割で参加されたのでしょうか? 西村:6年ほど前、ウィーン大学に留学する機会がありました。論文の筆頭著者でウィーン大学の大学院生だったStephan Reberさん、彼の指導教員だったTecumseh Fitchさんがワニにヘリウムを吸わせて鳴かせてみたけれど、データの質が悪くてどうにもならないと。その前に、私はヘリウムを使ったテナガザルの鳴き声の研究をやっていたんです。そんなこともあって、頼まれて解析をやり始めました。 ――つまり、実験後のデータ解析部分の立役者でいらっしゃるということですね。ワニの声の解析で苦労されたのは、どのようなところだったのでしょうか? 西村:フォルマント(共鳴して強く響いた周波数のピーク)の解析は、データが良ければソフトウェアに音声データを入れるだけで自動的に終わるんですが、ワニの声はゲップのような濁った声ですからね。きれいに解析ができないんです。 でもヘリウムを吸った音声を聞いたら明らかに通常の鳴き声と違いますから。「聞いたら誰もが納得する、データも目で見れば分かるじゃないか」と。機械任せにせずに、手動でやっても信用してもらえるよと言うことで、解析を進めました。
ワニに意識的に音声をコントロールする仕組みはない?
――ワニの声を調べる意義は分かったのですが、なぜワニの中でもヨウスコウワニを使ったのでしょうか? 西村:全長2メートル以下の小型のワニだから、というのが大きな理由だと思います。ヘリウムガスって値段が高いんですよ。私がテナガザルを使った研究をした時の1.5メートル四方サイズのテントだと、1回の実験で15万円くらいが空気と化して飛んで行ってしまうんです。大きな動物でやるのはムリです。そんなお金はない。大きなワニを入れられるような密閉容器を作るのも大変です。 ――高い声を出してしまったワニ自身は驚いたり、声の高さを調整したりしなかったのでしょうか。 西村:中が見えない密閉容器で実験しているので、中の様子は分かりません。透明な容器を作るのもコストが高いですからね。ただ、40分ぐらい鳴かせられていたので、反応していなかったんじゃないでしょうか。 ニホンザルやテナガザルなどの旧世界ザル(※2)は、ヘリウムで一瞬高い声が出た後、低く調整しようとするようです。自分の声を聞いてコントロールできるのかもしれない。音声言語を使うヒトは、声を細かくコントロールする神経系が発達している。 新世界ザル(※3)といわれるグループのマーモセットでも実験をしましたが、ヘリウムでも元の音声に調整しようという気配すらないんですよ。新世界ザルに比べて旧世界ザルの方がヒトに近縁なグループなので、ヒトに近いほど意識的に音声をコントロール仕組みがあるんじゃないかなあと。ワニにその仕組みはないだろうと思いますね。 ちなみに我々ヒトは、ヘリウムで声が高くなっても、声を低く調整しようとはしない。サルは音の高さでコミュニケーションをとるけれど、ヒトは「あいうえお」といった音の種類でコミュニケーションをとる、という違いがあるからじゃないかと考えています。 (※2)…旧大陸であるアジア、アフリカに生息するオナガザル上科のサル。 (※3)…中央・南アメリカを中心に分布するオマキザル科のサル。 ――研究の中で、ワニが鳴き交わすときに声の低さが身体の大きさを伝える信号になる(身体が大きいほど共鳴器官が長くなるならば、基本的に声が低くなる)のではないかという考察をされていました。実際にはどの程度まで確認されているのでしょうか。 西村:ワニも共鳴させて吠えていることは分かったんですが、ワニの身体のどこで共鳴が起こっているのかまでは分かってないんですよ。どこが振動して音を出しているのかも分かっていません。