昔は「まずいもの」がいっぱいあったーー「天才」プロデューサーが憂う、保守化する食のトレンド#昭和98年
昔って、世の中にまずいものがまだいっぱいあった
コロナが5類に移行し、多くの飲食店からはアクリル板の仕切りが取り除かれた。外国人客も増え、外食産業は盛り返しているように見える。が、稲田は楽観視してはいない。 「『お客さん物語―飲食店の舞台裏と料理人の本音』(新潮新書)でも書きましたが、コロナ前から、外食に関するあらゆることが徐々にマイナスになっていました。たとえば、飲酒離れ。人口が減り、宴会がなくなっている。これはたぶん残酷な真実として…飲食店自体は、まだまだ減るでしょう。コロナ中ほど一気に閉まるわけじゃないけど、減る傾向は、変わらないと思います。先ほどのグルメブームの話と少し重なるんですけど、昔って、世の中にまずいものがまだいっぱいあったと思うんですよ。だからちょっと無理してでも、おいしくて高い店に行こうってがんばっていたんだけど、今はがんばらなくても、普通に安い食べ物がある。チェーン店も、昔と比べたら十分おいしい。『美味しんぼ』世代には、いまだに個人店の味が上だと思い込んでチェーン店を避ける人もいますけど、今、若い層になるほど、そういう偏見がない。すごくフラットに判断しています。ジャンルによっては、チェーン店やコンビニでも十分だと。つまり、安い食べ物が確実にクオリティーを上げているわけで、ただでさえパイが減っているのに、さらにお客さんが取られる。個人店を中心に、厳しくなってくる飲食店が、もっと増えるんです」
食のトレンドは今、完全に保守化傾向にある
昭和から平成にかけては、「ティラミス」「ナタデココ」など、目新しい食品が何度かブームになった。近年も、「タピオカ」「マリトッツォ」など、食品ブームはそこそこに起こっているように見える。しかし稲田は、「そこに新しさはない」と言う。 「食のトレンドは今、完全に保守化傾向にあります。タピオカやマリトッツォが象徴的ですが、見た目は斬新、でも味の予想はつく。最近にいたっては、クリームソーダですよ。絶対裏切られないものが流行る。要するにもう、みんな失敗ができなくなっちゃってる。昔であれば、ティラミスのような全然味の予測がつかないものに若者が飛びついて、年上の人たちが遅れまいと追っかけるみたいな形があったと思うんですけど、今は逆に若い人になればなるほど、保守的で、冒険しない。それはすごく寂しい。今巻き起こるブームも、実は立役者が年配層だったりして。結局トレンドを追うのは30年前から同じ層なんですよ」 食の保守化。それはテレビのグルメ番組にも表れているという。好調な『ヒューマングルメンタリー オモウマい店』(日テレ系)には、クセの強い店主が長年経営する、安ウマ大盛系の個人店がよく登場する。 「僕はそもそも、あれはクセスゴでもなんでもなくて、安心感のかたまりだと思ってるんですよ。だって、そこから新しいものは何も生まれない。だからこそ、大事な役割もある。ただ僕は、同業者の感覚として、まわりの店を潰すライバルだと思っています。とにかく安くて量が多いこと、それは消費者としてはいいことではあるんだけども、実はいろんなものを犠牲にしてやっていることも多い。儲け度外視です。そうなると、これから新規でお店を借りて、いろんなことを償却しながらなんとか利益を出して、次世代にもつなげて行こうっていうお店は、価格競争でオモウマい店的なものに、淘汰されてしまう側になりかねない」