建築の地震対策から考える安全保障論 「柔よく剛を制す」のススメ
塑性域まで考える
外力をかけて鉄筋を引っ張る実験で、かけた力と鉄筋の伸びの関係のグラフを「ストレス(応力)・ストレイン(歪み)・カーブ」という。ある程度(降伏点)までは、かけていた外力をなくせば元に戻る。これを「弾性範囲」という。「降伏点」を越えると伸びた鉄筋は元に戻らなくなり、やがて「破断」する。 国家や人間の心(どちらも一種の構造をもつ)に外力が加えられた場合もこれに似た現象となる。ある程度(弾性範囲)までは元に戻るが、ストレス(応力)が耐えられる限界(降伏点)を越えると変形したまま元には戻らず、改革や治療(大規模修繕や耐震補強)を必要とし、場合によっては崩壊(破断)に至る。 この元に戻らない性質を、弾性に対して「塑性」という。建築構造が「塑性域」に達すれば元には戻らないが、一挙に崩壊するわけではない。「新耐震設計基準」は、この塑性域の「粘り」すなわちエネルギー吸収を利用して、部分的降伏を生じても全体的には構造を保とうとする考え方である。 第二次世界大戦において、先に述べた「中国介錯論」などは塑性域の考え方に近い。またフランスは早々とドイツに屈したが、レジスタンスで抵抗し、亡命政権もでき、結局は戦勝国となっている。しかも戦死者はおどろくほど少なかった。まともにドイツとぶつかったソビエトより二桁も少ないのだ。大目的としての国民の命を守る方策としては、こうした塑性域の考え方も必要となる。 敗戦後の日本は、アメリカの指示と要請を汲みながら、経済の復興と成長に徹し、巧みに冷戦時代を乗り切ったという意味で、塑性域における大戦略が奏功したというべきかもしれない。 つまるところ、近年の耐震構造学が教えるのは、地震のエネルギーをかわし、そらし、へらし、揺れと破壊を制御して、最終的に人命を救うことである。これは「勢いのある敵と正面からぶつかる」ことを厳に戒める「孫子の兵法」とも合致する。また「和と柔」は古来、日本国の文化的アイデンティティのひとつでもある。