ロシアのウクライナ侵攻で再び浮かび上がった「西側」の文化的本質(上) 「東からのまなざし」
ロシアによるウクライナ侵攻が続いています。これに対して、「西側」と呼ばれる欧米諸国は、武器供与などでウクライナを支援しています。 建築家で、文化論に関する多数の著書で知られる名古屋工業大学名誉教授・若山滋氏は、「われわれは西と東の対立は終結したという世界観の変更を迫られている」と指摘します。ここにきて再び浮かび上がってきた「西側」という概念とその文化的本質について、若山氏が独自の視点で3回にわたって論じます。
「西側」とは何か
今回のウクライナ侵攻は、プーチン大統領とロシア軍の非道が明らかに見えるが、それはさておき、これによってわれわれはひとつの世界観の変更を迫られている。 「ベルリンの壁が崩壊し、ロシアを含む東欧の旧社会主義諸国が資本主義化して、冷戦という西と東の対立は終結した」といった世界観である。たしかに「東側」という言葉は死語と化した感があるが、この戦争によって、再び「西側」という概念が色こく浮かび上がったような気がするのだ。 ロシアが直接の敵とするのはウクライナ軍ではあるが、精神的にはむしろ「西側」であり、実際にウクライナへの武器援助とロシアへの経済制裁によって戦っているのも「西側」であり、マスコミでもこの言葉を頻繁に使っている。 この「西側」とは、狭義にはNATOを指し、広義にはG7を中心とする「民主主義、個人の自由、市場経済」を旨とする社会体制の国々を指すのであるが、ここで問題にしたいのは、その文化的側面である。世界の文化状況の中で、西側の文化とはどういうものか。なぜロシアはそれを敵とするのか。なぜ中国も、イスラム世界もそれに準ずる行動をとるのか。そして日本は、地理的に東洋であるにもかかわらず、西側の一員として思考し行動している。その立ち位置の微妙さを認識するためにも、ここで「西側」の文化的本質について、歴史をさかのぼりながら再考してみたい。
大西洋の陽光とシベリアの凍土
カリフォルニア大学バークレイ校で客員研究員をしていたとき、ロックフェラーがつくったインターナショナル・ハウスに入っていたことは前にも書いた。ちょうどベルリンの壁が崩壊したあとで、アメリカにはポーランドやラトビアやブルガリアといった東欧からの学者が多く流れ込んでいて、僕は年齢の近い彼らとチェスのグループをつくっていたのだが、このグループの外的な印象は、イギリスやフランスやドイツやアメリカ(国際交流を旨としてアメリカ人も一定数いる)など、西側の大学院生たちのグループとは好対照であった。 西側の学生グループは年齢が若いこともあって、男女が入り混じり、時には嬌声を上げてはしゃぎ、明るい印象であったが、東欧の学者グループはなんとなく暗い印象なのだ。一般に日本人は西からの目で東側を見る傾向があるが、東側に身を置いていた僕は、西側の学生グループの向こうには「大西洋の陽光」が見えるような気がして、逆に東欧の学者グループの向こうには「シベリアの凍土」が見えるような気がしたのである。日の当たらない場所から日の当たる場所を眺めるような感覚である。 とはいえ西側の明るさは、東側の重厚な思慮深さからは「軽薄」にも見える。西側には「都市的享楽」の匂いがするのだ。そこに憧憬とともに、嫉妬をともなった軽蔑と敵意が生じる。それは単にその時点の経済状況からくるものではなく、風土と歴史の中に培われた文化的なものと感じられた。 本来東洋人である日本人にも、他のアジア人にも、多少はあるものだろう。たとえば自家用ジェットで飛びまわる欧米の社交界、ハリウッド映画の派手な内容とアカデミー賞などのイベント、アメリカンフットボールその他のスポーツの演出と破格の報酬、こういったものに僕らは、社会主義国のマスゲームを見るときにも似た(方向としては逆であるが)圧力を感じることがある。しかも、現在の世界における大きな矛盾は、その西側文化を公然と批判しているロシアや中国やイスラム社会の要人たちとその子息たちが、莫大な富をもってその享楽に参加していることだ。そこに、現在のウクライナ侵攻に隠されているロシア社会内部の軋轢(あつれき)の強さが察知される。