「超一瞬」のレーザー光が照らすノーベル賞研究 物理学賞
ほんの一瞬だけ光を出す「フェムト秒レーザー」
多くの研究に使われているレーザーの一つに「フェムト秒レーザー」があります。 “フェムト秒” とは極めて短い時間の単位で、1フェムト秒は0.000000000000001秒に相当します。小数点の後にゼロが実に14個並ぶわけですね。これは、1秒で地球を7周半する速度の光ですら0.0003ミリメートルしか進めないほどの、まさに一瞬の時間です。フェムト秒レーザーの最大の特徴は、そんな一瞬の間だけひかる光を生成するということです。 “「超」一瞬の光”をどうやってつくるのか。カギとなるのは、光が持っている「波の性質」です。海の波が重なると高くなったり打ち消し合ったりするように、光も重なると強め合ったり弱め合ったりします。フェムト秒レーザーは、いろんな長さの波の光を、決まったタイミングで強め合うように重ね合わせます。そうすると、その瞬間だけすべての光の波が強め合い、いわば「光のビッグウェーブ」が生まれます。これが一瞬の光の正体というわけです。
「フェムト秒分光法」は化学やバイオでも活躍
フェムト秒レーザーに関するノーベル賞受賞研究としては、「光周波数コム」(2005年物理学賞)や「チャープパルス増幅法」(2018年同賞)などが挙げられます。受賞研究が複数あることからも、フェムト秒レーザーがいかに物理学で重要かが分かるでしょう。しかし、これだけではありません。化学やバイオの世界でも、フェムト秒レーザーが活躍しているのです。その代表的なものが、ズベイル博士が創始した「フェムト秒分光法」です。
フェムト秒分光法は、超高速の分子の動きを追跡する手法です。これにより、化学反応の間に刻々と変化していく分子の様子を観測できるようになりました。この画期的な手法は多くの研究者の間で広まり、それまで全く分からなかった化学反応のプロセスが次々と明らかになっていきました。ズベイル博士は、この功績により1999年にノーベル化学賞を受賞しています。 「自分もフェムト秒分光をやってみたい」と思った人のために、そのやり方を簡単に説明しましょう。用意するのは、フェムト秒レーザーと観測したい分子、そして分析装置です。観測したい分子には、光に反応して変化するものを選ぶと良いです。光触媒や太陽電池、光合成に使われる分子なんかがオススメです。分析装置には、飛んでくる電子のエネルギーや向きを測定できるものを使ってみましょう。 実験装置が準備できたら、まずフェムト秒レーザーで一瞬の光(光パルス)を出してみましょう。光パルスのエネルギーは極めて強いので、絶対に目に入れないよう注意してくださいね。次に、出てきた光パルスを2つに分けてください。そして、ここがポイントなのですが、分けた2つの光パルスを、時間差をつけて分子に照射させてください。例えば1つ目の光パルスと2つ目の光パルスが100フェムト秒だけズレて分子に当たるようにしてみてください。 そうすると、分子はまず1つ目の光パルスと反応して変化し始めます。その100フェムト秒後に2つ目の光パルスと衝突すると、今度はその衝撃で分子から電子が飛び出してきます。この電子は、分子特有のシグナルみたいなもので、分子構造が変われば電子の飛び出し方も変わってきます。このため、電子のエネルギーを分析装置でうまく解析すれば、反応開始から100フェムト秒後の分子の姿が求められるのです。 同様に、1つ目の光パルスと2つ目の光パルスの時間差を200フェムト秒、300フェムト秒……と変えながら繰り返し実験すれば、反応開始から200フェムト秒後、300フェムト秒後の分子の姿が求められます。どうでしょう、皆さんも実験してみたくなりましたか? えっ、大変そう? そうですね。実験装置を正しく扱うのも、光を正確にコントロールするのも、データを解析するのもとても難しそうです。こんな実験を世界で初めて考え実現させたズベイル博士がどんな試行錯誤をしたのか、想像してみると面白いかもしれません。