化学者が愛した美しい「分子」の世界 ノーベル化学賞
2020年のノーベル賞が10月5日(日本時間)の「生理学・医学賞」を皮切りに「物理学賞」(6日)、「化学賞」(7日)と連日発表されます。2018年は本庶佑氏(生理学・医学賞)、2019年には吉野彰氏(化学賞)が受賞し、3年連続で日本の研究が受賞するか注目が集まっています。 【図解】「超一瞬」のレーザー光が照らすノーベル賞研究 物理学賞 120年の歴史を持つノーベル賞ですが、受賞につながった研究には、それぞれに欠かせない要素があります。3回連載でお伝えする最終回は「化学賞」。ノーベル賞研究において化学者を魅了し続けた分子の世界に迫ります。
私たちの身の周りのものは分子でできている
「すべての酵素は美しいが、ATP合成酵素は最も美しく、ユニークな酵素である」 1997年にノーベル化学賞を受賞したポール・ボイヤー博士が書いたある論文の冒頭です。ATP合成酵素とは、生き物に必要なエネルギーの受け渡しを行うATP(アデノシン三リン酸)を作りだす酵素であり、アミノ酸が集まってできた「分子」です。 普段意識することはないかもしれませんが、私たちの身の周りのほぼすべてのものは分子でできています。現在見つかっている原子は118種類、その中で自然に存在するものはたった92種類しかありません。ですが、この原子の組み合わせによってできている分子は多種多様です。そして、化学者は分子を構成する原子や原子団の並び、つまり分子の構造を見ることで、水に溶けやすい、硬そう、物質を酸化させそうなどといった分子の特徴を見出します。分子の構造と働きを理解することで、私たちの生活を便利にする材料や道具を生み出すことができています。 とはいえ、化学者は私たちの生活を豊かにするためだけに分子を研究しているのでしょうか? ボイヤー博士が分子を「美しい」と評したように、分子の魅力に取りつかれ、その働きや構造を理解したい、そうした好奇心が分子や身の周りの現象を解き明かす。その結果、私たちの生活を豊かにすることにつながっているのかもしれません。そんな化学者を魅了する分子の世界を、ATP合成酵素から少し探ってみましょう。