海の王者シャチの狩りを船の騒音が邪魔している、メスが狩りを「放棄」、北太平洋
群れの回復にはメスの健康が不可欠、「憂慮すべきことです」と研究者
シャチはクリック音やバズ音を使って魚を狩る。音波で獲物を選んで追い掛けるのだ。しかし、現代の海はシャチにとって好物を見つけにくい状況かもしれない。原因は、船の往来による騒音だ。 【動画】ホホジロザメをソロで狩るシャチ、2分の早業 海の騒音は増加の一途をたどっている。ある国際研究チームは9月10日付けで学術誌「Global Change Biology」に、海があまりに騒がしくなると、シャチはより多くの時間を狩りに費やし、捕獲できる魚の数がより少なくなるという研究結果を発表した。この研究では、個々のシャチの動きや発する音、届く音をすべて追跡した。 これは、特定のシャチに届く騒音と採餌の成否が関連づけられた初めての研究だと、論文の筆頭著者である米ワシントン大学の保全生物学者ジェニファー・B・テネセン氏は話す。 研究チームは、シャチに届く騒音の最大レベルが1デシベル上昇するごとに、シャチが餌を探す確率が4%高くなり、追い掛けていた魚を捕まえる確率が12.5%低くなることを発見した。また、メスは騒音の最大レベルが1デシベル大きくなると、魚を追い掛ける確率が58%低くなった。 「このような性差、つまり、メスは採餌をやめてしまう傾向があることは、本当に新しく、重要で、興味深い発見です。また、保全にも明確な影響があると思います」とオランダ応用科学研究機構(TNO)で水中音響の研究に取り組むサンダー・フォン・ベンダ・ベックマン氏は話す。氏は今回の研究に参加していない。 捕獲する魚の数が減れば、食べる量も減る。食べる量があまりに少なくなると、健康問題を抱えるリスクが高まり、出産の遅れや回避、あるいは出産しても育児がうまくいかない可能性が高まる。
シャチを追う
太平洋のシャチは外見や食性などの違いにより、定住型、回遊(移動)型、沖合型という3つのグループに分類される。定住型は魚を食べ、脂の乗ったキングサーモンが好物だが、回遊型は主に海洋哺乳類を、沖合型はサメなどの魚を食べる。 研究チームは2009年から2014年にかけて北太平洋で「北の定住型(ノーザンレジデント)」と「南の定住型(サザンレジデント)」のデータを集めた。 シャチを追跡するため、水中マイク、深度計、モーションセンサーを搭載した手のひらサイズの吸盤型のタグを取り付けた。簡単に言えば、音もとらえるフィットネストラッカーだ。 シャチへの取り付けは簡単ではなかった。海が比較的穏やかなときに、シャチの協力を得る必要があった。研究者たちはボートから7メートルの伸縮ポールを伸ばし、海面に浮上したシャチを優しくたたいてタグを取り付けた。タグは一定時間が経過すると外れるようになっており、研究チームはそれを回収し、データを取り込んだ。 追跡装置は、狩りを示唆するらせん状の潜水などの動きだけでなく、探索や追跡のときに発するクリック音やバズ音、獲物にぶつかる音や獲物をかみ砕く音も記録していた。さらに、船のプロペラ音など、周囲の騒音も拾っていた。 「(狩りを行うときの)深い潜水すべてについて、静寂の中で成功した割合と騒音の中で成功した割合がわかりました。そして、騒音が成功の妨げになることを直接示すことができました」とテネセン氏は説明する。 海の背景雑音は、雨や極地の氷が割れる音などの自然現象だけでなく、船舶輸送や石油、ガスの採掘といった人の活動からも発生する。問題になる騒音のほとんどは船によるもので、その多くがシャチの反響定位(エコーロケーション)と同じ周波数帯だ。 このような機械的な騒音は船の設計、サイズ、メンテナンス具合、速度によって変わる。スピードが速いほど、プロペラから発生する泡による騒音は大きくなる。泡が成長し、互いにぶつかり合い、破裂することで、「キャビテーションノイズ」として知られる低周波音が発生する。 船の騒音がシャチの採餌の効率に与える影響については、これまでも研究されてきたが、今回ほど定量化されたことはなかったとフォン・ベンダ・ベックマン氏は述べている。