大事なのはSNSより現実社会ですから──プロボクサー那須川天心が語る「世間の声」との向き合い方 #今つらいあなたへ
自分は何を言われてもいい。しかしながら対戦相手や自分の大事にしている人たちまでが批判に巻き込まれてしまうことは見逃せなかった。 「誹謗中傷をゼロにするのは無理。でも度が過ぎるのがちょっと多くて、さすがに考えたほうがいいんじゃないかといった感じですかね。俺はいくら言われても大丈夫。ただ自分のファンが、批判に対してコメントしちゃうと、意味を持たない会話になっちゃう。天心のファンが揉めているみたいになっちゃう。だからそれはもう無視してもらって構わないと伝える意味もあって。本当もうス~ッとかわしてもらっていいんですから」 いつも前向きながら、武尊戦までの過程は精神的にきつかった時期でもあったそうだ。「選手同士で戦いたいだけなのに、権利関係とか大人の事情でいろいろあった」とだけ述べ、ボクシング転向前のラストマッチに集中しづらい状況があったことをうかがわせた。そういったものを乗り越えて、あの武尊とのビッグマッチがあった。 分かってもらえない人に、分かってもらおうとは思わない。ただ分かってくれる人の心に、あの試合が響いたならそれで良かった。後味の悪さなんかいらない。その思いが、異例の発信につながったといえるのかもしれない。
「心がない時代」へのメッセージ
アスリートに対してのみならずSNSを通じた誹謗中傷が社会課題になっている昨今、那須川はどんなことを思うのか。悩みを抱く人たちに彼なりに何かアドバイスできるとしたら──。 「今はあんまり心がない時代なのかなって感じています」 そう言った後、那須川は姿勢をただして言葉を続けた。 「特にネット関係で悩んでいる人は多いでしょうね。デジタルデトックス(デジタルツールと距離を置く)すればいいんじゃないかって思うし、SNSはフィクションだと思ったほうがいいというのも考え方の一つ。SNSを生活の中心に置くんじゃなくて、あくまで大事なのは現実社会ですから。そうやって生きていけばいいんじゃないかって。 それと自分に自信を持ったほうがいい。失敗っていう言葉をつくった人が悪い(笑)。失敗しないと成功しないんだから。僕なんて日々の練習で、たくさん失敗しますよ。それを本番でしないようにずっとやっているだけなので。本番って誰でも頑張れるんです。つまり本番までにどれだけ頑張れるかが勝負。だからこそ僕は日々本気なんです。本番になったらあとはもう身を任しちゃえばいいだけなので」 現実社会と向き合って、毎日頑張ってみる。失敗したっていい。気にしなくていい。頑張っていればどこかで自信も芽生える。那須川の生き方自体がすなわちメッセージになっている。 那須川が主戦場に置くバンタム級の世界王者はWBCに中谷潤人(M.T)、WBAに井上拓真(大橋)、IBFに西田凌佑(六島)、そしてWBOにK-1出身の武居由樹(大橋)と日本人が独占している。10月14日、東京・有明アリーナにおいて行われるボクシング転向5戦目は、9戦全勝4KOのキャリアを持つジェルウィン・アシロ(フィリピン)とのWBOアジアパシフィックバンタム級王座決定戦となる。地域タイトルを懸けたこの一戦に勝利すれば、また一歩世界チャンピオンに近づく。 人々の心に伝わるようなファイトを。そして一緒に戦っている人々にエールを。 「那須川天心っていう存在が、応援してくれる人のなかでどこかお守りみたいな感じになればいいのかなって思います。心のよりどころって言うんですかね。そうありたいなって」 失敗を繰り返しながらも本気をぶつける日々の先に、那須川天心が目指すものがある。「関係ないっしょ気持ちっしょ」の精神を胸に、ともに頑張ってきた人々が待つ約束のリングへと向かう──。